第66話
時刻は20時を迎えた。
公用車で迎えを寄越してくれるらしく、それまでは自宅待機で構わないと鬼月くんは言っていた。
その間に限りある情報を整理しよう。
インターネットと晴信ちゃん達が養成校で使っていた教材を比べながら調べていく。
関東第五ダンジョンは関東圏において最低難易度のダンジョンであり、初心者や低階級の者が修行に利用する事が多い。収入を得るという面では特筆する程優れた物は無く、稼ぎを増やすなら実力を付けて他のダンジョンへ行った方が良い。
上層・中層・下層、それぞれ難易度が分かれているが、どれも現れるモンスターは弱い。
上層が八級~七級向け。
中層が七級~六級向け。
下層が六級~五級向け。
彼女らがその気配と遭遇したのは最下層に踏み込む寸前の地点で、ここ五日程最下層に踏み込んだ者は居ない……
「元々何かが居た訳ではないのは確かだ」
そうなると気になるのは『なぜ現れたか』という点なんだけど、これに関しては正直想像できる。
どう考えても僕が原因だろ。
大元を辿れば霞ちゃん達への襲撃だろうけど、あのダンジョンでしか起きてないって事はつまりそういうこと。
喋る指揮官個体、呼称エリートは生きていた。
そして僕の事を認識していた。
解放した理由は不明だけど、それはこれからわかる事だから今はまだ気にしなくていい。必要な情報は敵の正体となぜこのタイミングで現れたのか、という点に尽きる。
違和感だらけだ。
まずそもそも僕を仕留めたいのなら、解放されたあの日に全戦力を費やしてでも潰すべきだった。不知火くんや鬼月くんのように高い実力を持つ人と合流される方がよほど難易度が高くなるし、僕を人類の敵だと誤認させるように策を用いる方がいい。
それをしなかったのは、出来なかったからだと思ってる。
やらなかったのではなく、やれなかった。
僕と人類が手を組んでも正面から打倒する自信があるならもっと早く仕掛けておくべきだろう? わざわざ戦力増強させて何が狙いなのか推し量れない以上、僕はそう考えた。
ではなぜやれなかったのか──やっぱりそれは、僕の解放が想定外の出来事だった。
今も昔も、僕の存在はイレギュラーだって事だ。
「と、なると……」
僕が想定しておくべきは、『イレギュラーである僕へのカウンター』。
50年で人類がこれほど進歩出来るのだから、モンスター側が進歩出来ないはずも無い。必ず、必ず何か用意している筈だ。情報面でも技術面でも優位に立っているモンスター達が、備えをしていないわけがない。
候補は複数ある。
例えば魔力を完全に奪ってしまうフィールドを用意するだとか、あの時のリッチ同様ダンジョンに干渉して地下深くに閉じ込めるとか。
たまたま僕がリッチの力を得たまま人間としての要素を保てただけで、普通は閉じ込められればそこで死ぬんだ。不知火くんや鬼月くんがどれだけ強くてもダンジョンの地形自体を突破出来ない以上、やろうと思えばやれる筈。
「困ったな。これは防ぎようがないぞ……」
ダンジョンに封じる、これだけで僕らは無力化される。
ダンジョンに干渉する能力があれば防げるけど、それは奴らの特権っぽいし──ん、待てよ。
僕を閉じ込めたのはリッチだ。
この身に宿っているのは奴の残滓であり呪いである。
そして僕にはリッチとしての能力が多少なりとも備わっているわけで…………試す価値はあるか?
もしもダンジョンの支配権を自由に得られるのなら、この世を支配することだって────あ?
「…………」
今、何を考えようとした。
急速に頭の中が冷めていく。
これまでこんな風に考えたことは無かったと、思う。
人類に対して貢献することばかり考えてきたのに、世界を支配だとか、そんな事を考える訳がない。僕自身にそういった性質があるならともかく、もしそうならば50年前の戦いでとっくに露見しているだろう。
解放されてからの短い間で、思考が変化した?
……心が変化している自覚はある。
でもそれは決して悪いことじゃあない。
確かに過去は引き摺ってるけれど、取り戻せない物だと理解している。だからこそしっかり区切りをつけて別れを告げて、現代で生きて行くために慣れていこうとしている段階だ。
なんだ?
一体何が変わった?
これは明確な『変化』だ。
それもとびきり良くない悪い方向への変化。切っ掛けはリッチとしての能力をより深く理解しようとした事だが、まさかたったそれだけの事で?
「調べなくちゃならないな」
これが僕だけならば鬼月くんに話して人体実験の繰り返しとかが出来るんだが、霞ちゃんを巻き込む可能性がある。
それは避けたい。
彼女とは対等な関係であるし一方的に恩を押し付けるつもりもないけれど、このリッチの力を与えたのは僕だ。自分でもよくわかってない能力を与えているのだから、この能力を調べて彼女に伝えるのは最低限僕の責務。
「君が喋れればなぁ」
部屋の隅で鎮座する漆黒のスケルトンに目を向ける。
相変わらず無言無表情──骨に表情があるのかはともかく──のまま佇むそれは、揺らぎひとつなく僕を見ていた。
なんの情報も齎さず、なんの意思も見られない骨人形。
敵ではないが人類の味方でもない。彼もしくは彼女は僕に付き従うだけのスケルトン。だから名前をつけることはしないし、スケルトンと頑なに呼び続けている。
「一体何者なんだい?」
問いかけても答えはない。
まあ、これで答えてくれるならとっくに喋ってるだろうさ。
分かりきったことを問いかけたのは気まぐれで、ちょっとした気分転換に過ぎない。
もし僕がリッチとして完全体になったら、意志を読み取れる様になったりするのだろうか。モンスターにそれぞれ意思があるのはわかってるし、スケルトンにもありそうなものだけど。
まあ、意味のない仮定だ。
僕は人だし、モンスターに堕ち切るつもりもない。
もしもそうなるとすれば、霞ちゃんが僕を殺せるようになってから実験的にやってみるくらいだね。
ともかく、エリートとの戦いで備えなければならないのは地下に閉じ込められる事だ。
現状対策のしようがない。
タブレット端末を介した連絡が可能ならば希望はあるから、出来る限り避けてそうなってしまった場合に抵抗する手段を持っておく。
それくらいか……
そうして考えていると、部屋の扉がノックされる。
「勇人さん? なんか迷宮省の人が来たけど……」
戸惑いながら入ってきたのは霞ちゃんだ。
鬼月くん曰く、一応まだ話さないでくれとの事だったので秘密にしている。感情の抑制もそれなりに上手くいってるらしく、彼女には先程まで僕が何を考えていたのかは伝わってないっぽいかな。
それでも、完全に全てを隠し切れる訳じゃないのがね。
「うん。ちょっと呼ばれててね、今日の夜は空けることになる」
「そうなんだ。私も手伝う?」
「まだ君には早いかなぁ」
いずれ僕と並ぶ、もしくは越えるくらいに強くなってもらいたいけれど、まだ先の話だ。
「そっか……」
「明日には戻ってくるよ。またダンジョンに潜ろう」
タブレット端末をポケットに入れて、スケルトンから一つ武器を取って出て行く。
そうだね。
僕にはまだ未来でやる事がある。
例えエリート共が何かを画策していたとしても、それに負けるわけにはいかない。
「勇人さん」
なんとなく、何をしに行くのか悟ったのか、霞ちゃんが名前を呼んだ。
「なんだい?」
「……いってらっしゃい」
「────……」
いってらっしゃい、かぁ…………
そっか。
僕にとって、ここが戻ってくる場所なのか。
「……? どうしたの?」
「……いや、なんでもないよ。うん、いってきます」
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