第8話


「僕の名前は勇人、それはさっき言った。まずは質問から答えるけど、僕の年齢は大体70歳を超えたくらいだよ」


 :いきなり大ほら吹きで草

 :嘘つけや

 :どこをどう見ても若者だぞ

 :こんな若々しい70歳がいるか

 :うちの爺さん70超えてるけどもうここまで若い見た目してないぞ


「おいおい、嘘つき呼ばわりは酷いじゃないか。本当の事しか話してないのに」


 :胡散臭ぇ~~! 

 :糸目だったら絶対裏切るポジだろ

 :イケメンで嘘つきで女の子を揶揄うとかもう数え役満じゃないか? 


 うん、全然信じて貰えないねこれ。


 当然と言えば当然だ。


 霞ちゃんは極限状態だった上に目の前で色々見せたから信じてくれたけど、視聴者たちは違う。


 僕の異常性を理解しつつも、その疑いを晴らすのは至難の業だ。


 常識的に考えればわかる。

 この画面の向こう側で語っている人物が50年前に生きていた人間だと信じられる方がおかしい。見た目は若くて言葉遣いも大差なく、違う点を挙げるなら語る内容くらいのもの。すぐに信じて貰えるわけがないんだ。


 そして、そんな事はわかっている。


 だから信憑性を持たせる為に会話を選んだ。


「じゃあ逆に僕から聞くけど、何を聞けば信じて貰えるかな?」


 :そんなこと言われても

 :50年前の人間がその見た目を維持できるわけがない、現代でも無理なのに


「お、じゃあその見た目から説明しようか」


 霞ちゃんは心配そうにこっちを見ている。


 雲行きは怪しいから仕方ない。

 どうにか信じてくれと言うしかない。


「僕の見た目が若々しく見えるのにはね、理由があるんだ」


 :改造人間やろなぁ

 :美容系モンスターってコト? 

 :モンスターにこんな理性があったら怖ぇよ いや待てよ、さっき不穏な事言ってたよな

 :なんだっけ、人語を介するモンスターだっけ ハハハ、まさかな……


「半分は当たってる。実は僕の肉体はモンスター混じりなんだ」


 :キャア~ハハ……は? 

 :仮面ライダーきちゃ

 :適当言ったらガチで改造人間だった件

 :もし本当なら一気に世界の闇を暴かれてる気分だが


「今からちょうど50年前か。喋る魔物、『エリート』って呼んでる奴らが居た話はしたよね」


 配信のコメントの勢いが落ちた。

 でも今見てる人は増え続けているので、問題ないと判断して話を続ける。


「僕と仲間、合わせて4人で全国各地の地底──ダンジョンに潜ってエリートを殺し回った。大体18体くらいは殺ったかな。戦いの中で仲間は皆死んでしまったから、僕はこのダンジョンに逃げ込んだ最後のエリートを追っていたんだ」

「勇人さん……」

「ん、大丈夫。流石にもう引き摺ってないよ」


 とは言ったものの、心の中では死んだ仲間達の事が忘れられないのを自覚している。


 だけどそれを表に出すような事はしない。

 腐っても50年は生きてるんだ、あれだけの月日が経てば少しはマシになる。50年も閉じ込められていた間抜けだが、生きた歳月分のプライドくらいは持ち合わせているのだ。


「その最後のエリートを倒したんだけどね? その時に呪いをかけられちゃったみたいで、半分人間半分リッチの中途半端な生命体の出来上がりってワケだ」


 ここら辺までは霞ちゃんにも話している内容。


 後は霞ちゃんに対する命令権が少しだけあったり、スケルトンを傀儡にしたり、半不死性のようなものを得ていたりと色々能力はあるんだけど──それはここで見せてもどうしようもない事だ。強いて言うならスケルトンを使役している姿を見せれば信憑性は増すと思うけど、今警戒させてるからね。


 動かすつもりはない。


「どうかな? 僕は何一つ嘘を話していないんだけど」


 視聴者たちのコメントの様子を伺う。


 :いや……俺達素人には嘘か本当か確かめる術が無いから何も言えねぇ

 :嘘くさい

 :でも今SNSで大騒ぎしてるからな、迷宮省公式が

 :何なら研究者とか一級探索者も反応してる

 :迷宮省がここまで本気で動くってちょっと怪しくない……? 

 :ウチの祖父ちゃんがこの兄ちゃん見覚えあるって言ってんだけど……

 :……さ、流石に嘘だろ


 ──迷宮省。

 これは政府の機関か? 

 僕が居た頃は対策本部とかそんな名前だったけど、産業として確立されたからしっかりと国が管理しているみたい。


 うーん、対策本部の人……会った覚えはあるけど顔も名前も覚えてないぞ……


 50年前の全ての記憶を覚えていられる程僕は優秀では無かったので、これは些か苦労しそうだ。


 :なんかもう少し無いか

 :もしかして、かなり大事件? 

 :ガチで世界を揺るがす事件かもしれない

 :おい!! 研究室ヤバい事になってんだけど! アンタ何者なんだよ!! 


「ハハハ、言ってるじゃないか。50年前にこのダンジョンに閉じ込められた愚かな人間だって」


 コメントの反応から察するに、流れは悪くないのだろう。


 これは早い段階で接触がある、もしくは捜索隊の二人に指令が下るかな。そこで直接国のダンジョン担当部門、迷宮省とやらに繋げられるかもしれない。


 そうなれば話は早く、僕をどう処理するかを話し合える。


 勘違いして欲しくない事として、僕は死にたくない訳じゃない。


 元より護国の為になるならどんな形で消費されようが構わないと決めている。


 霞ちゃんとの約束もあるからいきなりはい実験、というのなら断るが、原則として僕の命を使う事に躊躇いは無い。


 出来る事なら穏便に済ませたいんだけど、どう出てくるかな。


「……! ゆ、勇人さん!」

「どうしたんだい?」

「これ! これ読んでください! あ、モノクルは一時的に外してもらって……」

「わかった」


 慌てた様子の霞ちゃんの指示に従いモノクルを一旦外し、ぶんぶん振り回して動揺を隠さない彼女の手に握られた小型のタブレットを受け取る。


 そこにはメールか何かの専用アプリが開かれていて、最新のメールが開かれた状態だった。


「『四級探索者雨宮霞殿 現在配信中の内容についてのご連絡』……」


 念のためマイクはミュートにしておいて正解だった。


 これは見ている人たちにまだ知らせたく無いものだったから。


 その内容に目を通すと、なるほどどうして。

 ざっくり纏めると、派遣している二人の捜索隊と合流次第勇人を名乗る人物と迷宮省を繋げて欲しい、との事だ。


 言わなくても分かると思うけど、勇人を名乗る人物とは僕のこと。


 いきなり出張って来るとは、やっぱり想像通り秘匿主義なのか? 


 それが悪い事だとは思ってないけどね。

 世の中言わない方が良い事は数え切れないほど存在する。

 いつしか僕もその中の一つに組み込まれる時が来るだろう。


 ただそれが早いか遅いかは推し量れない。


「……憶測にすぎないか」


 ここまで色々連ねたが、結局対話を選んでくれている時点でそこまで手酷い事にはならないという予感はある。


 霞ちゃんに感謝を告げながらタブレットを手渡しモノクルを元に戻すと、混乱状態にあるコメント欄が目に映る。


 :迷宮省が動いてるのガチじゃねこれ

 :一級の爺さんが反応してるじゃん!! 

 :ガチ感出て来たぞ

 :九州の爺さんマジで動いてて草

 :勇人兄さん九州地方の爺さん知ってる? 


「流石に情報が少なすぎて何とも言えないけど……九州地方の南部?」


 :…………南部です

 :鹿児島と宮崎の県境にあるダンジョンわかる? 


「ああ、やっぱりそこか。九州地方で一番激戦区だったからね、あの場所」


 もう土地の名前とかは忘れてしまったけど、戦いの内容は覚えてる。


 ダンジョンの中から溢れ出て来たモンスターとの防衛線として構築されてたんだけど、空を飛ぶ奴らが多かった。軍もなんとか防空網を敷いてるんだけど向こうは自由に飛べるから自動で撃ち落とすのにも限度があって、時折北の方に抜けていく事もあった。


「爺さんって事は、僕と同年代か少し下くらい。当時の強かった人と言えば……有馬くん?」


 :あっ……

 :これもう確定で良いんじゃないかな

 :ま、まだ決まった訳じゃ無いから……公式は何も言ってないから……

 :考察スレとんでもない事になってる

 :頭おかしくなりそう

 :勇人さん!!! ご無沙汰しております!! 

 :は!? 

 :有馬の公式アカじゃねーか!! 

 :まじかよwwwwwww


 おお、どうやら有馬くんで合ってたみたい。


 自分が九州を立て直してやるんだって本気で意気込む強い若者だった。ダンジョンの中に連れて行きたいくらいの強さしてたけど、僕らが突っ込んでる間の防衛が頼りなかったから、彼には留守番をお願いしたんだ。


 その戦いで仲間が一人死んだ。


 だからよく覚えてる。


「そっか、あの世代はまだ生きてるのか」


 50年経った。

 もう覚えてる人なんていないと思ったけど、そんな事はないのかもしれない。


「え、あ、有馬さんって、最初の一級って言われてるレジェンドですよ!?」

「あ、そうなんだ。彼強かったもんなぁ」

「強かったもんなぁ、って……」

「おいおい、信じてくれないのかい? 悲しいぜ」

「い、いや! 信じてますけど! でもこう、なんというか……驚きすぎてそれ所じゃないって言うか」


 :爺さん婆さん世代に確認取った人から続々と情報出てくるんだけど

 :これやっぱりマジの話……? 


「だから本当だって言ってるじゃないか──ん……」

「……勇人さん? どうしました?」

「いや、そろそろ出迎えた方がいいかと思ってね」


 スケルトンを操れると言うのは比喩でもなんてもなく、文字通りの意味だ。


 そのスケルトンが戦闘状態に入った。


 モンスターは殺して良いけど、人間は傷つけるなと命令してある。


 そして殺さない程度に戦闘が長引いているという事は、そういう事だろう。


「会いに行こう、霞ちゃん。客人だ」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る