第118話
かつて、デュラハンは名もなき死者として生まれ落ちた。
生前の記憶はない。
意識を得るまでに半世紀費やし、位階を上げるのに一世紀費やした。物言わぬ死体から立派な鎧を身に付けたデュラハンに至るまでの道のりは長く苦しい道のりで、彼の年齢は既に千を超えている。
従えた下僕は数え切れない。
生きていた人間も、死んだ人間も、強き獣も、軒並み下僕として支配した。
戦う事が好きだった。
己の武を磨き、強い敵を倒し支配する。
弱者が相手でもそれはそれで好ましい。
黒騎士と呼ばれたデュラハンは、敵対する相手を屈服させ支配する事に生を費やした。
高名な剣豪。
山脈の王者。
教団の神官。
果ては亡国の姫まで、気の向くままに、やりたいように生きて来た。
そんな中で、一つ、たった一つだけやり残したことがあった。
だから来た。
「うおおおおおっ!!!」
渾身の力で大剣を振るう。
デュラハンは人類では無いが、人類の技術は習得している。
人類が積み上げた技術体系を手にした怪物は剣豪も騎士すらも技術で捻じ伏せ、それに加えて人外の膂力を組み合わせれば大抵の人類は地に伏した。
太古より魔力を持っていた、異世界の人間ですらそうだったのだ。
それなのに──目の前の男は、つい半世紀前に魔力を得ていただけの男は、己と打ち合っている。
万全のデュラハンと。
黒騎士と恐れられた怪物と。
いくつもの城を落とし、国を滅ぼし、
──バゴッッッッ!!
大剣と勇人の剣がぶつかり合えば、その度に衝撃波がダンジョンを荒らしていく。
本来傷を与えられない耐久を誇る天井が崩れ、地面が抉れ、壁が砕ける。
普通の人間であれば耐えられる筈もない暴風の中でも、勇人は全く動じない。瞬き一つ行わないまま片手で剣戟を交わし続けている。
冷たく感情を宿さない瞳。
それでいて時間が経つほど剣技は研ぎ澄まされていく。
これまで相対した中で、比肩する者のいない程の強者だった。
(────ああ……やはり、こちらを選んで正解だった……)
黒騎士にはやり残したことがあった。
『勇者』と戦う事。
それに準ずる圧倒的強者と剣を交えること。
そしてそんな強き者を屈服させることを夢見て世界を渡った。
勇者。
この名は異世界にて特別な意味を持つ。
この世界における勇者とは、勇気を持ち戦いに挑んだ者達の事を指す。勇人が勇者を名乗っているのはあくまで過去のしがらみと己を卑下する心からで、決して自分の事を勇者だと誇らしく思っている訳ではない。
そんなことはデュラハンにとってはどうでもいい。
重要なのは、強い事。
そして人類である事。
モンスターである自分達を不倶戴天の存在だと、殺しに来る事。
(これでようやく、貴様と堂々とやり合えるぞ! 勇者!)
デュラハンはかつて勇者を名乗る人間と戦った事があった。
人類の生息圏が収縮し、島一つ分しか人類が生きていない、そんな時代だった。
たった一人で魔王軍を半壊させ、幹部全員を相手取りながら魔王の首筋に一太刀入れてみせた人類のバグ。
そんな存在と、デュラハンは────正面から戦いたかった。
一対一で、後腐れなく、正々堂々と。
焦がれるほどに、眠らないモンスターが夢を見たほどに。
剣閃が煌めけば命が断たれる。
魔術が放たれれば大気が揺れる。
一挙手一投足、絶望的なまでの理不尽さと絶望感に、デュラハンは囚われてしまった。
強者を追い求めた。
人の強者を選別し続けた。
わざと領地を人類に明け渡し、百年単位で放置して強者が生まれる事を促した事もある。
勇者は生まれなかった。
モンスターの支配が強まり人類は衰退した。
かつてのように、島一つ分程度の生息圏内で生きる人類に期待しなくなっていった。
己の手で強者を生み出そうとしたこともあった。
結果として完成したのはそれなりに強いが意志を持たない人形。そんなものばかり量産し、意味が無いと嘆息した。
強き者。
誰の手にも縛られていない、自由で、災害の如き存在。
そうだ。
デュラハンは、黒騎士は、理不尽な災害のような人間と戦いたかったのだ。
「愉しいっ! 実に愉しいな、勇者よ!」
数百年ぶりの激闘だった。
こんな奴が居たのなら、前回の侵攻に自分も参加していれば良かったと後悔した。新たな土地を求め、増えすぎたモンスターに渡す領土として異世界に目標を定めた計画は戻れる保証が無かった。
魔力のない世界に強者が居る訳がない。
それを理由に断った結果、前回の侵攻者達は壊滅した。
──だから来た。
これから先人類に未来はない。
そして人類に未来が無いのを決めているのは魔王だ。
魔王に逆らう気は特になく、そして、魔王に逆らってまで人類を繁栄させたい訳でも無かった。
寿命がいつなのかもわからない。
これから先ずっと、何もないまま生きていく。
それを考え、そんなつまらない終わり方を迎えるくらいならば…………。
「そうかい? 僕は何一つ面白くないよ」
「そう言ってくれるな。俺はお前と会えて本当に良かったと、心底感謝しているんだ」
「そういうのは
──頭の回転も早い。俺の出したワードだけで別世界の存在を考えたか。
(くくっ、最期を飾るには相応しい。いや、いや……まったく、最高だ)
上がり続ける出力。
既に己の出せる全力は出しつつある。
だが、勇人に疲労の様子はなく、限界もまだまだ近い様には見えない。
これこそが勇者。
追い求めていた、焦がれていた災厄。
いつかきっと、この男はモンスターの支配する世界まで踏み込むだろう。その時、自分のように飽いた連中はこぞって戦う。
そして全て薙ぎ倒されて、満足して逝くのだ。
これほど素晴らしいこともない。
──だが、まだ、まだだ。
デュラハンは魔王軍八星将の一角。
こちらもまだまだ底じゃない。
いずれ限界が訪れるならばこちらに勝機はある。
このような強い男を屈服させ下僕とした時────自分は何を想う?
そう己を奮い立たせた。
目の前の勇者に目を眩ませながら。
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