第109話


 諸々の手続きをすっ飛ばし、緊急時であるため特別探索者・一級探索者の権限を使用し封鎖中のダンジョンに踏み入れた。


 中は薄暗く不気味な空気が漂っている。

 前回御剣くんと潜った時と同じだ。

 エリートがいる時はこうなるのか?

 五十年前のダンジョンはどこもこんな空気だったから違和感がなかったけど、今の時代のダンジョンを経験してるとこれはおかしいとすぐにわかる。


「……禍々しい空気ですね」

「やな感じです。雨宮さん、大丈夫ですか?」

「は……い。大丈夫です」


 霞ちゃんが少し顔色を悪くしているが、一級の二名はなんともなさそうだ。


 御剣くんも平気そうだった。

 となると、ある程度の実力があればこの気配は耐えられる。

 逆にいうと、この瘴気のようなものが出たダンジョンにはある程度の実力がなければ踏み入れることすら出来ないってことか。

 基準を確かめたいけど……無理だな。

 犠牲が出る可能性が高い。

 ある程度の実力を図るのは、もっと追い詰められてどうしようもない時でいい。


 さて、このまま霞ちゃんを放っておくわけにもいかない。


 これはちょっとした賭けになるけど、彼女には少しばかり手を加えておこう。


「霞ちゃん」

「大丈夫ですって」

「違う違う、そうじゃなくてさ。手を出してごらん」

「え? 手を……わかりました」


 差し出された手を優しく握る。

 魔力を他人に流す行為には慣れた。

 一度霞ちゃんに送った時、そして香織に魔力を供給した時の二度で学習済みだ。寸分の狂いもなく狙い通りの量を渡せるだろう。


 今回、瘴気(と呼んでいいかは不明だが)に霞ちゃんが耐えられるように僕の魔力で上書きする。


 耐えられないならここにいる資格はない。

 そう言って追い出すことは簡単だけど、姉を迎えにいくんだ。

 彼女は姉の痕跡を探し求め探索者になった。青春も未来も投げ捨てて、ダンジョンでひたすら積み上げ続ける道を選んだ。

 それなのに、姉と再会できるかもしれないチャンスで『実力が足りない』と突き放すのは……少しばかり、人情に欠ける。


 無論、感情面ばかりで判断したわけじゃない。


 実力不足が故に罠だった時弱点になることはわかってる。


 今回は一緒に潜る仲間に瀬名ちゃんがいるのが大きい。

 彼女の守りは巧く、模擬戦の最中それとなく確かめたが何かを守ること自体が上手だった。自分の防御だけではない。

 他者を守ることにも長けている。

 瀬名ちゃんなら霞ちゃんを守りつつ、緊急事態に退くことが出来ると思う。

 それに僕もいる。

 どえらい化け物が出てこない限りは問題ない。


「え、ちょ、あの勇人さんっ?」

「少しだけ違和感があるかもしれないけど、すぐ慣れると思うから我慢してね」

「ん゛っ! ……はい」


 少しだけ霞ちゃんの中に魔力を流していく。

 あまり流し込むと、彼女の中での人間かモンスターかの境目が揺れてしまうかもしれない。だから慎重に、丁寧に、ほんの少しだけ流した。


「今魔力が流れてきたのはわかった?」

「まあ、はい。…………え? えっちなことしてるよねこれ」

「ははは、若いなぁ君は。健全な行為さ」

「どう見てもえっちなことでしょこれ!!」


 先ほどまで少し辛そうにしていた霞ちゃんが絶叫した。


 そんな大声出したら敵に気付かれちゃうじゃないか。

 全くもう、探索者たるもの平常心を失っちゃダメだぜ?


「その、勇人さん」

「ごめんね瀬名ちゃん、霞ちゃんが騒いで」

「いえ……どちらかといえば勇人さん側に……」

「……………………もしかしてなんだけど。魔力って、他人に易々と与えるようなものではない?」

「言葉を濁さず言えば、破廉恥ですね」


 少しばかり頬を赤く染めた瀬名ちゃんに直球で言われた。


 …………なるほど。

 なるほどなるほど。

 僕の感覚だと魔力って、所詮力でしかないんだよね。純粋なエネルギーとしてしか見ていない。血と同じ意味合いだ。

 国としてもその方針は間違ってないし、今を生きる人たちにとっても大筋からはブレてないはず。


 となるとこれは、あれだな。


「もしかして学生の頃とかにこういうやりとりする?」

「……あると言えば、あります」


 天を仰いだ。

 視界にはダンジョンの天井が映った。


 そうか…………今や魔力って自分の一部だもんね……


 他人に渡すってなるとちょっとそういう感じにもなるのか……そういう仲の男女が互いの魔力を流し合う、とか?

 うわ、途端にえっちな表現になった。

 これは控えた方がいいかもしれない。

 やるにしたって、香織にやるだけにとどめておこう。


「霞ちゃん」

「……はい」

「僕は完璧ではないから、そういうことがあるなら先に言って欲しかったな」

「ごめんなさい、これまで正直わざとやってるのかと……」


 失礼だな。

 僕はそんな、女性に対してそんな言動をしているつもりはない。女性に限らず、他人には遠慮し労り気遣いをするものだ。

 単語で表すなら、高潔さ。

 香織のように、他者を慈しみ想える人間でありたいんだ。

 彼女の真似事にすぎないが、それでも間違った行動はとってないと思う。


 その旨を伝えると、彼女は遠い目をしながらぶつぶつと呟いた。


「ああうん。ですよね、うん。納得もしてるけど、なんだろうこの感じ。香織さんに泣きつこうかな……」

「その、なんだ。雨宮、あまり気を落とすなよ」

「ありがとうございます、瀬名さん……」


 ありもしない空虚な名誉に傷がついたところで、霞ちゃんは瘴気による影響がなくなったと見ていいだろう。


 僕の魔力で対抗出来るなら彼女について心配する必要はない。

 エリートを相手にさせるのは難しいが、なんでもないモンスターの相手くらいならやれる。瀬名ちゃんとタッグを組んで戦ってもらおう。

 九十九ちゃんは僕と一緒にツーマンセルだ。

 彼女のフルスペックならば、程よく合わせられる。

 問題はその全力が出せるかどうかだけど……


「なにか御用ですか?」

「今回もしなにか起きた時、九十九ちゃんは僕から離れないようにしてくれるかな」

「わかりました!」


 魔力による強化と、身体能力を合わせれば瞬間火力は探索者の中でも一、二を争うレベルになる筈だ。


 軽視するつもりはない。 

 何も起きないならそれでいいし、なにか起きたときは事件の解決を最優先に彼女らの今後も考慮して動こう。


 エリートの問題も、雨宮紫雨のことも、香織のことも全てが大事だ。


 一つだって棚に上げることはできない。


 総取りだ。

 取りこぼすつもりはない。

 無理だと判断するまで、僕は全てを手に入れることを諦めない。


「…………三人とも、作戦は頭に入ってる?」


 最後の確認だ。

 意識を切り替えて尋ねると、空気が変わったことに気がついたのか、三人は背筋を伸ばしこちらを見ながら答えた。


「はっ、一級有馬瀬名、問題ありません」

「一級九十九直虎、同じく問題ありません!」

「四級雨宮霞、問題ありません」


 さっきのやり取りで緊張もほぐれたかな。 

 雨宮紫雨は裏切っているのか、それとも真に人類の味方なのか。

 上で香織はどうなっているのか、これからどうなるのか。その全てがこのダンジョンで決まるんだ。

 覚悟は決めた。

 現実を見る覚悟だ。

 地の底でどんな現実が待っていても、僕は決して挫けない。

 夢は見れた。

 悔いはあるが躊躇いはない。


 ────魔力を展開。

 薄い膜が高速でエリアを広げていく。

 以前御剣くんと潜った際に放ったのと同じ、半径3000メートル……つまり3キロの広域レーダーを展開し、引っかかった幾つもの点を一つずつ消していく。


 ダンジョンの範囲は全てただのモンスターだと考えていい。


 ダンジョンの空洞が途切れ、土壁を進んでいく中で空洞に触れれば、そこが未踏破領域だ。


「──見つけた」


 点の数は三つ・・

 以前見つけたものと同じのが二つ、未知のものが一つ。

 どちらが雨宮紫雨だ?

 そこまでわかるほど万能じゃない。

 なぜ三体もいる?

 一人でいると聞いていた。

 やはり裏切りか?

 ……判断出来ない。

 向こうも感知されたことに気がついているだろう。

 よってここは先手を取る。

 両腕に魔力を溜め、それぞれ三つの点を分断するように穴を開けよう。

 未知の点は僕。

 知っている点は一級の二人に……任せられるか?


「…………九十九ちゃん」

「はいっ!」

「作戦変更だ。一旦三人で行動してくれる?」

「……っ」

「君に一体・・任せるかもしれない。覚悟は?」

「──……お任せあれ!」

「いいね、頼もしい!」


 その声を聞いて、両手に溜めた魔力を解き放つ。


 眩い閃光。

 純粋な魔力の暴力が、ダンジョンを蹂躙していった。

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