第150話
関東に帰還してまず一番初めにやることは──休息の前に拠点探しだ。
と言っても、事前にいくつかピックアップしてある。
内見数も十件に満たないし、すぐに終わるだろう。
そう思っていたのだが……
「へぇ。なかなかいいじゃないか。ここで良くない?」
「んー……ねえ香織、ここちょっと部屋狭くない?」
「部屋は十分だろう。それよりリビングが想像していたより暗いな」
「高層ビルが隣にあるとこうなるわよねぇ」
「……ふむ。ここは無しだな、次に行こう」
「……あれ? 僕の意見は?」
「じゃあ勇人はどういう家に住みたいわけ?」
「えっと、雨と風が防げて床が硬くなければ」
「うん、もう聞かないから」
酷いや。
一応名目上の家主は僕なんだけど、残念ながら意見を封殺されるのが確定した。
家とか雨風凌げればなんでも良くない?
ぶっちゃけ味覚も死んでるから食事に拘りもないし、寝る必要もないから家具もどうでもいい。誰かを招待する訳でもないから外観だってどうでもいいし、老廃物が出ないから衣服も身嗜みもどうでもいいし、なんならその内ダンジョン暮らしの方が長くなるかもしれないのだ。
とてもじゃないけど拘る気にはならない。
そういったことを伝えると、澪は死んだ目をして呟いた。
「……香織、あとよろしくね。私知らないから」
「おっと、まあ待て澪。お前も一緒だぞ」
「無理無理! こいつ本心で言ってんのよ!? そこらへんの木の下で生活するのと文明的な家で暮らすことに差がないと本気で思ってんの! どうにか出来る訳ないでしょ! もう無理よ! 一生このままだから! どうりで地下暮らしの時全く生活拠点が改善されないわけよ! 納得したわ!」
「それをどうにかするんだが?」
「い、いや──ーっ!! 絶対無理ぃ──ーっ!!」
「まあまあ。僕のことは気にしなくていいから」
おそらく僕のことで揉めてるであろう二人を仲裁しようとすると、二人はそれまで揉み合っていた態度から急変しこちらをジロリと見つめてきた。
「気にするが?」
「う、うん……そっか……」
「よわっ」
黙りな澪。
僕はいくつか心に誓ってることがあるんだ。
怒ってる時、もしくは不機嫌な時の香織には逆らわないようにってね。
こういう時下手に反論でもしてみれば、理路整然とした正論でボコボコに言われた挙句次に待っているのは矯正だ。
ここは口を閉じざるを得ない。
「ふっふっふ、任せておけ勇人。きっとお前も気にいる素敵な家を私達が見つけてやるさ」
「あぁ……うん、頼んだ」
そして香織は澪を抱えて困惑する迷宮省職員と共に車に乗って新たな家の内見に向かった。
つまりは、僕は戦力外を食らったらしい。
どちらかといえば僕がいてもどうしようもないから今日は好きにしろってことなんだろうけど、何したもんかなぁ。
霞ちゃんも紫雨くんも同じく物件を探してるから手が空いてないし、鬼月くんは忙しいだろうからパス。
御剣くんや桜庭さんも一緒かな。
勉強道具もホテルに置いて来てるからここじゃできないし、かといってホテルに戻って缶詰もなんだか勿体無いような気がする。
と、なると……
「……ダンジョンにでも行こうかな」
香織と澪とはすぐに連絡が取れるし、なんなら強く念じれば一方的に連絡可能だから問題なし。すでに昼近くだから今からダンジョンに向かっても遅い時間になるけど、最悪電車が止まったら走って帰ってこればいいのでそこは大丈夫。
規則正しい生活とやらは不死者の僕らにとって不必要だからね。
そうと決まれば話は早い。
近場のダンジョンはどこだったかと記憶を掘り出しながらタブレットで検索していると──後ろから声をかけられた。
「あれ? 勇人さんだ」
そこに居たのは以前世話になった──そう、大変お世話になった──三門晴信ちゃんだった。
「晴信ちゃん? 久しぶりだね」
「うん、久しぶり。九州に居たんじゃなかったの?」
「昨日帰ってきてね。これから関東を中心に活動してくから拠点にする物件を探してたんだけど」
「……今って、一緒にパーティー組んでるんだっけ」
「そうそう。香織と澪と霞ちゃんが一緒だ」
「ふぅん。もしかして、追い出された?」
「あはは、まあ、似たようなものかな」
道の真ん中で話すのも邪魔なので、端に寄って話しを続ける。
「僕は生活力がほら、残念だろ?」
「まあまあだったよ」
「お世辞どうも。こだわりがなくてさ。老廃物も出ないから着替えも風呂も必要ないし、家なんて雨風凌げればなんでもいいよって言ったら──置いてかれた」
「ぷっ」
肩を竦めておどけて言えば、少しは面白く映ったのか晴信ちゃんが顔を俯かせ肩を震わせた。
配信で使えるネタだな、これは。
「ぷふっ……おもしろ」
「笑ってもらえて何よりだ。今日は一日空いてしまって、これからダンジョンにでも行こうと思ってたところに君が来たんだ」
「なるほど、把握した」
「晴信ちゃんも行くかい? ダンジョン」
一人で行くのもいいけど、久しぶりに彼女との交友を温めるのも悪くない。
この後柚子ちゃんと一緒に潜るのなら邪魔はしないけど、もし空いているならどうかなと思って誘ってみたのだけれど、彼女は誘いを聞いて驚いたように目を見開いた。
「……それって、デートのお誘い?」
「ダンジョンデートって、あるの?」
「なくはない。そういうことをした男女は養成校を卒業すらできないけど」
「手厳しいねぇ」
「遊びじゃないからしょうがない。……ねぇ、勇人さん」
「うん?」
「せっかくダンジョン行くなら配信しない?」
配信か。
九州で二人の存在を公にしてから数回やったけど、なかなかいい感触だった。
それにエリート関連の情報も出してるから僕が戦ったという事実も出て、かなり評判はいい。というか、インターネットによくいためんどくさい人が全然いないから活動自体がやりやすい。
配信サイト側で弾いてるのかな。
迷宮省側というか、国側が割と無茶を通してるからそういうことかもしれない。
と、言うことは。
昔なら百合の間に男が挟まって即殺斬だったけど、今の時代は違うんじゃないだろうか?
少なくとも僕が雨宮姉妹の間に入っても何も言われなかったし、晴信ちゃんと柚子ちゃんも含めた三人を引率してる時も下手なことは言われなかった。
そこまで警戒MAXでやらなくていいのは理解した。
……まあ、大丈夫、かな?
「いいよ。逆に晴信ちゃんの方こそ大丈夫なの?」
「余裕。今日は柚子もいないし」
「そっか。それじゃあお願いしようかな」
「うん。よろしく」
なんとなく家にいるのが嫌で街に出てきたのはいいものの、特に何かをしたいわけでもない。
休日だから一人でダンジョンに行くのもアレだし、特別打ち込む趣味があるわけでもない。
出来ることといえば体を休める事か本屋にでも行って読みたい本を探すことくらいだけど、なんだか気が乗らない。
総合していえば、なんだか気の乗らない一日──ぼんやりとした様子で道を歩きながら、三門晴信は思った。
(どうしようかな)
最近、なんだか上手くいかないことが多かった。
例えば相棒との関係。
柚子は御剣一級とのマンツーマンでかなり実力を伸ばしている。今期の四級探索者試験には二人とも落ちたが、次には合格出来るだろうというお墨付きだ。
公開されてるステータスはかなり伸びていて、実質四級相当だと言われている。
それに比べて、三門晴信は──劇的な進歩もなく、しかし伸びてないわけでもなく、じわりじわりと歩みを進めているものの、置いて行かれている感が否めなかった。
ダンジョン配信中でもそれは現れ始め、晴信が苦戦するモンスターを柚子は早々に片付けて援護に回る、というシーンが度々見られるようになった。
元々成績では柚子の方が上だ。
組んだ当初は「柚子に寄生している」という見られ方もしたが、晴信の努力によってそういった声は鳴りを潜めることになった。
それが最近復活して来ている。
「やはり成績には才能の差が現れる」だとか、「お荷物になりそう」だとか。
特に霞が三級に合格した影響もある。
それに続こうとしてる柚子に、置いて行かれている晴信。
焦ったさを感じながら配信はネットで「三門じゃ力不足」と言われる日々を過ごすうちに、少しずつダンジョンでもミスが目立つようになった。
このままではいけないと柚子と話し合い休日を多く設け体と心を休ませることにしたが、だからと言ってすぐに良くなるわけでもなく。
むしろ、休日でも問題なく鍛錬を行える柚子の方が伸びていくのは道理だ。
別にそれが羨ましいわけでもないし、相棒を嫌いになったわけでもない。
自分もそこに混ぜて貰えば良かった。
事実御剣には二人まとめて誘われていた。
それを蹴ったのは晴信本人だ。
この機会にいい加減関係を深めろと友人のケツを蹴る選択をしたのだから、それに関して後悔はない。
それでも最近、少しだけ思う。
(もし二人がくっ付いたら、私はお役御免?)
いつまでもずっと二人で活動するつもりはなかったし、その時が来ることはわかっていた。
忘れられがちだが、柚子は成績優秀者だ。
霞に頂点は譲ったが、それは相手が常にダンジョンのことだけを考えている異常者だったから負けたに過ぎず、本来であれば才能ある人間寄りなのは間違いない。
それに比べて晴信が数段落ちるのはしょうがないし、羨む気すら起きない。
(……そうなったら、一人かな。そのうちいい人を見つけて結婚して引退する。そんな普通の終わり方でも、いいかも)
輝かしい道を歩む霞と柚子を尻目に、一人普通の道を歩んでいくのも悪くはない。
そう考えると、胸にちくりと痛みが走った。
諦めることには慣れている。
それに、役割が完全にないわけではない。
もしかすれば実家から連絡が来てお見合いでもするかもしれない。
こちらが落ちぶれれば手を差し伸べてくれる優しさが家族にはある。
(それも、悪くない……)
ぼんやりと。
そう、上の空で歩いていたその時だった。
目の前に広がる大きな背中。
ぶつかりそうになる寸前で慌てて立ち止まった。
道の真ん中で立ち止まってる迷惑な誰かに文句の一つでもこぼそうとして、気がつく。
その後ろ姿には見覚えがあると。
(──……あ、れ。もしかして……)
疑いつつ、しかし半ば確信していた。
数ヶ月前に同じ家で生活した。
端正な見た目と口調とは裏腹に、絶対的な戦闘力を持っている勇者。
(この人は……本当に、すごいタイミングで現れる)
前回もそうだった。
心が折れそうになっていたところで、自分を認めてくれた。
踏ん張ってもう一度頑張ろうという気持ちにさせてくれた。
今回もそうだ。
現実は難しくて、諦めることも考え始めて、どうするか悩んでいたら目の前に現れた。しかも、遠い九州の地で出会った仲間の姿はない。
話しかけるには絶好の機会だった。
(……でも覚えてるかな、私のこと)
正直、忘れられていてもおかしくない。
優秀な霞やかつて絆を深めた仲間達と比べ、ただ寝床を提供しただけの小娘。
『──あれ、君誰だっけ?』
(……やば、考えただけで涙出そう)
優しい言動と頼れる大人として憧れと尊敬などを抱いている晴信は、もし勇人に否定されたらどうしようかと悩んだ。
否定される恐怖。
前に認めてくれた人にどうでもいい扱いをされることに対する恐怖が彼女を縛りつけようとした。
やっぱりやめようと後退する寸前で、勇人が呟く。
「……ダンジョンにでも行こうかな」
彼の足が一歩前に進んだ。
(──あ、だめだ。逃したくない)
それまで抱いてた恐怖や怖れは残っている。
でもそれ以上に、ここで声をかけずに一日を過ごすことへの恐怖が勝った。
もし忘れられていれば、それはそれで新たに覚えて貰えばいい。
忘れられていないのなら、前に勇気をもらったように、もう一度甘えさせて貰えばいい。
どう転んでも今よりはマシ。
彼女らしい思い切りの良さを取り戻して、晴信は口を開く。
「あれ? 勇人さんだ」
勇者さまに、どうか忘れられていませんように、と願いながら。
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