第56話


「──えっと、じゃあ何? つまり、霞は勇人さんの影響で基本的な身体能力とか伸びまくってて、めちゃくちゃ強くなってるって事?」

「そういうことになるね」

「ん。んんんん~~……」


 こめかみを抑え現実を受け入れようとする柚子ちゃん。


:蘇生可能なだけじゃなく力も伸びるとかズルじゃん

:勇人さんが最初あれだけ言ってた意味がわかったわ……

:そりゃ実験体扱いでもいいって言うよな、やっと理解したよ


 視聴者達も、僕がなぜあれだけ己の危険性を強く出していたのかを理解したらしい。


 僕は人を蘇らせる事が可能で、その対象に好きに命令出来て、それを再現なく増殖することが出来る。しかも不老で自己回復可能だ。こんな危険な存在を普通に受け入れようとするんだから、全力でその危険性は開示させてもらった。


 結局、それら含めて問題ないと言い切られちゃった訳だが……


「……まあ、勇人さんはそんなことする人じゃないし」

「おや、この後手酷く裏切るかもしれないよ?」

「それならそれでしょうがない。私は貴方を信じてるから、その時に節穴だったと嘆くだけ」


:晴?

:なんか晴も……怪しくない?

:世代上位三人の百合トリオが攻略されていく…………

:柚子は最初から攻略済み定期

:百合キラー勇人

:不名誉すぎて草


 晴信ちゃんが真っ直ぐ僕を見ながら言うので好き放題言われている。


 なんだかんだ1週間も一緒に暮らしてれば互いにある程度理解は進むもので、僕らはそれなりに仲を深めた。最初は遠慮がちだったけど、今では普通に晩御飯のおかずを分け合うくらいの事はする。

 残念なことに僕は分け与えてもらったおかずに対し味を感じず嘘を吐いているのだが、それは置いといて。


 霞ちゃんほどでは無いが、晴信ちゃんもまあまあ僕に対して距離が近くなっている。


 いや、常識の範囲内だけどね?

 

 異性としての距離はしっかり取ってるし、一人の人間として適切な距離感。ただ、信用してもらえてるんだろうな、という感覚はする。


:勇人さんがする訳ないは同意する

:て言うかやるとしても回りくどすぎだろ

:なんか晴まで毒されてそう

:百合の間に男を挟むな

:百合側が挟んできてんだよなぁ

:霞は実際どれくらい強くなってんの?


「不知火くん曰く、二級下位とか言ってたかな」

「に、……二級下位ぃ!?」


 柚子ちゃんが絶叫した。


 一級が国レベルの危機に立ち向かう人員だとすれば、二級は国内で起きた異常事態を処理する役割らしい。少なくともその地域における全てのダンジョンを踏破しておいて、一級探索者が応援に来るまで時間を稼げる、もしくは一級の代わりに複数人で事態の解決が出来ると判断されなければ資格が与えられないだとか。


「あはは……でも、まだ私は四級だよ。強くなった実感はあるけど、まだまだ足りてないから」

「…………アンタ、何目指してんの?」

「え? 最低でも一級になるつもりだけど」


 キョトンとした表情で霞ちゃんは言った。


:一級を目指す理由……あっ

:なるほどね(パートナーを見ながら)

:憧れか、愛か

:あんだけ熱い目線で見てんだからそらもうアレよ


「うん。勇人さんに追いつきたいし」


:うわぁ、顔がマジだ……

:罪な男すぎる

:早く幸せになれ

:待て 俺を置いていくな

:うわあああああ!! 霞が寝取られた!!

:お前のもんじゃねえだろ

:BSSだって言ってんだろ


「……霞は、追い付くつもりで居るんだ」

「当然! 私はパートナーだからね!」

「そっか。…………そっかぁ……」


 晴信ちゃんは、噛み締めるように小さな声で呟いた。


 彼女にとって霞ちゃんが大切な友人だったのは知ってる。


 それを霞ちゃんが自覚してないことも、何となく察していた。


 晴信ちゃんにとって霞ちゃんは、かけがえのない友人だったのだろう。勿論霞ちゃんにとってもそうだっただろうけど、それ以上に優先するべきものがあの娘にはあった。

 いなくなった姉の事。

 既にいなくなってしまった誰かに比重を寄せる霞ちゃんにとって、それ以外の事を優先する余裕がなかった。

 強くなってダンジョンに潜る。

 それだけが霞ちゃんの人生だった。

 だから、僕という圧倒的格上の存在が現れて、都合の良いことに彼女の願いに協力することを申し出たのが、ある意味転機となった。

 周りに目を向ける余裕が出来た。

 強さを追いかけながら、他のことを見る事が出来るようになった。


 ──それを、晴信ちゃんは知らない。


 だから、ただ霞ちゃんの目に僕しか写ってないように見えるのだろう。


 言ってあげたいが、それは僕のやるべきことではない。

 

 霞ちゃんの秘密を勝手に喋るわけにもいかない。

 彼女達の青春に僕が入り込む必要はないのだ。

 だから、悔しそうに、寂しそうに歯噛みする晴信ちゃんに対して僕が出来る事は……


「晴信ちゃん」

「ん、なに?」

「……その悔しさがあれば、君は大丈夫さ」


 ゆっくりと、言い聞かせるように言葉を慎重に選んでいく。


 視線の先には、現れたモンスターを相手に縦横無尽に駆け回る霞ちゃんの姿が。僕の目にはハッキリ見えているけど、モノクルを通して映る視聴者にとっては軌跡しか見えてないのではないだろうか。


「確かに霞ちゃんは前を見ていて、いや、前だけを見ていた娘だ」

「……うん」

「変わったように見えるかい?」

「うん。勇人さんに嫉妬するくらいには」


 正直だなぁ。

 

 思わず苦笑しつつ、あの日の事を口にする。


「あの実験の日、僕を見定めに来てただろ。どう思った?」

「信用出来る人だと思ったよ。今もそう思ってる」

「ありがとう。でも、君が僕に劣るということでは無いからね」

「…………」


 彼女の本当の目標を知らない以上、晴信ちゃんがこの答えに納得するのは難しいと思う。


 ただ、拗れたまま話が進むのは避けたかった。


 自分の本音を曝け出さないまま一生後悔し続ける苦しさは知ってるからね。彼女らには、僕のようなミスをして欲しくなかった。


「霞ちゃんはこれまでよりずっと、君ら二人のことを大切に想ってるよ」

「……そうかな」

「うん。きっとそうだ」


 軒並みモンスターを屠ってから、霞ちゃんがこちらへ小走りで戻ってくる。


 彼女は一人で戦うことを選んできた。

 一人で戦って強くなることを選び、事実、その能力を伸ばし19歳という若い年齢にして四級になって見せた。過去の配信を見たけど霞ちゃんは誰かと浮ついた話もなく、流行りの化粧やら何やらにもそこまで興味を強く持たず、最低限情報だけ仕入れてあとは放置というスタイルだった。


 ただひたすらに戦って戦って戦って、ずっと一人で戦ってきた。


 それでも二人と一緒にダンジョンに潜っていたあの日の配信は、すごく楽しんでるように見えた。


 僕にもそんな風に過ごした記憶はある。


 だから余計理解できた。

 霞ちゃんにとって柚子ちゃんと晴信ちゃんとは、僕があの頃共に戦い日々を過ごした彼ら彼女らと同等のものだって。


「心配しなくても君らは霞ちゃんにとっての『特別な存在』だ。僕なんかに嫉妬する必要はないさ」


 そう言いながら晴信ちゃんの目を見る。


 じっと僕を見つける瞳は、あの問答を交わした時とは違って、揺れ動いているように見えた。


:いや解像度たっっっっっか

:もう完全に“理解”してるじゃん

:すまん、俺たちの負けだ いくらでも間に入っても構わない

:誰よりも百合過激派だった?

:また口説いてて草

:落ちたな(晴)

:落ちてない

:これは口説いてるに入らないでしょ


「……さて、それじゃあもう少し奥まで行こうか。霞ちゃんもまだまだ動き足りないだろうしね」

「……うん。ありがとう」

「どういたしましてだ。柚子ちゃんは……そんなに気にしてなさそうだね」

「そりゃあね。別に霞がどう思ってようが、私はあいつに負けないようにするだけだし」


 負けん気の強い娘だ。


 柚子ちゃんに関しては心配することないけど、晴信ちゃんは少しだけ繊細なように見える。


 せめて僕が迷惑をかけることがないよう、立ち回りには気をつけないとね。

 

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