第132話

「うーむ……」


 僕に支給されたタブレットを通じて調べ物をしている香織が悩ましげな声で唸った。


 服装を着替えており、既に現代女性と遜色ない見た目をしている彼女が隣にいるのは結構目に毒だ。

 これまで頭の中で会いたいと絶望していた女性が普通にいる。

 それだけでもこう、クるものがあるのに、美しさと綺麗さすら合わさっているのだから、結構ね。


 だがそんなことは感じさせないように──既にある女の子に対しては手遅れだったが──尋ねた。


「どうしたのさ」

「いや、な。私の扱いはどうなるのだろうと思って調べていたんだ。地底、じゃなくてダンジョンから復活した私に戸籍はあるのか?」

「ああ、そこら辺は……」


 僕の時に浮上した問題の一つ、果たして人権をどうするべきか。


 特別探索者って身分を与えることで有耶無耶にしてるから、多分今回もそうなる。この国は五十年前とあまり変わらない文明レベルだけど、国の方針に関しては五十年前と比べ物にならないくらい強気だからね。


 特に香織は元々大企業の令嬢。

 ただの一般人の引きこもりだった僕と違って、過去に生きていた証明は比較的しやすいと思う。だから大手を振って外を歩くのもそう遠い話じゃない。


「迷宮省がゴリ押しでなんとかしてくれるよ」

「それはそれで嘆くべきなんだろうな、我々としては」


 民主主義とは言い難いからね。

 でもしょうがない事だと思う。

 そうでもしなくちゃ乗り切れない時代だったのは確かだ。インフラのまともに維持できない、国内に人を襲う知的生命体がいる、世界と連絡が取れずどんな状況かもわからない、侵略者に対抗できる軍隊も無いのに残された人々がどう考えたか。


 なりふり構っていられなかっただろう。


「僕としちゃあ実験体でも構わなかったけどね。でもそれだと君も巻き込まれてたかもしれないから、結果オーライだ」

「ふふ。お前が一緒なら私もそれで良かったぞ?」

「勘弁してよ。もう一回手が届かなくなるとか、考えたくもない」


 感情を込めて言うと、香織は嬉しそうに言った。


「冗談だ。変わらんな、勇人は」


 霞ちゃん以外にはあまり露呈してない、取り繕えない僕が次々と掘り起こされていく。


 ううん、感情を抑え込むのは得意になったんだけどな。

 少なくとも孤独の五十年でそれなり以上に上手くなったと自負していたし、霞ちゃん相手にも割と誤魔化せてるのにこれだ。

 やっぱり香織には敵わない。


「それでな。一つ相談なんだが」

「うん?」

「……特別探索者としての資格を得られたとして。その後私の仕事はダンジョンに潜る、になる」

「そうだね」

「一級探索者と同等の権利を持つ、その処分が下ると思うか?」

「そうなるでしょ。香織を遊ばせとく余裕はないし」


 五十年前の時点て今の一級と遜色ない戦闘力を持っていたのに、人間という枠組みから外れて現代の技術を手にすればもっと伸びるのだ。


 どう考えても立派な最大戦力である。


「そうだろうか……」

「えっと……逆になんでそうならないと?」

「私は死人だぞ。他人の魔力がなければ生きながらえないのに、戦闘員としての立場を確約するのはどうなんだ」

「今更じゃないか。僕は死人どころか半分エリートだけど」


 それに加えて雨宮紫雨という正真正銘本物のエリート個体もやってきた。


 人に敵意を持っておらず、僕の預かりになり、その上で伸び代がある人材を眠らせておくほどこの国の情勢は安定しちゃいない。


「そうか。なら、まずは追いつかねばならんな」

「僕の感覚だと、君の魔力量自体は前より格段に上がってる。モンスターの力が入れば増えるのかどうかはまだわからないけど、要検証だ」

「それらのデータは迷宮省で集めているか?」

「もちろん。彼らは優秀だから、素人が思いつくようなことは大体想定してるしやってるよ」

「それは頼もしいな。……本当に、頼もしい」


 そんなことを話していると、香織が手にしているタブレットから通知音が聞こえた。


「何か来た?」

「ん、まて。まだ使い方が完璧じゃない」

「ええとね……そう、ホームに戻ってメールがこれ」

「はぁ。まるで孫に最新機器の使い方を教わる老人みたいだ」


 苦笑しながら同意する。

 その気持ちは非常によくわかる。

 香織は僕が相手だからまだ気安くやれるけど、僕の相手は霞ちゃんと晴信ちゃんだった。女性二人に挟まれながら教わるのはなかなかこう、ね。


 色々と苦しい思い出だ。


「すぐに慣れるさ。ええと、何々……」


 送り主は忠光くん。

 どうやら迷宮省への呼び出しだ。

 それも香織を伴ってのもので、予定では霞ちゃんや紫雨くんも来るらしい。


 ふーむ…………


 リッチ関連か。

 それくらいしか思い当たらない。


「明日か。じゃあ今日は特に予定変更ないね」

「そうか、明日……………………」


 何か考えついたのか、香織は顎に手を当てて思考に耽っている。


 怪しい内容なんてあったかと思い少し考えてみたが特に思い当たらず、彼女の考えがまとめるのを待つ事およそ三十秒。


「…………なあ、勇人」

「なんだい?」

「そういえば、私はどこで夜を過ごせばいいんだ?」

「え。ここでしょ」

「……こことは。ホテルのことか」

「うん」

「部屋は?」

ここ・・


 僕はにっこりと笑みを浮かべながら言った。


 それらの予定はすでに決まっている。

 香織は解放されたが念には念を入れて警戒せねばならない。

 蘇生の主人である紫雨くんも人類側に来たし今更反攻に移ることも無いだろうが、それでも警戒はしておかないとね。

 そう、だからこれは安全上の問題であり、決して僕が望んだわけでは無いのだ。


「ほ、ほう。そうか。……みたところ、ベッドが一つしかないが」

「そうだね。いやあ、寝なくていい身体だからさ、普段からこうしてるんだ。あ、ベッドは好きに使っていいよ」


 僕も使うけど。


 寝なくていいだけで横になって体を休めなくていいわけでもない。


 いやあ、しょうがないなー。

 だって危ないもんなあ、夜に暴れられたらなぁ。

 決して、僕がこうしたいからしてるわけじゃあないんだよなー。


 どこか赤みを帯びた頬を引き攣らせる香織の表情は、大変珍しいものであったことだけは記しておこう。

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