第3話


 薄暗い通路を、少女の灯した光を頼りに進んでいく。


 いや、実は無くても問題ないんだけどね。

 夜目が発達したというか、肉体がモンスターと混じり合った事で適合したらしく暗闇の中も問題なく見通せる。それに、昔は制限のあるランタンとかでなんとかするしかなかった。


 それに比べれば、彼女が今照らしているライトは非常に心強いアイテムだった。


「いやあ、明るいねぇそれ。魔力で光るなんてとても信じられないけど」

「そうですか? これが無い状態で潜ってた方が信じられないんですが……」


 彼女、雨宮あまみやかすみの腰に取り付けられた小さなレンズ。


 そこからはLED顔負けの光が出ていて、足元どころか前方25メートル程度まで照らしている。


 実に合理的な距離だ。

 モンスターの種類にもよるが、それだけ離れていればこちらも戦闘態勢に入れる。完全な暗闇からの奇襲を防げるという時点でとても有益であり、視界確保に余裕を持たせることで精神的な疲労も抑えられる優れもの。


 これを考え編み出した人もすごいが、それ以上に感動を覚えるのは、試行錯誤をして探索に赴く人間の精神状態や戦いやすさを考慮した技術進歩が行えている事実そのものだ。


 ああ、本当にすごい。

 魔力なんていうよくわからない眉唾なエネルギーを利用可能にして、その上で人類は文明を守り通した。本当に、あの頃のみんなに聞かせてやりたいくらいだ。


「そうだね。頼れるのは小さな半径1メートルにも満たない手回し式とか、そういうのだった。突然横穴から飛びかかってきて即死、なんてのもあったよ」


 幸い僕らはそれなりに腕が立ったから、奇襲やらなんやらを大体後手で処理できていた。


 それでも先導してた調査隊の生き残りだったり、心が折れた人達の話を聞く限り何度も何度もあり得たそうだ。地底と関係する事象は須く自然と同じ制御不能の災害だと考えていたので、防ぐのも難しかった。


 一人で潜るのなんて愚の骨頂。


 少数精鋭の僕らでさえ愚かだと言われていたくらいなんだから。


「それに……魔力のカートリッジ、だっけか。平時はそこに補充しておくの」

「はい。これもそうやって動かしてます」


 そう言いながら光源をカタリ、と揺らす。

 小さな正方形のブロックにしか見えないが、これに魔力が込められているらしい。ここまで魔力が普及していると、日常生活でも取り入れられてるんじゃないか? 


 電気に成り代わる新たなエネルギーだとすれば、世界中で奪い合いになってもおかしくなさそうだけど──それはまた今度でいいか。


「霞ちゃん、来るよ」

「え?」


 スケルトンからあらかじめ受け取っていた剣──当然のように後ろに着いて来ている──を構える。


 前方から流動的な風の流れ。

 僅かな変化だが、これは何かが高速で駆けている気配だ。

 そして大概そういうパターンの時は、前後どちらかで奇襲を仕掛けてくる。


 今回は……


「後ろだ」


 振り向きざまに一振り。


 視認するより先に僕の肌が今振るべきだと伝えてきた。


 この勘は何よりも優れている。

 これこそが僕を戦いの中で役立たせる鍵の一つであり、純然たる切り札。

 それを証明するように、霞ちゃんが振り向くより先に真っ二つで吹き飛んでいったモンスターを血肉が叩きつけられた音がした。


「怪我はない?」

「え、あ、は、はい。ありません」

「後ろから来るモンスターの対策はどうしてるんだい? こうやって、無音且つ高速で接近してくる危険なタイプ、結構多いだろ」


 それこそ魔力でなんかこう、うまいことセンサーみたいなのが張れれば凄くやりやすくなると思うんだ。


 まあ、それが出来るならもう周囲に膜張って触れた瞬間モンスターが死滅するエネルギー波みたいなのを作った方が早そうだけど。死角からの攻撃はどんな相手にだって有効だからね。

 人間にとっても、モンスターにとっても。


「……その。正直私のレベルだとまだ遭遇した事なくて」

「……え、うそ。普通に上の方とかにもいなかった?」

「居ません」


 あらら、ジェネレーションギャップ。


 これも死語か? 

 ある意味死後に死語を語っている訳だが、ああもう、そんなことはどうでもいい。


 ……全体的なレベルが下がっているのか。

 僕が戦っていた時もその傾向はあったが、喋るモンスターなんてのは既に全滅しているのかも知れない。大体そいつらが強力で、一度会敵したら全滅するか殺すかの二択しかないくらいの強敵だった。


 これまで遭遇した喋るモンスターは全部で大体……18体くらい。


 7年くらい戦ってそれくらいだけど、中盤に集中していた気がする。


「これまでの50年で喋るモンスターって発見されたことあるかな」

「喋るモンスター、ですか?」

「僕みたいな奴ともこれまた違う、完全に敵対してるモンスター。鳴き声とかじゃなく、人語を解するタイプだね」


 周囲を土塊に変える力を操る人型。

 人を優に超える体躯に大きな腕を幾つも生やした怪物。

 地底湖並みの大きな水中に潜んでいた巨大な鯨型の化物。

 どいつもこいつも軒並み強く、そして共通して、そこらへんのモンスターを手足のように動かす能力があった。


「僕ら、ああ、この場合の僕らってのはあくまで一緒に潜ってた面子のことなんだけど、こいつらを『エリート』と呼んでたんだ」

「そんな話、聞いたこと……」

「伝えたところでどうしようもなかったからね。あまり昔話ばかりするのも悪いけど、絶望的な情報を齎すことすら憚られるような時代だった。『手出しのしようもないモンスターがいる』ってだけで悲観して自ら命を絶ってしまうんだ」


 嫌な時代だった。


 世界が滅ぶかもしれないって悲壮感と絶望感に打ちひしがれて、自殺する人が絶えなかった。


 日本国民の半数が死んだ、なんて情報もあったんだ。

 流石にデマだと思うけれど、笑い飛ばせるほどではなくて、あり得るかもしれないと不安に感じたくらいさ。


「でも、そうか。『エリート』はいないのか……」


 呪いを飛ばした自称リッチからもっと情報を引き出せば良かった。


 殺すのに必死だったけど、あそこまで追い詰めていたのならもう少し粘れた筈。


 相変わらず、僕は一人だと細かいところで役立たずだ。 

 ため息が出そうになる。


 でもそのため息をグッと堪える。


「僕に呪いを飛ばしてきたエリート、リッチと名乗っていたけど──あいつは地上征服が目的だと言っていた」

「…………」

「もしかしたら、地底にはまだ居るのかもしれないなぁ」


 そこまで言って、霞ちゃんの反応がなさすぎるから少しだけ様子を伺うと、青褪めた表情で話を聞いていた。


「……どうかした?」

「あ、い、いえ! その……色々新情報が多すぎて、びっくりしてしまって」

「まあ、あくまで僕の経験談に過ぎないんだ。事実とは異なる可能性だって大いにあり得るから、鵜呑みにしないでね」


 そうやって親睦を深めながら歩いている最中何度か襲われたが、大体一撃で対応出来た。


 やはりモンスターのレベルは下がっている。

 僕が強くなったと言うのもあるが、それ以上に敵が弱い。

 これくらいならスケルトンくんでも一撃で倒せるんじゃないか? 


「す、すごい……」

「これくらいしか出来ることないんだ。昔とった杵柄であり、唯一の取り柄さ」


 それに落とすアイテムも大したことないものばかり。

 でも僕が霞ちゃんに提供出来るのはこの程度のものなので、スケルトンに全て回収させて後で引き渡すつもりでいる。現代で価値があるのかわかんないけど、武器とかに流用はしてるんじゃないのかな。


「────ん?」


 歩き始めて二時間くらい。

 ゆっくりとしたペースで進めた結果、大体60メートルくらいは下に潜ったのではないだろうか。そのくらいの地点で道が完全に塞がっていて、この地底の終わりを示していた。


「行き止まり……?」

「……みたい、ですね」


 そっと壁に近づいて、手を添えた。


 奥から振動は──来ない、かな。


 わからない。

 厚みがかなりあるのなら伝わらなくてもおかしくはない。


「ここが、ダンジョンの最下層……」


 しんみりというか、やや呆然と呟く霞ちゃん。


 しかし、僕は違和感を覚えた。

 そもそもこの地底はとっくの昔に踏破しているのだ。

 だからどれくらいの長さを要したのかわかっているし、感覚も覚えている。それがハッキリと明確に、ここがあの時辿り着いた終着点ではないと告げている。


 と言うか、モンスターの湧く量が少なすぎる。


 溢れんばかりの数が生み出されていた筈だ。

 道中安全なタイミングなんて一度も存在せず、ずっと戦いながら潜っていた。


 違和感。


「…………とはいえ、今調べることじゃあないか」


 だが、今は保留。

 霞ちゃんを巻き込んでいいことではない。

 必ず後で確かめる必要はあれど、それは至急ではない。エリート個体が発見されていない理由も絡んでいそうだ。


「どうかな霞ちゃん。このように僕は地底、今風に言うと『ダンジョン』を攻略する力がある」


 壁を背に振り向く。

 霞ちゃんは相変わらずモノクルに意識を集中させたりしなかったりと忙しい。魔力関係の話から察するに、モノクルにも特別な機能が備わってるのかも? 


「協力してくれないか? 何がなんでも死にたくなかった君の願いも、叶えられる範囲でなら力を貸す。見ての通り僕は戦うことさえ許されればそれでいいから成果の類、スケルトンに持たせた素材なんかも全て渡す算段だ。何か嫌なことがあるのなら、それを改善出来る様に努めよう」

「…………勇人さん」

「何かな」

「どうしてそんなに、私にいい条件を出してくれるんですか?」

「君が恩人だからだ」


 即答する。


「君は50年もの間役立たずだった僕の事を救い出してくれた上に、現代の事を包み隠さず教えてくれた。そして信じてくれた。仮に信じてなくても、一先ず話を聞く姿勢を作ってくれた。そして、ここまで付き合ってくれた。それに……」

「そ、それに……?」

「──君の事は嫌いじゃない。手を貸したい、手を貸して欲しいと思う人にありとあらゆる手を使うのは間違ってないだろ?」


 そう言うと、彼女は目を丸くして驚きを示した後、ふっ、と微笑んだ。


「そう、ですね。私も勇人さんのことは、嫌いじゃないです」

「そりゃあよかった。若者に嫌われる年寄りにだけはなりたくないんだ」

「じゃあ大丈夫。勇人さん、若者にしか見えませんから」

「それはそれで残念なんだけれど。フォッフォとか、儂とか、似合わないだろ」

「案外似合うかもしれないですよ?」

「フォッフォ、儂の若い頃はのぉ……」


 どこからかジジイ無茶すんなとの声が飛んできそうだ。


 主にあの世から調子に乗るなガキんちょと言われている気がする。おいおい、もうとっくに僕の方が年上だ。いつまでも若い頃の感覚で接されても困っちゃうね。


「ふふっ、あはははっ! はぁ、なんだか悩んでたのが馬鹿らしいや」

「霞ちゃんにとってノーリスクとは行かないだろうから、大いに悩んでもらって構わないんだけど」

「ううん、いいんです。もう決めましたから」


 笑って少し涙すら流れている彼女は、すっきりした表情でモノクルを片手間に弄る。


 何かの癖か、それとも……


「よし、これで止まった。……改めて自己紹介を。私の名前は雨宮あまみやかすみ。職業はダンジョン探索者兼配信者で、目的は──15年前にダンジョンで消息を絶った、姉を探すこと」


 差し伸べられた右手。

 気になることはあったけど、それを聞くのは野暮ってもんだろう。配信者ってなんだろうね。


 手を取る。

 薄い手袋越し、女性らしい手つきの中にタコの感触。


 剣を握り戦い続けてきた戦士の手だった。


「僕の名前は勇人、姓はない。地底が開いて混沌とした時代において『勇者』と呼ばれることもあった戦うことしかできない愚か者で、僕の目的は──この世界からモンスターを全て死滅させることだ」


 ここに協力関係は成った。

 僕らは一蓮托生だ。

 彼女は現代を僕に享受し、僕は彼女に成果を献上する。

 そして互いの目的を達成するために協力し続ける、歪な関係。


 肩の荷が降りたような気分だが、戦いはこれからだ。


 必ず使命を達成する。

 あの時代に生きて戦い、一人50年もの間閉じ込められていた役立たずに唯一残された定め。


 これまで死んできた命全てを背負うつもりで、僕は戦い続ける。


 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る