第173話

「随分な挨拶だな……!」


 砲撃が続く。

 レーダー範囲は半径2km。

 その射程外から、一切減衰しない僕の全力攻撃と同等の火力が、防御するので手一杯な速度と避ける暇もない密度で砲撃が飛んでくる。


 魔力によるバリアは初撃が間に合わず両腕で受け止めたが、悲惨な有様だ。


 指が吹き飛んで骨もぐちゃぐちゃ、肉が裂けてそこら中から骨が突き出てる。


 全く、とんでもない不意打ちをかましてくれたもんだ。


 再生出来なかったらこれで詰んでたよ。


「でもまあ、これでしばらく──」


 ──ドゴオォォォッッ!!!


 そう呟いた瞬間、バリアが割れる。


 勢いは多少消せてるが、正真正銘全力で張ったものだ。

 そこに誤魔化しや小細工はない。

 正面から飛んでくる火砲を受け止める為に、最善を尽くした魔力の盾。


 それをこうも簡単に破ってくるなんて…………


「──鯨クラスか」


 切り替える。

 このままここで耐えるのは不利だ。

 これだけの火力を無尽蔵に撃てる時点で遠距離はまずい。


 バリアを破壊し飛び込んできた砲撃に修復の終わってない両腕を突っ込み無理やり爆破、風圧を足で堪えて全身を焼く灼熱を同時修復で誤魔化しながら前に駆ける。

 普段行ってる軽い移動じゃない。

 足に込めた魔力は普段使用する何倍もの量をこめ、大地を砕き、それを糧に前に進撃する。


 一、ニ、三。


 一歩で数百メートルを踏破する踏み込みを連続で叩きつけ、途中で幾度となく砲撃を打ち破りながら突き進む。


 魔力の消費が激しい。

 だけど幸いなことに、この謎の空間には魔力が満ちている。

 僕でも己のものに出来るほどに溢れているのだから、敵にとってはホームアドバンテージを得ているようなものだろう。


 唯一誤算があったとすれば、僕もそちら側だったという点のみ。


 二桁回数の砲撃を打ち破り、最低でも十キロは移動した先でレーダー内に一つの魔力を捉える。


 ──それはあまりにも雄大だった。


 膨大で広大で、魔力の渦と表現することすら生温い重厚な塊。

 もしあの魔力が爆発すれば少なくとも島丸ごと一つ消し飛んでもおかしくない、それほどのエネルギーを有するそれは、佇んでいた。


 龍。

 そう表現するのが正しい。

 東洋風ではない西洋風の龍。

 それこそファンタジーでよく見かけるタイプの龍が、そこに佇んでいた。


 ……仕掛けてこない。

 ただ、こちらから攻めるのも憚られる。

 一撃で仕留められるならいいけどそうじゃない。どう考えても相手の強さは拮抗しているか、それ以上だ。


 仕掛けて反撃を浴びて戦闘不能になるリスクが高すぎた。


 逡巡している間に、龍は余裕をたっぷりと滲ませて、炎の漏れる口を開いた。


『よくぞ辿り着いた、勇者よ』

「……なかなか壮大な挨拶だった。かなり気に入ったね」

『ほう。なるほど、呼吸がうるさいと言うのなら謝ろう』

「僕以外の人だと寝れなくなっちゃうくらいの音量だった。今後は気をつけてくれよ」


 おいおい、冗談だろ。

 あの砲撃を呼吸のようなものと呼ぶか。

 あれは間違いなく人類を滅ぼせるものだった。日本だけじゃない、世界丸ごと相手にしたって余裕で滅ぼせるものだった。


 ここで刺激するのは……得策じゃない。


 龍、大きさは10メートル以上。

 翼があるから飛行能力あり。

 あの砲撃を高高度から一方的に打ち下ろされたら勝ち目がない。日本どころか世界が一瞬で火の海だ。


 それを考えるとこの地下深く、接近できてる今が仕掛け時か?


 賭けになる。

 ここで殺しきらなければ僕らの負けだ。

 勝てるか?

 微妙だ。

 魔力は問題ないけどそれは向こうも同じ。

 なんなら魔力に気を配らなくていい分、最大火力のぶつかり合いじゃ不利になる。肉体の大きさが出力に直結してるのは、聞いてなかったな。


 やるか?

 やるしかない。

 死んでもここでこいつを引き摺り下ろさないと────


『そう急くな』


 攻め入ろうとした瞬間睨まれる。


 こいつ……抜け目ない。

 こんだけ強い奴が一切の油断もないとか、ちょっとズルいな。もっと隙を晒してくれないと困る。あの時の鯨みたいに。


『まだその時ではない』

「……今すぐでもいいんだぜ?」

『くく、その意気は認めてやる』


 負けるつもりは毛頭ないが、勝てる保証もない。


 だけどここで逃せばまずい。

 だが、相手がやる気ではない。

 …………どうする?

 ここで無理に仕掛けて殺されるのが一番まずい。

 死んでも倒せるならいいが、何もできずに死ぬのだけは避けないと。先ほどより不利ではないが有利でもない。これだけデカい奴が接近戦を出来ないと思う方がおかしい。きっと近接戦も卒なくこなす。


 僕の葛藤を尻目に、龍は愉しげに続けた。


『勇者ユウト。この場は下がるといい』

「はいそうですか、とは行かないんだよね」


 己が上位者であるという自負がある。

 だからこの龍には余裕がある。

 こいつ基準で見て、まだ僕はそういうレベルの脅威には届いてないらしい。


『なに、決戦の日は近い。我もまだ十全ではないし、お前もそうだ』

「…………」


 一体──なんの話だ?


 だが重要なことを言っていることだけはわかる。


 ここで無理に仕掛けるより、話を聞いた方が得があると判断した。


『またいずれ相見える。その時は、我からお前の所に赴いてやろう』

「勘弁願いたいね。出来れば一人で勝手に死んでくれないかな」

『ではその際はこの星を道ずれにしよう。よい手向けになる』


 …………こりゃ、今は無理だな。


 ここで殺しきれる確証がない上に暴れられたら不利なのはこっち。


 そも、僕を相手にするとも限らない。

 今この場で僕を無視して地上で暴れられたら詰む。これ以上は刺激しない方がいい。かといって将来こいつが襲い掛かってきた時、僕を無視されればそれはそれでヤバいんだが……少なくとも今ここで暴走されるよりかはマシ、か。


 対策を講じる時間が生まれるだけ、マシだと思うしかない。


 背を向け重厚な足音と共に去っていく龍を見送る。


 小山が一つ丸ごと動いている様なものだ。

 ただいるだけで圧がある。

 魔力を発してなかったとしても、あの生物に近寄ろうとするやつはいない。


 ……知りたい情報は得られなかった。

 代わりにわかったのは、向こうが『決戦』の準備をしているという事。つまり、近い未来に攻め込んでくることが予想出来る。


 しかもあれでまだ完全体じゃないって言ってたな。

 ああくそ、今からでも仕掛けるべきか?

 これ以上あいつが強くなるのは困る……だが…………


 ……やめておこう。

 挑戦するべきではない。

 僕一人がここでやるより、皆と協力して対策を練るべきだ。


 龍の足音はいつの間にか聞こえなくなっている。

 既に暗闇の中に消えて行った。

 奴は、僕の所にやってくると言っていた。

 つまり決戦とやらが起きた際、奴と戦うのは僕だ。


「…………はぁ」


 この判断が吉と出るか凶と出るか。


 今の僕にはわかりかねる難題だった。











 終わりを求めている。

 己の役目が終わったのだと知っている。

 時代が変わり、魔王によって統一された世界はこれから発展を遂げていく事だろう。


 龍はその強さから発展を全くしてこなかった生物だ。


 繁栄はしても発展はしない。

 社会の形はそのままで、強き者が群れを率いる。

 欲しいものは奪う。

 力のある者だけが生きていける。 

 弱肉強食の世界で生きて来た我らに、居場所はほぼ残されていない。


 いずれ発展し力を付けた者達に逆襲されるだろう。


 それもまた自然の摂理だ。

 社会の力、文明の力というものに負けるのも悪くはない。


 だが…………

 やはり終わりを迎えるのならば強者との闘争が望ましい。

 故に願った。

 魔王に、己の理想を叶える為に。


 それが今、別世界で叶おうとしている。


 誰が何を企んでいようがどうでもいい。

 我らの願いが悟られようがここまで来ればどうとでもなる。


 楽しみだ。

 実に楽しみだ。

 勇者との殺し合い。


 それはきっと、我が人生で最も幸福な時間となるだろう。

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