第65話
「ふーむ……」
タブレット端末に流れる映像を確認したけれど、画面越しに空気感を悟れるほど僕の勘は優秀ではなかった。
何度か場面を戻して見てみるものの、特に違和感はない。
慎重に後退る彼女たちを心配するコメント同様、大丈夫かなという感想しか出てこない。
「……如何ですか?」
「申し訳ないけれど、これだけだとどうにもね」
「流石の勇人さんでもわかりませんか」
苦笑しながら鬼月くんは言った。
僕らが住んでいる晴信ちゃんの家に来てくれたのに役立たずなのは申し訳ないけどね、無理難題を解き明かせる程ではないのだ。そんな事が出来るのなら一人でせっせとダンジョンに潜って世界平和を成し遂げている。
「で、本題は? わざわざ動画を見せる為に来た訳じゃないだろ」
彼は関東を統括する一級探索者で、迷宮省との関係も深い。
御剣くんや桜庭女史を顎で動かす立場なのだ、そんな人物が世間話をするために時間を使う訳がない。
「ええ。こちらを確認して頂きたい」
そう言いながら手渡されたタブレットに目を通す。
電話やメールはダメって事は、極秘に進めたい何かだと思うんだけど……
──【関東第五ダンジョン探索依頼】と記されている。
「……これは?」
「迷宮省から我々探索者へと発行される依頼……わかりやすく言えば、『クエスト』とでも表現しましょうか」
「クエスト」
まるでゲームみたいだ。
でもそう感じるのは僕らダンジョン発生前を知るものだけか?
常識は時代によって変化している以上、この感覚が正しいとは限らない。
僕のそんな何とも言えない考えを他所に、鬼月くんは至って真面目な表情で続ける。
「探索者は正社員のような扱いでありながら、個人事業主のような立場です。収入はダンジョンに潜って得られた成果によって変化する出来高制ですし、どうしても食いっぱぐれる層が出てくる」
「だから国が手を差し伸べている、と。そういう事かな」
「名目上は違いますがね。あくまで迷宮省が優先して片付けるべきだと判断した案件を探索者に依頼し、受け入れられやすいように名称を【クエスト】と設定した。そういった経緯がございます」
つまり、彼らは質の担保もさることながら量の確保も怠っていないらしい。
情だけではない。
これは非常に合理的な判断の果てに生まれた施策だ。
トラウマを抱き戦えなくなった者や怪我で復帰できない者とは違い、戦う能力を有しているのに実力が向上しないからという理由で諦めるのを『勿体無い』と思ったのだろう。
半世紀前の惨状を見ればそう思うのは必然と言える。
僕や不知火くんのように、一人で敵を殺し切れる人間がいるだけでは世界は救えない。
人々は苦しみ生贄は生まれ国が崩壊し混沌に包まれる。
ただ同じことの繰り返しをしないためにも、対抗手段を何個も何個も備えた彼らに脱帽するよ。
「それで、関東第五ダンジョンはこないだ僕らがリハビリとして潜った場所。そしてこの動画で見たように、晴信ちゃんと柚子ちゃんが何かを感じ取って退却を選んだ場所だ。僕はどちらの意味でここに潜ればいい?」
どちらの意味で──仕事がなくてお金もない貧乏人として受けるべきか、特別探索者としての身分を持つ人間として調査してくるべきか──わかりきった質問を冗談混じりに尋ねると、彼も意図を察したのかまたもや苦笑しながら続けた。
「無論、特別探索者の勇人として調査をしていただきたい」
その言葉に頷きながら依頼の内容に目を通す。
【関東第五ダンジョン調査依頼】
第五ダンジョン最下層にて不穏な気配を確認。一級以上の実力者を派遣するのが望ましく、此度は勇人特別探索者と御剣一級探索者の両名に依頼を持ちかけている。第五ダンジョンは階級の低い新人や成長過程の人材を育てるのに利用されている大事な地点であるため、念入りな調査を求む。
目標
最下層の調査、問題があった場合は脅威の排除
報酬
1000万
※内容次第で追加報酬あり
「おいおい……一人動かすために1000万も使って良いの?」
「構いません。1000万で不安を解消出来るのなら、金が許す限り誰でも取り得る選択肢だ」
「これをダシに癒着だのどーのと言われたら反論できる気がしないんだけど」
「握り潰しますから心配ご不要です」
サラッととんでもないことを言ったな。
国家権力による暴力は半世紀前より充実しているみたいだ。
そうでもしなければ乗り切れない時代であるのだから、仕方ないけれどね。職業選択の自由が許されてる時点で今この世の中は非常に満たされていると言っても過言じゃない。
それらを維持するために舵取りを間違えないように尽力しているのだ。
文句のつけようがないね。
「……うん、受けさせてもらう。いつ行けばいい?」
「今日の午後22時に関東第五ダンジョンにて現地集合となっています」
随分急だ。
理由はなんだ?
一級探索者に回される案件はいつもこんな塩梅なのか? 秘密裏に行われてる話なのだから人目のつきにくい夜を選ぶのは理解出来るけど、何も今日、すぐじゃなくたって────あ、いや、違うな。
今日じゃなくちゃダメなのか。
急がないとダメだと迷宮省は判断したんだ。
つまり、僕と御剣くん出なければ確実な解決が見込めないと、あの映像と二人の事情聴取で判断した。僕か御剣くんが出張らないと解決が不可能な事態がダンジョンで起こると推測したのならば……
「……一つ聞いて良いかな」
「……なんでしょうか」
「仮想敵は何だと思う?」
半ば確信を抱いて、僕は口にした。
だってなあ。
いくら僕が戦うこと以外出来ない木偶の棒とは言え、それくらいのことを考えれる程度には鍛えられている。
相手は悪意を持って侵略してきていたのだ。
ならばその悪意を理解して戦いに挑まねば、足を掬われると思った。
だから仲間に頼んで思考力を鍛えてもらったし、人格形成の一助を担ってもらった。
わかるんだ。
鬼月くんは苦虫を噛み潰したような表情でこちらを見ている。
君らは僕をいやに過大評価しているし、過保護に捉えていた。
それでも僕が出なければならないと判断したのは正しい。
だって、僕が一番連中に詳しいからね。
どれだけ言い繕ってもこの事実は変わらない。
ダンジョンと呼称を定められるより前の穴の底に潜り人語を解するモンスターと殺し合いを誰よりも重ねたのは、僕だ。
「…………本当に、聡い方だ」
「たまたま僕がわかる内容だったに過ぎないさ。戦う事しか出来ない僕に戦う依頼をしてるんだから、そりゃあ悟れるよ」
「……言い訳はしません。我々は貴方が救ってくれた恩を返すこともなく、また貴方に戦うことを要求しているんだ。しかし──」
「あ、ストップストップ」
悔やむように言葉を並べようとした鬼月くんを止める。
そう言ってくれるのは嬉しいけれどね、結局誰がなんと言おうと、今の僕は戦うことでしか社会に貢献出来ないのだ。
これから時を重ねて現代に適応し手に職つけた後ならともかく、今は違う。
「これは僕の仕事だ。今はまだ、戦うことしか出来ない僕が生きていくために必要な事。国に貢献したい、社会に貢献したい、人に貢献したい──僕が生きていても良いんだと実感を得るために、僕は戦っている」
「……………………」
「いずれ僕が必要なくなる時代が来るだろう。でもそれは今じゃない。そうだろ?」
「…………ええ」
「ならその言葉は、その時が来た後に言ってもらおうかな」
現代に適合するつもりはある。
霞ちゃんとのデートで散々理解したからね。
まだまだ僕が馴染むには時間が必要なんだって。
だから時間をかけてゆっくりと現代を識っていく、これは間違いない目標だ。
じゃあ、戦わなくても良いかって言われれば、そんな訳がないと否定する。
僕は戦う事でしか貢献出来ないのだ。
だから戦う、誰に止められても、モンスターがこの世界に侵略を企てる限り。
いや、この世界にモンスターという人類を害する存在がいる限り、戦うことをやめるつもりはない。そう誓ったのだ、五十年以上前のあの日に、星空と月明かりだけが照らす瓦礫の街で。
「任せておいてくれよ。まだ暫くの間、役立たずでいるつもりはないぜ」
エリートは、僕が殺す。
もしもこの世界にまだ居るのならば、この世界から消し去ってやる。
そのために戦い続けてきた、そのために人格を保ち続けた、そのために人類であり続けたのだから。
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