第57話
勇人達が五級ダンジョンで穏やかな探索配信を行っている最中、一級探索者の御剣は、二級探索者を連れて関東第二ダンジョンへと訪れていた。
「……ここが現場で間違いないか?」
「はい。雨宮四級、立花五級、三門五級の配信ログを確認しましたが間違いありません」
「どう見ても中層だわな」
溜息を吐きながら、血痕の残る地面を指で擦る。
すっかり乾いた黒い血は指に付着する事もなく、カサリと音を奏でるだけ。
土が付着した指を擦りパラパラとはけていくのを見ながら、御剣は頭を軽く掻いた。
「この地点に彼女ら三人が到着し、3分ほど交戦した後に現れました」
「んん~~……」
「それに加え、これまでに一度も類似の報告はありません。完全にイレギュラーだと思ってよろしいかと」
ダンジョンの難易度が分けられている要因の一つに、出現するモンスターがある程度固定されているというものがある。
上層、中層、下層。
それぞれ現れるモンスターが決まっており、更にダンジョンによってその量も種類も変わる。
何年も検証を繰り返し『この場所にこのモンスターは出てこない』と確証を得られたが故に現代の難易度分けがされているわけで、今回の一件はそれをひっくり返す可能性のある大変重要な案件だった。
「起きてから十日、他に報告は無し。死亡者も出てないし、負傷者はいるが雨宮四級を除いて軽傷のみ……再現性があると思うか?」
「それを確かめるのが我々の仕事ですよ」
「簡単に言ってくれるぜ。確証を得るのはほぼ不可能に近いだろ」
はぁ、と嘆息しながら、御剣は話を続けた。
「重要なのは『これまでと違うイレギュラーが起き得るか』という点。今こうしてここに留まって起きない以上、俺達は後手に回るしかない。それに、勇人さんが齎した情報を元にこれまでの研究をもう一度やり直す時間が必要となればこの検証が上手くいくわけねえんだよな……」
「ですが、何もしない訳にもいかんでしょう。我々が手をこまねいている間に四級や五級の探索者が犠牲になることは避けなければなりません」
「上もそれはわかってるだろうさ。現に四級以下が第一、第二に立ち入ることを禁止してるしな」
「……それではなにも解決出来ていないじゃありませんか」
「そりゃそうだ。これは解決策じゃない」
「は? では、何の為に派遣されたのですか」
「最低限の現場検証の為だな」
「…………最低限」
「そう、最低限」
あくまで応急処置に過ぎない対応。
四級上位ともなればやがて三級、二級への成長が見込まれる層であり、下層へと足を踏み入れ始める段階にある。下層での戦闘経験を積めない限り三級以上に上がることは出来ず、いつまでも停滞することになる。
その段階の人材が育たなくなると世代の谷間が生まれ先の時代に影響が生まれるため、早急に解決せねばならない。
かといって無理を通せばまた事故が起きた際に貴重な人材を失うリスクが高くなる。
それを理解している迷宮省と一級探索者達は、正しく手順を踏み事態の解決に動いていた。
「現場レベルのミクロな問題は俺達が、国レベルのマクロな問題は上に任せときゃあいいのさ。後1週間もすれば最低限の成果は出してくるだろうしな」
「1週間は流石に無理があるのでは……?」
「おいおい。そりゃお前、ちょっとエリートを見縊りすぎだぞ」
よっ、と言いながら立ち上がり、御剣は抜刀する。
刹那、通路の先から高速で飛び掛かってきた蝙蝠型のモンスターが弾け飛ぶ。
二級探索者──
「迷宮省に勤めている方々が優秀なのはわかっています。でも1週間でそれらの問題を解決し策を提示してくるのは流石に……」
「出来るさ。もう何個か論文上がってるしな」
「……えっ、もうですか?」
「何なら勇人さんの魔力分析の結果とかも上がってる。包み隠さずドストレートに行く戦略を取るらしいぜ」
面白そうに笑いながら言う御剣に対し、日高は頬を引き攣らせながら続けた。
「そ……れは、随分と、お早い対応ですね」
「元々準備してたんだろうよ、これまでの話を覆す為のな」
「何のために?」
「さあ。強いて言うなら、老人達の最後の仕事じゃねーか?」
「はぁ……?」
既に3分は経過しており、新たなモンスターが現れる気配もない。
再現性は得られず──そう結論付けた。
「……うし、引き上げるぞ。これで三級以上の人間がいる状態であれば潜ってもいいって許可が出る筈だ」
「……まさか、最初からそうするために」
「一級に回ってくる案件でただ問題を解決するだけの物はそう多くない。大抵何らかの思惑が絡んでるって事は、覚えておいて損はないぜ」
(──ただ、流石に本命はいきなり出てこねえか)
後ろで神妙な顔をしている日高には伝えてないことがある。
今回の調査目的は大まかに分けて三つ。
一つ、中層に下層のモンスターが出現する再現性はあるか。
二つ、あの現場が特別だった可能性はあるか。
そして本命である三つ目──仮称エリートの痕跡があるか否か。
(居るだろ、確実に。
ダンジョンに潜る直前、交わした会話を脳裏に思い浮かべた。
ー
ーー
ーーー
「はぁ、エリートの痕跡ぃ?」
『ああ。出ては来ないだろうが、留意してくれ』
「出てこないの前提で見てこいってそりゃまた無茶な……」
いつものようにやかましい着信音を奏でたタブレット端末をワンコールで出れば、聞きなれた上司の声。
『こちらとしても無茶振りをしている自覚はあるが、これは一級を対象に共有している』
「あー……つーことはあれっすか。ほぼ確っすか」
『そういう事だ。近い内に動きがあるだろうな』
頭を掻きながら、こりゃ面倒なことになると嘆息したい気持ちをぐっと堪えて耳を傾ける。
『50年破られることのなかった勇人さんの封印。それを解く要因となったのは、これまで現れることのなかったモンスターのイレギュラーによるもの…………』
「怪しさ満点っすねぇ」
『意図的に起こされたと思った方がいい。とは言っても、行動原理のプロファイリングなどはまだ進んでいないから本当に気にかける程度で構わんが』
「そうですね。もし居るとして50年の間勇人さんに接触してない理由がわかんないし、わざわざ勇人さんが解放される原因になるようなミスをするとは思えない……あの人がこっちの戦力になったら、モンスター側も大変だと思うけど」
『だから進んでないんだ。確実に動きはある筈だが、こちらから先手を仕掛けることは叶わん……』
「そういう事なら了解っす。二級には?」
『まだ言うな。もう少し確実性が欲しい。……頼んだぞ』
「おまかせあれ」
ーーー
ーー
ー
「…………面倒なことになりそうだよなぁ……」
50年前の黎明期に関して、師に道長を持つ御剣はかなり正確に理解していた。
地獄と表現することすら生ぬるい環境。
人の命が塵のように吹かれ消えていく戦い。
それらを生き延びた当時の人々と、その後の復興を支えた人物達に対して、彼は敬意を抱いている。
おそらく同世代の人間と比べても、より強い感情を。
(……だが、好都合でもある。また攻めてくるってんなら、俺達が相手になるぜ)
自分達の世代で終わらせる覚悟は出来ていた。
これ以上先人に背負わせるつもりはない。
必ず我々の世代で全てを終わらせるのだと意気込んだ。
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