第59話

ちょっと体調が悪くて更新遅くなりました。

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《鬼月くん》

《リッチの呪いについて一つでもわかったら教えて欲しい》


「…………聡い方だ」


 少しのやり取りしただけで此方がどう動きたいのかを察知し、釘を刺して来た。


『何かやるなら協力するからちゃんと声かけてね』と暗に告げている。


 こっちはそうさせまいとあれこれやっていると言うのに、戦う事こそが己の使命だと言わんばかりの覚悟を見せつけてくるのだからどうしようもない。


「まったく、あの世代は揃って苛烈がすぎる」


 己に席を譲り引退した老人と、未だ西で影響力を発揮し続ける傑物を思い浮かべて苦笑しながら返信した。


《わかりました。勇人さんも何か思い出したらお願いします》


「いい加減俺達に全て任せて欲しいものだが……」 

「──鬼月一級、よろしいでしょうか」

「ああ、構わない」

「失礼します…………何かございました?」

「なんでもない。それで、何の用だ?」


 タブレット端末の電源を落として、入室してきた部下へと目を向けた。


「御剣一級から第二ダンジョンの調査報告がありました。まだ帰還しておりませんが、先んじて報せだけ。こちらのUSBに纏めてあります」

「わかった。目は通したか?」

「はい。現場に到着し当時の再現を行ったが何も起きず、勇人特別探索者を発見した地点まで足を運んだがそこでも特に何も起きなかったと」

「ふむ…………」


 そうだろうなと思いながらも、考える素振りをとる。


 勇人が生還した事実は、本人が考える以上に大きな影響を齎している。


 50年前の鮮明な情報は勿論、リッチの呪いを受ければ自我を保ったモンスターになる事実そのものが大きい。


 モンスター学、和名で魔物生体学は現在行き詰っていたと言っても過言ではない。


 ダンジョンを研究し始めて早30年。

 現れるモンスターの種類は一定で自然界のように新種が現れる事はなく、素材に変化もない。故に情報は固定され新たな発見も少なく、年々得られるものは少なくなっていた。


 そんな時に勇人は戻って来た。


 生きたリッチの生体情報とその特性、更にかつて存在した指揮官としての役割を持つ上位種の情報と共に。


 もしもモンスター達に理性があって知性があって意図をもって侵略してきたとすれば、勇人は喉から手が出る程欲しい存在の筈だ。それなのに仲間にするどころか一度も接触すらせず、解放され人類側に情報が伝わってしまう事に何の干渉もしてこない。


(勇人さんを知らなかった、とは考えにくい。もしも意図が介在しないのであれば完全なイレギュラーであり、そうでない場合の選択肢も少ない……)


 USBを受け取りPCで確認する。


 簡易的な報告だと言う割には整えられた書式に目を通しながら思考を回す。


(再現性無し。イレギュラーも無い。四級と五級という条件は整えられなかったが、リスクが大きすぎてそれは試せん。雨宮四級らもダンジョンに潜ったが何も起きなかったから、彼女らを狙った行動で無いのもわかった。そうなると考えられるのは二択)


 完全に偶然だったか。

 それとも、第二ダンジョンを見ていた何者かが、あえてそうしたか。

 四級と五級を始末するためにわざわざ下層モンスターのイレギュラーポップを起こす必要はない。なぜなら初見で一級を相手にやった方がよほど有意義だからだ。


 戦力という意味合いで抹殺するな最低でも二級以上、彼らを殺されれば人類側も大きく動揺するし苦労する事になる。


 なぜそれをしない。

 しなかった理由は一体なんだ。

 ただ偶然こんなことが起きたと片付けるには都合が良すぎる・・・・・・・


 まるで人類に対して警告を鳴らすような────そんな違和感。


「……御剣は帰還中か」

「何か追加を?」

「いや、今日はこれで終わりでいい。まだ北海道と九州から報告が上がってない以上、次の段階に進めん」


 焦っても何も起こらない。


 危機感はあるが、これ以上は何も出来ない。息を大きく吸ってから、ゆっくりと吐いて心を落ち着かせた。


 この程度の焦燥に苦しむほど若くない。

 これまでに乗り越えて来た戦いの方がよほど苦しかった。

 確かに問題はこれから起きるかもしれないが、そこまで悲観的に捉える必要はない。戦力は十分整っている。一級を筆頭に、それらを支える二級以下の人材も資源資材も蓄えてある。


 問題ない。


 まだ致命傷に至る事はない。


 そう判断し、鬼月はため息を一つ溢した。


「お疲れのようですね」

「大した事は無い。多少寝不足なくらいだ」

「仕事増えましたもんね」


 部下も、はぁ……とため息。


「致し方ないものではありますが、こうもタスクが積み重なると……」

「すまんが耐えてくれ」

「給料上げてくださいよ?」

「働きによるな。国が金を支払う力を失くしたら困るだろう?」

「ええ全く、そうならないように尽力します」


 そう言いながら退出していく。


 勇人の帰還に伴い急激に増えた仕事の量はここ十年間では比べ物にならないほどで、休憩室や仮眠室を利用し迷宮省に寝泊まりする者が殆ど。一級探索者達も休みは取れておらず、睡眠時間は日に3時間程度。


 現場に赴く探索者達はちゃんと休めと口酸っぱく言っているものの、どいつもこいつもまともに休息も取らずに次から次へとすぐにダンジョンに飛び込んでいく。


「まあ、そうしたくなる気持ちもわかるが」


 やれやれ仕方ないと言いながら、鬼月も休みを殆ど取らずにずっと事務所に缶詰状態。


 それなのに事態の発端となった勇人本人には全く協力要請をしないあたりが、鬼月らの覚悟を如実に表している。


 今は踏ん張らねばならない。

 かつて起きた戦いは上の世代が頑張った。

 次は自分達、地獄を知らない世代の番である。いつまでも子供の世話をするように第一線に留まり続ける者達の力を頼るつもりは早々ないのだった。















 第二ダンジョンの最下層は壁によって隔てられている。


 それはかつて50年前、とあるリッチの手によって施された。


 人の身でありながら莫大な魔力を有し、たった一人でモンスターを殺し続けた存在に対してかけた呪いが機能しなかったときの為に用意したものだ。


 その壁の奥深く、地上から更に数百メートルは下に降りた地点。


 かつて勇人が単身で辿り着いた最奥の広間に、複数の影があった。


「やらかしたな、新入り」

『想定していた中で一番悪い状況だ。あの男を解放した挙句、人類側に我々の情報が伝わった可能性が高い──どうしてくれる?』


 龍のような巨躯を誇る存在が喉を鳴らし人語を放った先には、“新入り”と呼ばれた人と変わらぬ見た目の女性が居た。


 女は一度瞑目してからゆっくりと息を吐き、不満を隠そうともせず語り始める。


「仕方ないでしょうが。私が生き延びた理由はそれなんだから」

「つってもなぁ……もうちょいやりようがあっただろ。結果的最悪を招いた事は反省すべきだ」

「あの子が私の担当してるここに来る可能性が高ければ頷けたわ」

「そこはわかるっての。徹底的にやればよかったじゃねえか」

「そこまでする価値があるとは思えなかった。逆にあなたはやるの? あんな小娘一人に」

「確実に殺りたいならやるさ。だが、お前の言う通りあんな雑魚に手間暇かけて計画するかと言われればノーだ」


 責められても決して頷かず、あの手この手で自己正当化を繰り返しながら続けた。


 女のその態度に巨躯の存在は苛立ちを示し、軽やかな口調で応酬をくり返す亜人混じりのモンスターは薄く笑みを浮かべる。


「オレは今回の一件、お咎めなしでいいと思うがどうだ?」

『……どの道、貴重な戦力である事は変わりない。だが何も無しと言うわけにもいかん。我らの数十年を無にされていたかもしれんのだ』

「そうねぇ……私に預けてくれたら従順にしてあげられるけど」

【……余計な事はするな】

「あらら、良かれと思って言ったのに」

「……殺すわよ女狐」

「やる気? 新入りの分際で」


 ──瞬間、魔力が膨れ上がる。


 女狐と言われた女の身から溢れる膨大なそれは、刹那の間に炎となり薄暗い地下を照らす。


 その矛先は新入りと呼ばれていた女に向けられ──放つ直前に、声が響いた。


「やめとけ」

「……はぁい。でも吹っ掛けてきたのは向こうよ?」

「余計なこと言わなければ良かっただけだろ。今回こいつにはお咎めなしでいい。龍王さんもそれでいいな?」

『フン……手綱は握っておけよ』

【……異論はない】

「お前も。今回は良いが、次やるタイミングがあったら失敗すんなよ?」

「ええ。ごめんなさい」


 新入りの女が謝罪をし、先ほどまでの緊迫感は薄れていく。


 それぞれが姿を消して行き、やがて一人きりになったタイミングで女は息を吐いた。


「…………はぁ」


 そして天井を見上げ視界を腕で遮り、一言。



「…………まだ、まだ焦らなくて良い。大丈夫、やれる。問題ない……」


 その声は誰にも届く事はなく、ダンジョンの地下に消えていった。

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