第44話
「のう、頼光」
「……なんだ?」
石切場の中心に佇む勇人を見ながら、道長は問いかける。
「お前はあの男を知っていたのだろう。なぜ儂に言わなかった」
「勇人さんの事か……」
「うむ。九州の防衛戦で畜生どもを押し返し、その影響が全国に伝播し態勢を整えるきっかけとなった……等と言うバックストーリーよりかは余程信じやすい」
「言ってくれるな。ああするしかなかったんだ」
「フン、わかっとる。だからなぜ言わなかったのだ、と聞いている」
別に国民すべてに周知しろなんて事は道長も思っていない。
ただ、後に一級として長い間最前線で戦った者にくらい伝えても良かったのではないかと感じた。
「それは……」
対し、頼光は困っていた。
言わなかった理由は、普通に言う理由が無かったからだ。
(お前、若い頃もっと面倒くさかったし……)
道長は戦友であり、ライバルであり、共に日本を支えた特別な奴だ。信頼もしてるし信用もしてる。不知火と同じく戦闘狂のきらいはあるが、それでも合理的・道徳的に物事を考える事を優先出来る────ようになったのは、引退してからの話。
鬼月に席を譲るまでは非常に面倒臭く、いつも絡んでくるし、模擬戦やらされるし、無駄に戦わされるしで頼光的にはうんざりしていた。
信頼も信用もしているが関わりたくない。
そんな人間だったのが、鬼月に席を譲り御剣を育て上げ不知火という頂点が現れたことで丸くなって付き合いやすい相手になった。別に接し方を変えているつもりは無いが、心境的にはかなりマシ……というか、普通に友人としても付き合っている。
少し考えてから、別に正面から言われた程度で怒るような奴でもないと判断し、頼光は正直に口を開く。
「……若い頃のお前に言ったら絶対めんどくさい事になるから言わなかった」
「…………それを言われてはどうしようもないのぉ」
ガハハ、と笑い飛ばす道長。
「……だが」
「む?」
「言っても良かったと、今では思っている」
そして、丸くなったのは道長だけではない。
今も一級として引っ張っている頼光だが、勇人と再会したことで色々考えを改める機会に恵まれた。
国を導くのは己の使命であり、命尽きるまで戦い続けると誓っていた。
だが……
「もっと、若い世代を信用するべきだったかもしれんな……」
不知火や宝剣が見せた姿は、頼光にとって信じられないほど頼もしく見えた。
若い世代が育ち、優秀な人材を輩出していることはわかっていた。
それでも心のどこかで、自分達のように地獄を見てこなかった世代を信じきれていなかったのかもしれない。あの苦しく貧しく恐ろしい世界を味わって、二度とそうなってたまるかと奮起した自分らとは違い、平和な世界しか知らない世代。
無意識のうちにレッテル貼りをしてしまっていた。
「ほお……まさかお主からそのような言葉が聞けるとは」
「年を取った。人間、変わるものだ」
「違いない」
視線を周りに向ければ、自分達と同じ年齢の者は殆どおらず、いるのは若者と働き盛りな年齢の者達ばかり。
最早老人の時代ではない──そんなことをひしひしと感じる。
「だから言っておったろうが。もう儂らの時代は終わると」
「わかっていた。わかっていたが、どうにもな」
「心配性め。誰よりもしっかり備えてるお前が不安では、儂らはどうすればいいのだ」
頼光の息子である有馬忠光は一級三位の実力者。
既に九州管轄の席に座って十年近く経っており、頼光がこうして勇人らの近くに居られるのも彼が職務を請け負っているからだ。孫娘である有馬瀬名も養成校を4年前に卒業し一級へと昇格しているし、かつて激戦が繰り広げられた鹿児島を中心に活動をしている。
「引退しても、誰も怒らんぞ」
「……ふっ。引退はせん。生涯現役だ」
「あの口振りで引退せんのか!?」
「する訳がない。若い世代に託すが、それはそれとして、だ。
「難儀な奴だなぁ」
呆れたように言いつつ、咎めはしない。
かつての道長もそうだった。
西日本を率いる頼光と、東日本を率いる道長。
この二人が動乱の後、揺れ動き社会が成り立たない日本を纏め上げた。
その頃は確かに自分が強く引っ張っていくのだと意識していたのだから、道長にその意識は咎められたものではない。
何より──自分で選んだ道だ。
その道を振り返って悔やむ事はあっても、満足する事は無かった。
「して、あの男はどれほどのものだ?」
「そうだな……不知火と引き分けた事は聞いてるんだったか」
「うむ。不知火の小僧と対等である時点で、儂らでは太刀打ちできんなぁ」
「……本当に丸くなったな。ちょっと前ならすぐムキになってただろうに」
「老いには勝てん」
寂しそうに呟く。
「だからこそ少し羨ましく思う。これからの時代を歩んでいける事が」
楽しそうに喋って、困った顔をして、また笑顔を張り付ける。
時折周囲に目を配りながら配信をする勇人を見ながら、道長は言った。
「少し、少しだけだぞ? 嫉妬してるとかじゃないぞ? これからこの世界はまだまだ面白くなるのに、儂らはその前に居なくなる。これを羨んで何が悪い」
その歯に衣着せぬ道長の言い分に────頼光は、心の中で同意した。
これからだ。
社会が崩壊し、それをなんとか立て直した。
動乱の荒れすぎた時代は終わりを告げ、これから技術更新と人口増加を繰り返し更に世界は安定していく。
多少やんちゃな人間ならば、その動乱こそ面白いと言うのだろうが、二人はそうではなかった。
「儂らの強さなぞすぐにでも過去のものになる。これからの技術に触れていける者が羨ましくて仕方ないわ」
「……だが、決して悪い人生じゃなかった。
配信が落ち着いたのか、勇人が纏っていた雰囲気が変わる。
両手を合わせ、その中に高密度の魔力球を生成。
静かに何かを独白しているが、それは二人に耳には入らなかった。
「──……そろそろか」
「ああ」
頼光は魔力に乏しいが、道長は違う。
生まれ持った魔力は程々にあるため、感知も出来る。
それが故に、勇人が何をしているのか鮮明に感じ取った。
「────……これが50年前に存在した人間がやっているとは、信じ難い」
ひたすらに高密度。
遠くから見るだけでそれが理解できる。
それほどまでに圧縮された魔力球が、あの手の中にある。
一級としての実力を未だに保っている道長だからこそ肌感覚で理解できたのであって、計測中の職員くらいしかまだ気が付いていないだろう。
「頼光」
「どうした?」
「壁を張る。だが守れるのはこの範囲までだ」
「は?」
腕を振り、魔力の膜を展開。
暴発した際の危険性も考慮し、最大限扱える魔力を投入して出来上がったそれは、車や多くの機材を守るように聳えた。
「くっ……はははっ! 頼光、なぁ、あれが勇者か!? 50年前に上位種を殺して回った最強があれか!」
手を開いた中で蠢く黒い魔力球。
見たことも無いような魔力の渦────街一つ、否、山一つ丸ごと吹き飛ばせる量だと悟る。
「とんでもない化け物だ!! あれと不知火が互角!? そんなわけがあるか!」
「おい……道長」
興奮しているのを宥めようとして、気が付く。
勇人が振りかぶり、空へと球体を投げようとしている姿。
そしてその横で、絶望した表情で計測器を見ている職員。
それを見て何か異変が起きていると感じた頼光は、周りの職員へと問い詰める。
「──おい、どうした。どうなっている!?」
「は……反応値が、途絶えました! 計測限界です!」
「計測限界……!?」
「これが暴発した場合、被害は最低でも半径8キロメートルにも及びます!! 避難の準備を!」
「……もう遅いわ」
慌てふためく職員の声を、道長が遮った。
「来るぞ」
勇人が放り投げた球体は瞬く間に空へと昇って行き────閃光を引き起こした。
爆発によって生じた爆音が先に到達する。
音だけで肉体が軋むような圧。事前に耳栓を付けていた職員ですら顔を顰めているのだから、何も対策をしていない者の鼓膜が破られるのは当然の成り行きだった。
次いで届いた衝撃。
こちらは先んじて張っていた道長の魔力膜が功を奏し防いだものの、ギシギシと軋む音と共に、吹き荒れた砂埃をせき止めて何も見えなくなる。
それは凡そ数秒の間地響きのように続いた。
衝撃が軒並み収まり揺れが静まった頃、砂埃が晴れていく。
中心に佇む勇人が、魔力を利用し手の中に収めていたからだ。
それも、周囲にいる職員達は全員無事で汚れ一つ付いていない。
向こう側にいた者達に道長の魔力では届かなかったので、勇人が守ったのだろうと悟った。
「…………
破壊する力を、完璧に制御せしめるその姿。
それは、誰よりも勇気ある者と称するのに値するものだと、道長は心から称賛を送った。
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