第27話
剣と剣がぶつかり合う。
互いに本来切断する能力など持ち合わせていない筈の模造刀が火花を散らし、片や仄かに残光を曳くオーラを纏いながら、片や残像が見える速度で幾度となく振られながら、何度も何度も打ち合う。
その差は五分。
しかし一級になれる才を持つ者ならば気が付く。
剣をぶつけ合う二人の間には絶対的な差が存在しており、それは徐々に差を開いていくものだと。
「やはり空白の40年はそう簡単に埋めれんか」
「いくら才覚が長けていても、そう易々と追い付ける差ではありますまい。不知火は現代における最高到達点であり、ダンジョンが出現してから人類の築いた技術の先に居る男ですから」
「データを見るに、魔力操作は卓越している。一寸のブレも無い。これが50年前の人間が成しているとは考えにくいが……」
「起きちゃってるのよねぇ……」
「独学っつーか、魔力を発見した第一人者とか、そういう時代の人だぜ? それでこの操作精度は……」
剣に帯びた魔力は時折揺らいでいる様に見えるが、それはあくまで可視化されたイメージがそう見えているだけで、実際に魔力の数値に変動はない。
「宝剣、操作精度ナンバーワンの座は譲渡さねばならんのではないか?」
「はぁ? あれくらいやれるに決まってるでしょ。……まあ、簡単じゃないのは認めるし、ポンポンやられたら自信無くすけど」
「魔力総量も恐ろしい予想値を叩き出している。日本一を誇る鬼月さんの1.5倍は優にあるぞ」
「それにこれはあくまで観測された数値をもとに計測された予想値に過ぎん。実際はもっと多いだろうな」
「──だが、それでも不知火には勝てんだろう」
優れた点が幾つもあり、現代で最高戦力だと言われている一級に並ぶかそれ以上だと認めつつ、毛利はそう結論を出した。
「確かに数値では上回っている。だが、絶対的な差がある。この40年の間に人類が築いた技術の差が」
「……フン。言わんとすることはわかるがな、甘いぞ」
「……では、有馬頼光公はこの空白の期間を埋められるとお考えで?」
「おう、埋められる。いや、埋めてくるに違いないと思っとるわ」
「それは些か過大評価でしょう。あの不知火ですら生まれた時から最強だった訳ではないのです。先人の積み上げたものをそう容易く……」
「勇人さんの最も特筆するべき点は、強さではない」
毛利は口を閉じ、静聴の構えに移る。
他の一級達も同様に静まり、有馬頼光の言葉を待っていた。
「あの人は──化け物なのだ。こと、戦闘という分野においてな。天才という言葉で言い表せない程に……」
「化け物…………」
「うむ。天才が我々で、不知火がそれを超える天才ならば、勇人さんは化け物だ。それこそ、天才がどれだけ集まっても太刀打ち出来ぬと断言出来るぞ」
「…………さて、まだ私の目にはそう映りません」
「ならば見ておけ。じきに分かることだ」
モニターの先では、膠着状態を脱するために仕掛けようとしている不知火の姿がある。それを見ながら、有馬頼光は、ただ一言告げた。
「なぜ彼が生き残ったのか。それはただ強いからではなく────……」
(想像以上だ……! これが、かつて世界を救う切っ掛けを生み出した勇者!)
勇人と切り結ぶ不知火は、その実力の高さに打ち震えていた。
目にも止まらぬ攻防。
決して全力は出していないが、手は抜いていない。
それでも他の一級と戦う時と同じくらいには力を込めているし、技術も惜しみなく使っている。
それでもなお、打ち崩せない。
残光を曳き幾度となくこちらの剣に合わせてくる技量は外から見るより余程洗練されており、恐らくそれを最も理解しているのは、対面して剣を交えている不知火だ。
「──だが!!」
才はある。
力もある。
魔力もある。
技術もある。
だが、40年には及ばない。
勇人が現代に居れば辿り着けたであろう境地に、既に不知火は到達している。
瞬間的に魔力を全身に巡らせ、爆発的な加速力を得て突撃。
先程までの戦闘速度とは比べ物にならない速度で駆け抜け、通り過ぎ様に勇人の腹部へと一撃。その手ごたえは致命的とはならずとも、動きを阻害するには十分足るもの。その確信を抱き、不知火は更に魔力を爆発させて切り返した。
均衡していた戦いが、崩れる。
観戦していた者達も、そう思った。
(魔力が薄れている! 全力で叩きこめば、如何にモンスター混じりと言えど耐えられまい!)
剣に注がれていた魔力が揺らぐ。
それを好機と読み取り、連打を浴びせんと接近し武器を振りかぶり──腹部に当てた模造刀が、弾かれる。
鋼鉄の塊を叩いたかのような感触。
魔力により破壊力が増し金属程度容易く叩き割れる筈の一撃が、生身に弾かれた。
「なっ──!?」
突然の変化に驚きつつも転げる事は無く、速度を維持したまま走り去り、さっき当てた時とあまりにも違う手ごたえに困惑しつつ、対峙し直した。
「……何をした?」
「特別な事は何も。でもその様子だと安心したよ、成功したんだな」
相対する勇人は何事もなかったかのように振舞いながら、淡々と語り続ける。
「どうにも拭えない違和感があった。不知火くんの魔力の動きが追えなくて、どこを始点として攻撃してくるのかが読みにくくてさ」
「……ほう」
「だから暫く観察に時間を使ってた。僕は生まれた時から魔力が使えたから、仲間の誰よりも扱うのが上手でね」
左の人差し指で己の目を指しながら言う。
「目に魔力を流し込んで情報処理能力を無理矢理引き上げた。流石に負担はかかるけど、頭が痛くなる程度だし問題ない。お陰で君が何をしているのか理解できたから最高の結果を得られたよ」
「目に…………?」
「五感の強化くらいはするでしょ? 今風のやり方を知らないから、原始的なやり方をさせてもらった。意外と厄介だろ」
──現代において。
主流とされているのは武具への魔力注入か、外部に対するなんらかの破壊力を伴った形での放出だ。
それとは別に基礎的な身体強化は行われているが、それはあくまで肉体の一部分に対してであり、繊細で大事な器官を巻き込まないように細心の注意を払っている。
現代最高の魔力操作精度を誇る宝剣は聴覚や視覚など脳の処理機能に影響を及ぼす可能性が高い部分にも強化を施せるが、それでも最高峰の人間しか出来ない高等技術である。無論不知火は使えるが、使わない。
なぜならリスクが大きいから。
たった一度の使用で今後の戦いに影響が出るかもしれないと考えれば、命の危機でもなければ使う気にはならなかった。
「モンスターと戦う時は魔力の流れでなんとなく察せたんだけど、君は魔力をあえて隠している。総量も測れなかったし、どこに流しているのかも掴みにくい。だから気が付いたんだ、君らは意図的に魔力を制御する方向に技術を進めたんだって」
「……はは、おい、冗談はよせ。まさか、見ただけで理解して、真似をしたとでも?」
「うん、真似をしたよ。腹部の一点にのみ魔力を集中させて、君の一撃を防いだ。案外上手いだろ?」
「…………はっ、ははっ! 化け物め……!」
「おいおい、傷付くじゃあないか。僕はただ一人の人間に過ぎないんだ、あまり過大評価はしないで欲しいね」
先程まで可視化されていた魔力は鳴りを潜めている。
しかし、不知火にはわかった。
決して魔力が衰えた訳でも減ったわけでもなく、使い方を変えたのだ。
かつて50年前にモンスターを相手に殺し合いをしていた状態から、40年の研究でモンスターを有効的に狩るために進化した、現代の戦い方へ。
「瞬間的に魔力を入れることで浪費を抑える上に探知もされにくくして、見敵必殺の難易度を大幅に下げる。総力戦をするわけじゃない、今の時代だから出来る最適解だ。そして、魔力をここまで制御する事が出来て、なおかつエネルギーとして出力する事を可能としたのならば──こんなことだって、出来るんじゃないか?」
剣に宿っていた魔力が形を変える。
可視化されていたオーラは形を変え、僅かに焦げ臭さが広がり始める。それはやがて熱を帯び光を放ち始め、やがて完全に炎へと変質するまでそう時間はかからなかった。
「魔力そのものの変質。このくらいはやれるんだろう?」
「…………く、くくっ……くははっ!! 見ただけで、聞いただけでそれか! これがかつて世界を救った勇者の本質か、有馬頼光!!」
『相手にならん、儂はおろか、鬼月もお前も』────そう言われた時、心の底から歓喜した。
50年前の黎明期を戦い抜き、その上でお前が現代で最も強いと認めてくれた武人が絶対に敵わないと宣言したのだ。自分より強い相手との戦いに飢えていた不知火にとって、それは天啓に等しいものだった。
そしてそれは夢幻ではなかった。
間違いなく己に並び立つ、いや、人類が歩いた40年をたった数分の攻防で理解し追い付いてしまう、『魔力』という分野における天賦の才。
魔力に愛された怪物。
それが黎明期に数多のモンスターを殺し人々を救い続けた、勇者という称号を持つ男の正体だ。
そんな男は自分が成した事がどれほどの事なのか気にすることも無く、ただ楽しそうに口元を歪めながら続けた。
「責任は有馬くんに取ってもらおう。僕は君の全力が見たい。まだまだ君には追い付けてない自覚があるんでね。ちょっとでも差を埋めさせてもらうよ」
「はははっ! そうだな、そうしよう! 俺も貴方に手を抜いた非礼を詫びる! これより先は────紛れもない現代最強の、全力だ……!!」
不知火が制御していた魔力が全身を満たす。
臓器は変質させていない魔力で覆い守り、肉体への影響が出る手足や筋肉に帯びた魔力が形を変えていく。同時に異なる魔力操作を容易く行いながら、不知火は己が最も強いと自覚している姿へと変わっていく。
バチ、バチバチバチ────それらはやがて音と共に形を成し、眩い光を発する蒼白の稲妻へ。
稲妻を身に纏う最強の探索者は、高らかに宣言した。
「お見せしよう。これが、貴方のいない50年の間に人類が辿り着いた領域だ……!」
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