第156話

 すいません更新忘れてました!

 申し訳ありません。






 現代の教育法にもある程度目は通したわけだが、皆に知られているように僕は別に優秀な頭脳の持ち主というわけではない。


 魔力が人より多く、そして肉体強度も人間離れしているだけの凡人だ。


 敵を殺し物を壊すことに関しては誰よりも才能があるが、教えを説き人を導くことに適性はない。


 その上短期間で能力を底上げしたいという要望を言われてしまえば、ある程度どういう鍛錬になるのかは目に見えている。


 愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ。


 僕は前者だ。

 なのでまあ、現実として行うならばこうなってしまう。


「はっ…………ふっ、ふっ、……」


 仰向けに倒れ込み、必死に息を整える晴信ちゃん。


 周りにはモンスターのドロップアイテムが散乱し、この場でどれだけの戦闘が行われたかを如実に表している。


 連続戦闘時間は昨日に比べてかなり落ちた。

 疲労が溜まってるのと筋肉痛やらなんやらで十分なパフォーマンスを発揮出来ていないからだ。


 これは数週間行えば身体が慣れるので気にしなくていいロスで、五十年前の魔力技術が未発達かつまともに休息すら取れない時代ですらそうだったんだから、今ならもっと早く適応可能の見込みだ。


 肉体は持たない。

 だが、魔力の扱いは上手になった。

 たった一日のわずか数時間。いくら死線を掻い潜ったとは言えたかが数時間で何が伸びる──意外と伸びるんだな、これが。


 命のやり取り、極限の状態で生存本能を擽られた人間は急成長する。


 敵の技を盗み、己の技を昇華させ、一歩ずつ、もしくは数段飛ばしで階段を登っていく。


 数値で表せる才能というものがあるのなら、その数値を足し算で次々に追加していくことが出来るのだ。


 まあ、そんな風に強くなれなくちゃいけない環境なんてない方がないんだけどさ。


 でもやっぱりこれは良い手段だ。

 褒められた手段ではないことはわかってる。

 だけど、短期で立派な戦士を作り上げる手法としては間違いなく優れている。


 コスパは最悪だけどね。


「昨日より魔力の扱いが上手くなってる。家で復習した?」

「はっ、はぁっ…………ちょっぴり」

「偉いね」

「えへ──もがっ!」


 よしよしと頭を撫でながら、息を整えている最中の彼女にポーションを飲ませた。


 便利だよね、ポーション。

 多少の傷が治せるってのが本当に良い。

 人が動けなくなる理由の大半は痛みと恐怖によるものだ。傷、そのものに抱く恐怖。痛みに抱く恐怖。


 それらは回復可能だという事実である程度塗りつぶせる。


 僕がそうだ。

 自傷を問わず魔力に関して次から次へと実験出来るのは己の肉体をどんな形になっても修復できる自信があるから。


 半ばまで切断されてぶらぶらと垂れ下がる指先に抱くのは、身体の一部分を失うかもしれないという恐怖だ。


 背骨や腰が痛くなることに抱くのは、下半身が動くなり半身不随になるかもしれないという恐怖だ。


 それら悪い方向への変化に対する恐怖というものはね、大概が修復可能になれば塗りつぶせるものだよ。


 どんな形になろうが治せるなら己の肉体を実験台にするのに躊躇いはないだろ?


 誰だってそういうものさ。

 少しずつ頭のネジを外していくことが大事なんだ。


 ……霞ちゃんも身体の修復が可能になったし、そろそろこの段階に入っても良いかな。


 無論晴信ちゃんにやっているような生優しい・・・・ものではない。


 彼女には死が訪れない。

 僕がその攻撃を見極め捌いているから、彼女が致命傷を負うことはない。

 たまにビビらせるために目の前まで放置したりするけど、絶対の安全が保障されているのだ。これでも伸びるのだから凄まじいが、霞ちゃんにはこれよりもっと険しい道を歩んでもらわねばならない。


 第一段階はモンスター。

 第二段階は……彼女の姉にやらせるのは流石に悪いので、澪か香織に程よくやってもらう。


 最後の仕上げは僕が担当する。


 計画は三ヶ月……いや、半年程度。

 エリートの状況によっては最短で三ヶ月。

 それだけあれば霞ちゃんを最低でも一級下位相当、順調にやれば一級上位の足先くらいには捩じ込めるか?


 やれないとダメだ。

 僕ら三人がくたばった場合、残る最大戦力は紫雨くんと不知火くんだけになる。理論上僕と同じくらい強くなれるであろう霞ちゃんだが、今の彼女では力及ばない。


 念には念を入れないと。

 万が一にもまた世界が滅ぶようなことになってはいけない。あの頃よりも戦力が整っていて技術もあって一人一人の意識すら違う。


 それなのに負けるなんてことは許されない。


 僕ら三人が死んでもなんとかなるようにしなきゃならないんだ。


 歯がゆいな……


 焦ってはいけない。

 焦りは失敗の原因になりうる。


 慎重に、そう、慎重にだ。


 一点に集中するあまり、他を疎かにしがちなんだから気を配らないと。


 こういう脇の甘さを香織が締めてくれてたんだなぁ。


 本当、もったいないくらい良い女だ。


「ふ、ふぅー……鬼。鬼畜だ、勇人さん」

「はっはっは、これくらいまだまだ序の口だ。最低でも関東第二ダンジョンの下層でやれるようになるのが目標だよ」

「無理! 死ぬ!」

「死なない死なない。僕が守るからね」

「全然嬉しくない! ときめかない!」


 ジタバタと寝っ転がりながら抵抗する晴信ちゃんだが、残念なことにモンスターは待ってくれない。


 通路の先で生まれたモンスターが騒いでる彼女目掛けてすぐにやってくる。


 ゴネてても敵を察知した瞬間即座に立ち上がって戦闘態勢を取るあたり、かなり順応してきてる。二日目でこれなんだから、やっぱり彼女には彼女なりの才能があった。

 柚子ちゃんに追いつくのだって夢じゃない。

 それどころか、このまま真剣に挑み続ければもっと先に行けるかも。


「よし、それじゃあここから三時間だ。ヘロヘロになって死にかけるまで手は出さないから頑張って!」

「う、うううぅぅぅあああああ!!」


 しっかりと武器を握り締め、絶望した表情のまま叫んでモンスターに突撃してく晴信ちゃんを見送った。


 今頃、配信装置を通して見ている視聴者達は阿鼻叫喚だろうか。


 それとも若くて可愛い子の頑張る姿に胸を打たれてる?


 もしくは、僕が鬼畜男だと言われ始めているかもしれない。


 なんだっていいさ。

 これが誰でも出来る短期で実力を高める方法だ。


 晴信ちゃんは考えるのが得意だ。

 だから考えを実現させるための力をつければ後は一人でも歩いていける。もしダメだったらまた手を差し伸べよう。君が折れることなく前に進めるように、そういう道を整えるくらいの余裕はある筈だ。


 ただ敵を倒すだけではダメ。

 未来の事を考えて計画を立てねばならない。


 後進を育てながらってのは中々難しいもんだ。


 でも僕が関わってるのは切っ掛けを求めてる子が多い。全て付きっきりで育てていかないといけない、なんて娘は居ない。


 霞ちゃんは僕が個人的感情で優先してる。

 あの娘には期待してるからね。放置して伸び悩みました、なんてことにはなって欲しくない。いや、そういう壁も必要なんだろうけども。


 まだ早い。

 殻を破ると言えるほど、彼女は育っていないから。


 たった一人の少女を育てるだけでこれなのに、よくもまあこんな事を国規模でやり遂げたもんだ。


 頼光くんに改めて尊敬の念を抱いた。






『う、うううぅぅぅあああああ!!』


「うわぁ…………」


 最早泣きそうになりながらモンスターに突撃していく晴信の配信を見ながら呟きを漏らした。


 :は、ハルううううううぅぅ!

 :惜しい人を亡くした……

 :ちょとsYレならんしょこれは……

 :【悲報】ハル、逝く

 :死んでねえだろ殺すな

 :死なないように調整されてるだけで死んでもおかしくないぞ

 :ハルをいじめるな!

 :でもハル嬉しそうだし

 :嬉し涙って奴か

 :目が腐ってんのか?


「うわぁ……」


 自分が同じ目に遭った時、どうなるだろうか。


 死ぬ思いをしている最中配信を見ている人達には面白がられ、同情され、勇人さんにはほらほらがんばれと煽られる。


 泣きたくなるだろう。


 同じく勇人に目をかけられている仲間として、霞は晴信の境遇に同情した。


「私は同じ目に遭わなくてよかったかも……」


 すでに住む家が決まり、今は家具やらなんやらを選んでいる最中。


 ショッピングに出かけたスケルトン系女性一名と死体系女性一名にリッチ系女性一名を見送り、霞は一人ホテルでのんびりしていた。


 理由は簡単で、晴信と勇人の配信を見るためだ。


 最初、ちょっとだけ気になっただけだった。

 いや本当に他意はなくて、決して晴信と勇人が絡むことに何も感じてなんかいなかった。配信を見ててもとてもそういう雰囲気じゃなくて、五時間近く戦い続けている晴信の真横で堂々と『見』の姿勢に映った勇人に呆れもした。


 しかし晴信が気絶した後、あろうことか、勇人は彼女を背負ったままダンジョンを脱出するまでの道を配信し続けた。


(別にぃ? 私はそんなことされてないなーとか、全然思ってないし……)


 そこまで考えて霞はため息を吐く。


「……なんかめんどくさいな私…………」


 自分なんか選ばれなくてもいいなんてほざいておきながら、いざ違う女性と距離感が近くなるとこれだ。


 独占欲を抱く権利もないのに、自分が認めた他の人以外に触れないでほしいとすら思ってる。


 いや、本当はそれだって──


「……うー、やめやめ。考えても無駄。邪魔。勇人さんは私のものじゃないし。なんなら私が勇人さんのものだし。権利ないしー」


 ゴロゴロとベッドで転がりながら言い訳がましくぶつぶつと呟く。


 でも勇人さんかっこいいしな……

 これからもっとたくさん女が寄ってくるんだろうな……

 勇人さんをあんな風にした香織さん、言葉とは裏腹になんかすごい距離感がえっちな澪さん、一線引いてるけど明らかに勇人さんを気に入ってるお姉ちゃん……ナチュラルに落とされた瀬名さん、隠してるけどなんか距離感が近くなってた九十九さん、そして一緒に生活してる時にすでに私より近い距離感だった晴……


 でも脈無いし……

 でも香織さんと澪さんは見捨てないでくれって言ってきたし……でも、お兄さんって感じがして……でも男の人って感じもして……


「……〜〜ああもうっ! ……どうすれば良いんだろ……」


 雨宮霞、二十歳。


 これまでの人生で一度も恋愛経験を積んでこなかった彼女にとって、最も厳しい課題だった。

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