第33話
そんなこんなで迎えにきた職員についてって、そのまま車で移動する事数十分。
昨日は迷宮省本部に行ったけど、今日は検査用の施設に向かうと聞いていたから少しだけワクワクしていた。
だって魔力の測定とかするんだぜ。
そんなの気になるだろ、男の子としてはさ。
僕らの世代で言えばなんか不思議な力を測るのに憧れがあるんだよ。
という訳で、先程の陰鬱な気分を無理矢理吹き飛ばすためにも、霞ちゃんに教えを請いた訳だが……
「え? 全然特別なことしませんよ」
「なん……だと……」
そんな……バカな。
魔力を測る機会に注いだらなんかそれっぽい謎のオーラが出て来たりとかは……
「普通にモニターに表示されるだけですね」
「夢も希望も無い……」
「魔力を何だと思ってるんですか」
魔力を変質させて雷とかに出来るのに検査自体は前時代的と言うか、デジタルとアナログを行ったり来たりしているのは何とも言い難い感覚がする。
なんか、こう……近未来的な感じになっているものかと。
しかし冷静に考えてみれば、50年でなんとか復興した姿が今の日本であり、技術革新からの高度成長期を迎えるのは中々厳しいものであったなと思う。こうして車の窓から外を見ても、どことなく見覚えのある都市部が見えるだけで、空を飛ぶ車は居ないし飛行船は空を飛んでいない。
あくまで50年前の姿を取り戻したに過ぎず、これからが勝負なんだ。
「……僕が役に立てればいいけれど」
50年積み上げた戦闘技術の累積には追い付く事は出来たが、教養やら知見やらは一朝一夕とはいかない。こればっかりは毎日コツコツ蓄えていかないとなぁ……
「なんかちょうどいい参考書とか持ってる?」
「あ、それなら養成校で使った教科書とかがありますよ」
「あー、それは是非ともお借りしたい」
「私でわかる範囲なら教えますし、遠慮なく言って下さいね」
年下──それも50歳くらい年下の女の子に頼りきりなのはどう考えても情けない話だが、背に腹は代えられない。というより、無い袖は振れないのだ。
迷宮省の方々と有馬くんら一級探索者の温情で『特別探索許可証』とやらを貰えるわけだが、それは何もそのまま好きに生きていていいよという話ではないと僕は解釈している。仮住居の用意、戸籍情報の整理、それは国側でしてやるから現代で生きる準備を一年で整えろよ、という事。
それくらいは当然やるつもりだし、寧ろ全部施しあげるよと言われてもお断りだ。
現代の負担になるつもりはない。
ダンジョンの情報も僕が把握しているものと、50年で調べて確かめられたことは大きく差がある筈。
これを学んでからじゃないと、ダンジョンに潜る気は無いかなぁ。
……ていうか、有馬くんや迷宮省のお偉いさんを安心させるためにそうした方がいい。
ただでさえ僕を繋ぎ止めるものがないという理由で霞ちゃんと同じ部屋に突っ込んで、あわよくば深く結ばれればと思ってしまうくらい僕は信用されていないのだ。いや、信用はされてる。ただそれはそれとして『勝手に消えそう』だと思われてるんだ。
そうじゃないんだと、現代に地に足付ける気があると安心させないとね。
「問題はお金の稼ぎ方か……」
やっぱり暫くはアルバイトかな。
今の世でもアルバイトってあるのか……?
朝街を見下ろして観察した感じ、学生は結構多かった。
人口のピラミッドは綺麗に△になってるんだと思う。一番上が一番少ないのは当たり前なので、恐らくそれで間違いない。
少子化が問題視されてた事を考えればいい変化なんだろうけど、そうなるまでにどれだけの命が失われたのか……当事者としては何とも言えない気持ちになる。
「……お金?」
「うん、お金。まだ今の時代ってアルバイトがあるのかなぁって」
「アルバイト!!?」
うおっ、びっくりした。
運転手さんも一瞬肩をビクッとさせてたので、あまり大きな声は出しちゃダメだと口元に指を当てて伝えておく。
「あ、ご、ごめんなさい……じゃなくて、なんでバイトするつもりなんですか?」
「え、だって今の僕って無一文な上に定職もないし社会的地位は辛うじて確保されたけど本籍すら何処にもない正体不明の人間だろ。収入がないのは仕方ないけど、せめて働かないと」
「働かなくていいです」
「えぇ……」
「私が養います」
「ごめん、それだけは勘弁して」
霞ちゃんは一体僕の事を何だと思っているのだろうか。
「あのねぇ、僕は70歳超えてる爺さんで、君はまだ20歳前後の若者。優先するべきはこれから社会を支える役割を担う若者であって、働ける元気を持つ爺さんを養うなんて事は考えなくていいんだ。ていうか僕が納得できない」
「だ、ダンジョンに行きましょう! 勇人さんは強いですから、すぐにでも稼げるように……」
「そうしたいのは山々なんだけどね。忘れてるかもしれないけど、僕は現代のダンジョン知識を何一つ持ってないんだ」
「……あっ」
「勉強しながら働いて日銭を稼ぎつつ、ダンジョンの知識を蓄える。僕の理想はこれさ」
わかってもらえただろうか。
そりゃあ僕だって本音を言えば今すぐにでもダンジョンに向かいたいし、モンスターを殺して回りたい。そうする事で利益まで出ると言うのだから一石二鳥だ。
でも物事には順序がある。
現代に戻ってきてただ生きているだけ、というのはちょっとね。
「でも…………」
しかし、そんなどうしようもない事情を説明してもなお霞ちゃんは僕に働いて欲しくないらしい。
彼女がそう思う理由は一体なんなんだろうか。
別に僕が働いていても霞ちゃんとの関係は変わらない訳だし、逆に霞ちゃんが僕を養ったところで『20歳前後の女の子に養われる70歳超えの爺さん』というレッテルが貼られるだけである。
「多分僕を養う形の方が悪くなると思うんだけど……」
「う……それは、そうなんですが……」
「それともなんだ。霞ちゃんは僕と一緒に暮らしたいのかな」
「そっ……!!」
はは、真っ赤っか。
でもなぁ、僕を相手に顔を赤くしてたらしょうがないぜ。
僕は彼女のパートナーだけど、異性としての関係を築くことは出来ない。
まあ僕を相手に男慣れしてくれればいいかな。
世の中にはね、男に慣れてない事を利用して好き勝手しようとしてくる悪い男が多いんだ。そういうのに引っ掛かる前に僕みたいな奴で耐性を付けられればいいね。
「そう思ってくれるのは嬉しいし、僕も君と暮らせたら楽しいだろうなとは思う。でもずっと一緒に居たらどう思われる? 僕はともかく、霞ちゃんに対する風評被害が増えてしまうのは間違いない」
好き好んで離れたいと言ってる訳じゃなく、これが必要な事なんだ。
僕らは一蓮托生のパートナーだけど、社会が僕らの事を認めてくれたんだ。
無理な生き方をする理由が無くなったと言うべきか。
適切な距離で生きていけるんだから、そうした方がいいだろう?
「そう……ですね……」
しかしなんだか納得いってない様子だ。
僕と暮らしたいと思う理由が思い浮かばないんだけど、なんだろうか。もしかして生命力を与えたのが何かしらの影響を及ぼしてるのか?
あり得なくはない。
有馬くんに報告しなくちゃいけないね。
「ま、今すぐにどうこうするって話じゃないさ。検査を終えて、それから相談しようと思ってた。アルバイトはそれくらいしか思いつかなかったから挙げただけで、ホラ。霞ちゃんのダンジョン探索についてくって名目なら学びながらでも大丈夫だから……」
ここで甘やかすの、良くないんだろうなぁ。
僕が霞ちゃんに彼女を重ねかけたように、霞ちゃんもまた、僕に誰かを重ねているのかもしれない。
自意識過剰なだけで済めばいいんだけど、幼い頃に姉が亡くなった事をモチベーションにダンジョンに潜れる娘だ。一人でなんでもやってきたからこそ、誰かの手に飢えている可能性もある。
そんな子は沢山見て来た。
家族が居なくなって一人になった少年が大人に叱られながら必死に働いている姿も。母親と二人きりになり、幼いながら内職を手伝い役に立とうとしてる少女も。それもどちらかと言えばマシな方で、口にしたくもない惨状があった。
そうやって頑張ってる子が「頭を撫でて欲しい」とか、「抱き締めて欲しい」とか、そんな簡単なお願いすら言えない現実。
だからまあ、うん、非常に甘い事だけど。
僕がここで一言飲み込むだけで霞ちゃんが嬉しく思うなら、そうしてあげたいよね。
「……! わかりました!」
しかし、霞ちゃんは良い事を聞いたと言わんばかりの笑顔を浮かべながらそう言った。
何か余計な事を言ってしまったような気がする。
昨日は一緒の部屋にいるだけで緊張してた筈なのに、どうして急にこんな距離が近くなったんだ……?
これも乙女心ってヤツ?
だとしたら理解しきるのは難しい。
有馬くんにひっそりと相談しておこう。息子もいるらしいし、僕よりよっぽど理解している筈だ。
バックミラー越しにチラリと映った運転手の、なんとも言えない視線が妙に気になった。
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