第29話


 修練場にて激闘が繰り広げられた後、渦中の人物が宿泊先へと向かってから、改めて一級探索者達はモニター室へと集合していた。


 そこには先程まで居なかった藤原副大臣や他複数人の迷宮省職員も集まっており、そして皆共通していたのは、画面に流れる録画映像を見て顔を顰めていた事。


「──……これ、現実よね。私の頭がおかしくなった訳じゃないのよね?」

「あー、残念だが現実だ。俺も自分の頭を疑ってるが、どうにも夢じゃなさそうだからな」

「あら、頼光おじいちゃんの言った通りじゃない。『化け物』、天才とは言い表せないほどの」

「そうね、化け物ね。好ましくない言い方だけど、それが一番しっくりくるわ」


 溜息を吐きながら、宝剣は続けた。


「『五感の強化くらいはするでしょ』って、サラッと言う事じゃないっての! あれ本当に難しいんだからね!?」

「わかっている。現にお前を除いて誰もやろうとしないのがいい証拠だ」

「出来んことはないが、戦闘と並行する事を考慮すれば難易度が高すぎる。現実的ではない高等技術だ」

「曲芸よねぇ」

「……生き残ることが出来た理由。その全てとまでは言わんが、理由が垣間見えた戦いだった。不知火、対面したお前の意見が聞きたい」


 一同の視線が不知火へと向けられる。


 若干退屈そうな表情でモニターを見つめる姿からは『今不機嫌だ』と言いたげな空気が漂っており、しかし、問われた事に対して口を開く。


勇人さん・・・・が生き残れたのには色んな要因があるだろうが……まず指摘している通り、五感の強化や魔力変質が出来る絶対的な魔力操作によるものが大きい。防御を固めればモンスターの攻撃を食らっても死なない、それだけで生き残る確率は跳ね上がる」

「今回雨宮四級が死に掛けたのもモンスターの攻撃によるものだから、当然と言えば当然ね」

「俺の雷はただ魔力を変質させた見掛け倒しのものじゃない。浅い階層に出てくる程度のモンスターならば身は弾けるし頭蓋を吹き飛ばす火力がある。それを浴びてなお多少の傷しかつかなかった時点で、防御力に関しては鬼月並だろう」

「魔力総量と出力は攻防に直接関与する。あれほどの魔力総量を誇るならば納得がいくな」

「何より、重たかった。一撃の重さが尋常ではなかった。俺が全力で殴りかかっても尚揺れ動かぬ重さ、あれが人体だとは到底思えん」


 そう呟く不知火の表情は退屈そうなまま変わらない。


「もう少し時間をかければもう一段階上の領域を引き出せそうだったが……」


 責めるような口調で言われた本人、有馬頼光はそれに対して苦笑しながら答えた。


「そう言うな。あれ以上続ければここ自体が危なかったのだ」

「俺の試験をやった時はなんともなかっただろう」

「お前の全力と勇人さんがぶつかり合う被害は想定していないのう」

「……ふん、まあ、仕方ない。今度やり合う時はダンジョンの中だな」

「お前ね……」


 闘志を漲らせる不知火に呆れつつ、前田は話を元に戻そうとして、それとは別の事を思い出す。


「そういやさ、普通に流してたけど……あの人回復してたよな?」

「…………してたわね」

「していたな」

「火傷とかも治療してたわねぇ」

「……リッチとしての力じゃなく、純粋な魔力操作って言ってたよな?」

「……言ってたわね」

「言ってたな」

「理論上私達にも出来るって言ってたわねぇ」

「……いや無理だろ! 魔力で肉体を修復ってどうすんだよ!」

「魔力変質の応用でやればいいらしいぞ。宝剣、ちょっとやってみろ」

「なんで私なの!? 不知火にやらせればいいじゃない!」

「俺にはまだ・・無理だ。もう少し時間がいる」

「……出来ないとは言わないんだな」

「出来ないと言うのか? たった一度の戦闘で40年に追い付いてみせた、いや、そこよりも先に歩いて行った人間に期待されて、出来ないと言ってしまうのか?」


 不知火には現代最強だという自負がある。


 それは客観的な視点から見た事実であるし、主観的経験に基づいた認識だ。そしてそれを咎める者はどこにもおらず、自他共に認める最強として彼はこれまで生きて来た。


 しかしかつての歩みを否定したことはない。

 自分が歩いて来た道は誰かが作って来たものだ。

 その道を作るのに数え切れないほどの命が失われ、拭いきれないほどの血が流れ、抱えきれないほどの絶望が溢れた事を知っている。ゆえに、先達である有馬頼光や鬼月善宜に対して尊敬の念を持ち合わせている。


 そして、その尊敬は勇人にも向けられるものであり。


「あの人は俺達に期待した。いや、おそらく正確にはそれも違うが……人に・・期待しているんだ。自分よりももっと強くなると、人類の可能性はまだまだこれからだ、と。呆れるほどの人間賛歌を抱えている人に、出来ません等と口が裂けても言えるか?」


 否。


 言えるわけがないと歯を食いしばった。


 40年、人類が歩んだその長い月日に勇人は一瞬で追い付いた。40年の歴史の中で不知火しか辿り着いてない場所に足を踏み入れ肩を並べた挙句、未だ確立されていない技術を単独で習得し披露して見せた。


 そんな天性の怪物が、君達にだってすぐ使えるようになると言った。


 ならば使えるようになるしかない。

 現代最強であるという自負の前に、一人の人間として不知火は誓った。


 必ず追い付いてみせると、そして突き放して見せると。


「……お前、いつの間にそこまで考えていたんだ」

「逆に俺の事を何だと思ってるんだ……」

「戦いにしか興味のない狂人」

「…………単に戦いが一番上にあるだけで、社会規範も常識も人並みにあるぞ」


 ちょっと頷きかけたな、宝剣はそう思った。


「……でも、その通りね。期待されてるのに、応えない訳にはいかないか」


 彼女もまた、期待されて来た一人だ。


 養成校にいる頃から歴代で最高峰の魔力操作精度を誇り、並列した作業でも同期だった不知火を超える程。


 単純な実力では不知火に軍配が上がるが、出来る事は宝剣の方が多い。

 故に若くして地方を任されているし、前任者のサポートがあるとはいえ、将来を期待されている度合いとしては大差ない。


「不知火」

「なんだ?」

「絶~~~っ対、先に回復習得してやる。まだまだ一番は譲らないから」

「……吠えたな。負けたら飯を奢れよ。予算は10万だ」

「はっ、あんたこそ負けたら奢りに来てもらうわよ!」


 笑い合う二人。

 そこには負の感情などはなく、必ず強くなってやるという思いだけがあった。


 ──しかし。


 不知火は気が付いていた。


 恐らくあの戦い、手を抜かれていたのはこっちだと。


(俺を殺すだけならば、もっと手際よく処理されていただろうな)


 速度で張り合う必要など何処にもなく、効率的に削れたはずだ。


(そうしなかったのは、これが模擬戦である事に加え、己の強さを証明するためだった。あえて現代最強の全力に正面からぶつかってきた意味はそれしかない)


 もしこれが殺し合いだったのならば、自分は容易く殺されていたな。


 そこまで考えて、思考を振り払う。


「なあ、頼光公。これで良かったんだろう?」

「────……さて、何のことだ?」

「言わんでいい。だが、俺は確かに示したぞ──現代を」


 大半の人が疑問符を浮かべる中、突然言葉を放り投げられた有馬は、心の底から驚いていた。


 誰かに気取られているとは思っていなかったのだ。


 密かに伝えたかった事。

 貴方達が命を賭して守った世界は、こうも逞しく、強くなったのだと。

 かつてのように絶望に膝を折るのではなく、誰も彼もが絶望に立ち向かう勇気を持てるようになったのだと、胸を張って言いたかった。


 それを見抜かれていたことを恥じるように、それでいて、見抜いて来た不知火を褒めるように、色んな感情を込めて悪態を吐いた。


「……まったく、可愛げのないガキめ」

「ふん、精々老体を引退させられるように尽力するさ」

「バカ者、生涯現役だわ」


 笑い飛ばしながら、内心、これが自分の功績だとは微塵も思っていなかった。


 生き残った人々が頑張った結果が今だ。

 だから有馬一人で成せたことなど大したことはなく、決して自分が世界を変えた等とは思ってない。


 それでも。


 それでも今に繋がる世界を見続けて来た有馬にとって、誇らしく思えた。


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