第48話
「そろそろダンジョンに行かない?」
霞ちゃんと出会い、地上に出てから十日。
現代の知識を学びながら彼女らと絆を深めSNSの扱い方も多少慣れてきた僕は、食事中の二人にそう切り出した。
「ダンジョンに? いいですけど」
霞ちゃんは怪訝な表情で言った。
僕も当初の想定だとしっかり学んでから行った方が迷惑にならないと思ってたんだが、浅い階層だと危険度は低く負傷明けのリハビリにもってこいだと聞いた。ダンジョンの中に入ったら足の踏み場がないくらいモンスターが居るイメージなんだけど、本当に時代は変わったんだなと思い知らされる。
それで、危険度が低いならぶっちゃけゴリ押し出来るよなと思ったのが理由の一つ。
もう一つは──
「実は、SNSで僕らの配信を心待ちにしてる人が想像してるより多くてさぁ」
「はぁ……配信を、ですか」
「多分30万くらいは居るかな」
「そんなに!?」
インターネットにあんまり興味のない霞ちゃんが驚く。
そうなんだよね。
僕のアカウント、まだ十回くらいしか投稿してないのにフォロワーの数が100万を超えそうになってる。霞ちゃんが11万、晴信ちゃんが20万ちょっとという事を考慮すると、これはとんでもないことなのがわかる。
「アクティブユーザーだっけ? 常に見てくれるかはわからないけど、少なくとも、僕らの戦いに興味がある人はそれくらい居るっぽいよ」
「うん。それは私も一緒に調べたから間違いない」
「晴はそういうの得意だもんね……」
「霞ももうちょっとやる気出せばいいのに」
「えぇー……うーん、あんまり得意じゃないんだよなぁ」
霞ちゃんはどうにも、配信とかそういうのを研究するのが苦手っぽい。
対照的に晴信ちゃんは配信とか人気者の共通点とかそう言うのをしっかり調べてるタイプで、嫌われないように好かれるようにを計算して出来るようにしてる。強かだ。そんな彼女の力を借りてSNSは学んだ訳だが、一日で及第点をもらえたのでそれなりにセンスはあったらしい。
「はは、まあそれは僕が代わりにやるからいいさ。とにかくそういう理由でダンジョンに行って肩慣らししようかと思ったんだけど」
「私は構わないですよ。晴は?」
「……私も一緒に行っていいの?」
「そりゃあね。ここまで世話になってるのに仲間外れにするつもりはないよ」
勿論、晴信ちゃんが望めば、と言う話だが。
彼女がいや別に興味ないんで、といえばそれまでだ。
ただもし僕らと一緒にダンジョンに行きたいと言うなら、僕はそれを拒むつもりは一切無かった。そもそも霞ちゃんの貴重な友人である彼女との仲を引き裂きたくは無かったのだ。
「……なら、お言葉に甘える」
少しだけ嬉しそうに口元を緩めながら言った。
ふふ、若者の友情を邪魔するほど野暮じゃないぜ、僕は。
ちなみに二人がリビングで食事を摂っている間、僕はテレビでニュースを見ながらずっと参考書と睨めっこしている。異質な光景だけど、僕が食事も必要ない肉体だから暫くは大丈夫だと言って断っている。
せめて自分で食費を出せるようになるまでは我慢する、という建前で本当は、僕が食事中幸福感を抱いてないのが霞ちゃんにバレるから避けてるだけだ。
そんなの気にしないでくれとは言われたけど、年下の女の子に衣食住全てを担保されるのは流石に男として曲げられないと誤魔化した。いつまでも通用するとは思えないのでこれは問題の先送りに過ぎず、根本的な解決は何も出来てないんだけどね。
ただ、まあ、いきなり何でもかんでも言うよりはマシだろう。
段階を踏んで伝えた方がいいと言う楽観的な判断の下、僕はこうしている。
ダンジョンの知識に関しても、流石に1週間丸々全て勉強に費やしたのだからそれなりに身についた。
出てくるモンスターの名称、手に入る鉱物資源やら何やらにそれぞれの特区における産業等。
参考書だけでは足りないからネットも使ってそれなりに情報を集めた。
今の僕は十日前の僕とは違い、この世界のダンジョンというものをそこそこ理解している。だから行っても浅い階層ならば大丈夫だろうと確証を得られたのも大きい。
炭酸水──味はしないけどシュワシュワする感覚はわかるから割とお気に入り──を口に含み、一息吐く。
「しかし、配信かぁ……」
僕なりに現代で配信をする人、そして見る人のことは分析して理解した。
ただそれに僕が当てはまるかと言われると微妙な所だ。
霞ちゃんの元々のファン層は主にダンジョンを攻略して日に日に成長していく彼女を応援してる人達で、急に現れた遺物である成人男性の僕が映り込むことにいい顔はしないだろう。
配信をしている人で一番人気なのは宝剣くん。
というか、一級で配信してるのは宝剣くんしかいない。
機密事項が多すぎるのと、それ以上に多忙すぎるからだろうね。
調べると宝剣くんも中部地方を統括する立場になってからはあまり配信を出来てないみたいで、やっぱり実力と立場を持つとエンタメである配信に力は注げないようだ。
その点僕は実力は一級相当で、それでいて一級の人たちのように機密事項ばかり担当しているわけではない。
視聴者的にはちょうどいいのだろうと、僕は結論付けた訳だが……
「何を心配してるんですか?」
「おっと……伝わっちゃったか」
「全然深刻な感じはしなかったから大丈夫ですけど、相談してくださいね」
食事を終えて皿を片付けた霞ちゃんが隣に座った。
ちなみに備え付けのソファは昔流行った『人をダメにする』奴の進化系で、確かにこれに座ったら足腰が砕けてしまいそうなくらい柔らかく心地いい奴だ。
「いやぁ、僕らの配信スタイルってほら、うーん、その……言いにくいんだが……」
「……?」
すごく言いにくい。
これはあくまで僕の分析結果であり、客観的な事実であり、決して僕がそうなりたいという願望を抱いているわけではないのだが、自分から言い出すのは憚られる。
そしてそれを察したのだろう、晴信ちゃんが訳がわからないと疑問符を浮かべたままの霞ちゃんにドストレートに言った。
「カップル配信だよね」
「カッ……!!?」
言葉を濁して正解だった。
そうなんだよ……
配信のアーカイブを確認してコメントやら何やらを見たけど、霞ちゃんが恥じらう姿だったり、僕が揶揄ってる時だったり、まあとにかくそういう目で見ている人が多いのだ。
配信をするのは人気を得るにはちょうど良く、僕らの近況を報告するのに最適だが、諸刃の剣でもある。
「霞に彼氏はいないから気にしなくていい」
「いやいや、そういう問題じゃないでしょ。将来好きな人が出来たら困るだろ、霞ちゃんが」
「もう手遅れ」
「……それはまあ、確かに。でもね晴信ちゃん、良いことを思いついたんだ」
「良いこと?」
僕とかなり親密にしている様子が公開されている以上、取り繕っても致し方ない部分ではある。
だが、僕には秘策があった。
配信でそれらの流れを払拭する最強の手段が。
「僕の過去を話そうと思う」
「過去……つまり、昔話をするってこと?」
それが何の対策になるんだと言いたげだったけど、言ってから何かの可能性に思い立ったのか、珍しく目を見開いた。
「全部じゃないけどね。彼女や妻と呼べる人はいなかったが、憎からず想っていた人は居たのさ」
これを話せば少しはマシになるだろう。
霞ちゃんを変えるのではなく、僕の状況を変えれば理性のある人が落ち着きを取り戻す筈だ。コメント欄を観察していてわかったが、理性が溶けてる人も多いがそれ以上に普通に画面の向こう側にいる僕らを気遣っている人の方が多かった。
だから、僕が懸想していたことを告げれば、僕と霞ちゃんを性的な関係に結びつけようとする流れは収まる────そう判断しての事だったのだが……
「……だめ」
「えっ……」
「それは言っちゃだめだよ、勇人さん」
霞ちゃんはそう言った。
「別に、私はそういう扱いされても……その、困らないし。勇人さんは嫌かもしれないけど……」
「僕も困らないけど……いやまあ、この年齢になって20歳になってない娘との関係を揶揄われるのはキツいんだが、それは君を思ってのことだ。嫌じゃないのかい?」
「嫌じゃないよ。勇人さんは良い人だし、そういう目で私のことを見てくることはないもん。同級生の方がずっと無理」
おお……哀れな同級生男子、君に黙祷を。
その年齢の男子ってのは性欲が頭の半分くらいを占めてるから許してあげて欲しい。
しょうがないことなんだ、これは。
「でもこれくらいしか有効な手段は思いつかなくてなぁ……」
「……確かにそれは凄く有効だと思う。霞との関係性を揶揄されることはかなり減る。でも、それ以上に勇人さんに負担がかかるよ」
「負担が増えるくらいはなんてことないよ。こちとら世界を肩に乗っけて戦ってたんだぜ」
「それはそれ、これはこれ。霞も揶揄われることを気にしてないんだし、ありのままでいい」
「き、君ほどの子がそういうなら……」
晴信ちゃんが言うならしょうがない。
彼女はSNSに関して一流だからね。
アカウントの運用や配信でするべきではない言動やら何やらも教わった。厳しい教育を受けた成果と言っていいのか、人に見られるということを彼女は良く理解している。頼って正解だったと思うのと同時に、それだけ優秀な晴信ちゃんがどうしてこんな一軒家で一人暮らししているのかが気になった。
──でも、それはまだ聞くべきではない。
仲良くなって、自分から話してくれるようになったら聞こうと思ってる。
「そ、それにほら、私って元々なんか、『実力派』みたいな売り方してたから、あんまり面白いことしてこなかったし。ちょうどいいテコ入れかなーって、あは、あはは……」
「……とまあ、霞はこんな感じだから。勇人さんが手綱を握ることになるし、考えるだけ無駄」
「ひどくない!?」
うん……そうだね、うん。
霞ちゃんはSNSが苦手というより、ダンジョンに全てを捧げることしか考えてこなかったのだろう。僕と似たもの同士であるということは、そういうことだ。
僕と彼女に差があるとすれば、年齢を重ねた分経験が違うということ。
僕は動乱で莫大な経験値を積み続ける他なくて、彼女はこの平和になった現代でコツコツと経験値を積んでいくしかなかった。
それだけだ。
だから余計、手を貸したくなったんだろうな。
我ながら単純すぎるけど、かつての僕を見たような気持ちになったんだ。
「それじゃあ早ければ明日か明後日には行こうと思ってるけど、どうかな」
「私は……新しい服が届いてると思うし、一回家に戻りたいから明後日がいい。晴は?」
「明後日がいい。その……柚子も、一緒に行きたいんだけど、いい?」
「柚子ちゃんが良いならウェルカムさ」
霞ちゃんに柚子ちゃんに晴信ちゃんの三人の間に入り込む僕。
うん、一部の人に石を投げられてもおかしくない。
こういうの、何だっけ。
ダンジョン発生前は確か……あ、思い出した。
百合の間に男を挟む、だっけ? あいにくサブカルには疎いから意味を正確に理解してる訳じゃないけど、シチュエーションとしてはこれに分類される筈だ。
慎重にことを運ばねば……そう決意した僕に対し、霞ちゃんは話しかけてきた。
「ねね、勇人さん」
「なんだい?」
「その……明日、一回家に戻るつもりなんだけど」
「うん。さっき言ってたね」
少し躊躇いがちに、しかし視線は外さずに、彼女は続ける。
「それでその、買い物もする予定でさ」
「良いじゃないか、楽しんでおいでよ」
「…………そ、そうじゃなくて。よかったら、勇人さんも一緒にどうかなって」
「…………なるほど。ご一緒しようかな」
「……! うん! 服とか買いに行こ!」
一瞬、どうするべきかと悩んでから、快諾した。
霞ちゃんから仲良くしようと言ってくれてるのだ。それを無碍にする意味はないし、僕も仲良くなれること自体は非常に喜ばしいことだから。
ただ一点気になるのは、あれだけの人数に顔を見られた僕らが、まともに外に出て買い物をして何ともないのかって所。
所謂有名税的なものだ。
SNSだけでフォロワーが100万人いるんだろ?
しかもダンジョン発生前と違って、ネットが発達してから時が経っている。
それはつまり、ほぼ全世代にとって、インターネットというものは身近で当たり前にあるものである、ということ。
つまり、中年から若者がメインだった時代と違って、国民のほぼ全てがSNSというものを当たり前に扱っているのだ。
「…………頑張ってね、勇人さん」
「ああ……何となく察したよ……」
憐れんだ表情でそう言った晴信ちゃんの態度が答えだった。
人に注目されるのは慣れっこだが、無事に霞ちゃんとの買い物を終えられるかが心配になった。
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