第136話

 五十年前戦った自称リッチの使った技はそう多くはない。


 スケルトンやゾンビを生み出す死霊召喚。

 ダンジョンを操作する能力。

 魔力の魂を撃つ能力……は関係ないか。


 こんな感じで、あいつは手札の全てを見せたとも思えない。

 何を見せられても全部叩き潰す自信はあるけど、もっと色々観察しておけばよかった。まさか後世になってリッチの能力がわからないと嘆くことになるとは。


「ん〜〜〜……!!」


 紫雨くんが目を閉じで力んでいる。


 今、とある能力を確かめて貰っている。

 彼女の把握している力は確認を終え、僕はその中の半分も使用出来ないと言うことがわかった。まさに出来損ないのリッチである。ダンジョンの操作も死霊召喚も余裕で出来る紫雨くんに打ちのめされつつ、唯一僕が知っている能力を使えるかどうか尋ねたところだ。


 僕が知っているリッチの能力──呪いだ。


 僕を堕としたこの力が再現可能なのか。

 そしてこの力は誰にでも撃てるのか。

 魔力を注入するだけで下僕にすることは可能だけど、それは他者をリッチにする技ではない。霞ちゃんはリッチにならず、香織もまた、リッチという種族にはなりえなかった。


 つまりやり方がある筈だ。


 他者を強引に『リッチ』にする、呪いを放つ力が。


「…………無理ですね。放てる感覚がありません」

「そっかぁ……」


 が、残念ながら紫雨くんでは使用出来なかった。


 もちろん僕も無理だ。

 他人をリッチに塗り替える呪いの撃ち方なんてわかるわけもないので感覚的にやれないかと聞いてみたんだが、外れた。


 使えたからどうだって話じゃないけどね。


 最悪、そう、最悪の事態に備えることが出来る。


 例えば戦力比があまりにも絶望的だった時。

 どうすることもできず国土が削られるような事態になった時、戦力を補強するための手段として考えられなくもない。無料で僕らリッチを量産してモンスターに対抗できるなら、それが最適解だ。

 ダンジョンを操作する能力だって便利だ。

 これがあればこの世界からダンジョンの脅威はすぐに消え失せるだろう。

 今後の火種を残さないのならダンジョンそのものを消し去ってやりたいが、多分それは経済的な問題で難しい。コントロールできるように一国一人はリッチが増える、そんな未来もありえたかもしれない。


 だがそうはならなかった。

 だからこれはここまでの話だ。


「ま、無闇にモンスター混じりの人間を増やさずに済んだことを喜ぼうか」


 気を抜けば殺人衝動が込み上げてくる体質とか危険人物以外の何者でもない。


 そんなものはない方がいいのだから。


「僕から確認したかったのはこれくらいだけど、他にまだあるかい?」

『事前に紫雨殿から齎された確認項目は終了したので、こちらからは特に』


 結論から言えば、僕はリッチとしての能力を半分も使えていなかった。


 リッチの能力は支配下に置いたスケルトンや眷属を強化することに重きを置いており、そもそもスケルトンやゾンビを生み出せず眷属とやらも簡単に増やせない僕が活用できるモノではなかった。

 純粋な戦闘能力も低い。

 贅沢を言うならもっと戦闘に活かせる種族が良かったけど……


「それ以上強くなってどうするんですか」

「はは、いやあ、まだまだ物足りないよ」


 世界一つ丸ごと救えるくらい強ければよかったのになぁ。


 敵は殺せても仲間を救えないんじゃ話にならない。


 リッチとしての能力もこれ以上磨くわけにいかないし、地道に技術を磨いていくしかないね。


『勇人さん、よろしいですか?』

「なんだい?」


 そんなことを考えていると、忠光くんの声が部屋の中に響く。


『ちょうど今、スケルトンが到着しました』

「おっ。中に入れていい?」

『構いません。雨宮四級、扉を開けてやれ。そう、鍵はこれだ』


 やることがなくなってきたタイミングで最後の確認項目がやってきた。


 紫雨くん曰く、僕の『眷属』と呼べる存在は三人。


 一人は香織。

 紫雨くんの手で復活し、彼女と繋がっていたパスを僕が強引に塗り替えた結果僕が支配権を握っている。この支配権とやらを利用して何をするかはまだ決めかねているが、色々面白いことができそうだなと思った。


 もう一人は霞ちゃん。

 彼女に対する支配権は弱く、ちょっとした命令権がある程度で大したことはない。だがモンスターと人間がちょうど混ざり合っている共通点があり、そのうち僕を超えるくらい強くなってもらおうと期待している。


 そして最後の一人──『人』と表現するのが正しいかはこれからわかること──こそが、この真っ黒スケルトンだ。


 扉が開き、スケルトンが真っ直ぐに僕の元へと歩んでくる。

 後ろには香織と霞ちゃんが続き、その時点で扉は閉められた。

 忠光くんと他数人の職人はモニターから僕らのデータを観察しているんだろう。この部屋の中には緊急時に備えて魔力を吸収するシステムも備わっている。


 万が一僕が暴走した時、強引に抑えつけるためには必要な措置だ。


「はは、ずいぶんちゃんと着こなしてるなぁ」

「勇人さんよりおしゃれさんじゃん」

「か、霞。失礼でしょ」

「いやいや、事実さ。僕はいまだにファッションセンスが壊滅的だからね」


 僕と香織の用意した服の中から良さげな服を見繕っているスケルトンの服装は、とても僕が命令したとは思えないくらいまとまっていた。


「中性的なファッションだ。これが今の流行りか?」

「おいおいおばあちゃん。ジーパンTシャツにジャケット羽織ってるだけなのに流行はないだろう」

「誰がおばあちゃんだジジイ」


 香織の本気の睨みから目を逸らした。


 実はこの場で正真正銘本当の年寄りは僕だけ。

 香織はつい最近復活したらしいから感覚的には二十代後半だし、紫雨くんも何十年も活動していたわけではないので前に同じ。

 霞ちゃんは言わずもがな。


「ん゛ん゛っ! 僕と同じ年齢を共有してくれるのは君だけだ、スケルトン……」

「勇人さんの老人アピールは構うだけ無駄だから無視しましょう」

「霞、あんたさっきから言い過ぎ」

「いやいや、それくらいで構わん。老人だと口では言うくせに軟派な若者のような言動を繰り返す男にはちょうどいい薬になるさ」

「あ、やっぱりしてきました? 勇人さん距離感バグっててすごく困るんですよね。一緒の部屋で過ごしてた時もそんな感じで」

「……勇人? お前、こんな若い娘に手を出したのか? おいこら、答えろ」


 味方が誰もいないね?

 物言わぬスケルトンはカタカタ震えている。

 これは多分僕の味方をしてくれているのだろう、そうでなければ悲しいのでそう思うことにした。


「さて! 本題に入ろうじゃないか」

「あ、逃げた」

「…………後でしっかり・・・・説明してもらうからな」

「スケルトンくんを強化出来るかどうか。それが今回の主題だったね」

「そ、そうですね……」


 やや引いた顔の紫雨くんが肯定した。


「ええと、強化をする方法は至って単純で、魔力を注ぐことです」

「本当に単純だね。デメリットは?」

「霞や土御門さんに行う場合はデメリットは考慮しなければなりませんが、今回は気にしなくても良いかと」

「意識がそもそもないから塗りつぶしちゃうようなこともないってことか」

「はい」


 そう言いながら紫雨くんは呼び出した別のスケルトンに魔力を注ぐ。


 持っていた剣が僅かに装飾され、盾も変化した。

 骨身を晒していた身体には鎧が形成されていき、ただのスケルトンではなく、言うなればスケルトンソルジャーとでも呼べるような姿になった。


「意識を持つ眷属ではなく、ただの死霊相手ならばこれでよろしいかと」

「現状何もないわけだし、何か起きようがマイナスになることはないか」

「おそらくは。念のため装置の準備はしておいた方がいいと思います」

『わかった。こちらの判断で使わせてもらう』

「頼むよ」


 隣に立ったスケルトンの手を握る。


 魔力の受け渡しか。

 霞ちゃん曰くえっちな行為らしいが、ぶっちゃけその認識はない。だが肉体の一部分であるという現代の認知上、これは確かにいやらしい行為と言われても否定できない。

 体液の受け渡しをしているようなものだ。


 そりゃあえっちな行為と言えるだろうさ。


 では骨にそんな行為をしている僕は一体なんなんだろうか。


 いや、人と人じゃないからえっちな行為判定はされないのか?


 まだまだ現代の価値観には適応しきれていないなぁ……。


 スケルトンの手を伝って、心臓のあるべき場所、そして脳のあるべき場所へと魔力が注がれていく。


 君が元々なんの生物だったのかはわからない。

 骨の形だって男性か女性かわからないと言われたのだ。

 何が生まれても不思議じゃない。


 ……ただ、願うならば。

 僕は君を害したくない。

 あの孤独な日々を、暗闇の中で絶望に浸り続けた五十年を共に過ごしたのは、君しかいないんだ。


 君は僕に何も思うことがなくても、僕は君を大切に思っている。


 ただのスケルトンじゃあない。

 あの時確かに僕を励まし照らしてくれたのは、どこからか現れた君だけなんだ。どうか敵にならないでくれ。どうか僕の仲間になってくれ。どうか、君自身を取り戻して、そして共に戦ってくれ。


 そんな願いを魔力に込めた。


 ──変化はすぐに起きた。


 骨だけで支えられブカブカだった服が少しずつ膨らんでいく。


 それは心臓部、つまり胸を中心に身体全体へと広がっていった。


 胸部が女性らしい膨らみを得る頃には僕が握っていた手も綺麗な指先が現れて、見えない部分も人間の肉体が構築されていく。


 驚きそのまま動けないでいると、徐々に彼女の顔・・・・が形成されていく。


「なっ……!?」


 声を上げたのは香織だった。


 僕も同じ感想を抱いた。


 声を上げることが出来ないくらい驚いていた。


 なぜ。

 どうして。

 いったい何が起きている?


 混乱した思考の中で、たった一つだけ確かなことがあった。


 それは────スケルトンが纏った肉体は、僕と香織にとって、とても縁深いものであること。


「…………澪……」


 そこに居たのは、五十年前僕らと共に旅をして、僕が最期を看取った女性。


 遠藤澪だった。

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