第163話
霞はウキウキ気分でダンジョンに訪れていた。
理由は単純、久しぶりに勇人と二人きりで潜る事になったからだ。
先日のショッピングにて勇人から『女として魅力的だ』と告げられたこと、そして土御門香織や遠藤澪から『勇人のこと支える仲間としてこれからもよろしく、拒否権はない』と言われた事でむけていた感情が少しばかり変化しつつある。
自分を守ってくれる憧れのお兄さんから、
人生の大半をダンジョンに費やし男との関係など一度も持ったことがない霞にとって、それは初めての経験だった。
故に、そんな感情を少しでも自覚してしまえば後は脆かった。
「なんだか今日は機嫌が良さそうだね?」
「うん! 楽しみにしてたから!」
「そっかぁ、それはよかった。これで嫌がられてたら流石の僕も傷ついてたよ」
「そんなこと思うわけないでしょ、もうっ」
ダンジョンの暗闇の中を歩むその様子は騒々しい。
周囲に現れるモンスターの対象は霞が片手間で行っている。
三級探索者、つまり、常人の超えられない壁を突破した今の彼女の実力は勇人と出会う前と比べて全く別物になりつつある。
本来増える事がない魔力が増えた。
それに伴い魔力の放出量も増え、個人的な交友を持つ宝剣からのアドバイスや勇人の教えによって魔力操作すら飛び抜けたものになりつつある。
それに加えて魔力による肉体再生すら習得したのだから、その伸び代と成長速度は異常そのもの。
今や匿名掲示板のみに限らずSNSでさえ『あいつやばくないか』と言われ始めている逸材であった。
:これが雨宮霞チャンネル名物脳破壊イチャイチャですか
:もう霞のこと自分の女だと想ってるユニコーンは死滅したぞ
:勇人ガチ恋勢は脳破壊されてるらしい
:晴信が草葉の陰で泣いてるぞ!
「いや、死んでないからね。晴信ちゃんとの約束期間が終わったってだけだから」
:あっおい待てい じゃあ勇人さんと契約すれば俺達にもチャンスあるのか?
:僕と契約してダンジョン探索者になってよって?
:地獄への片道切符やろなぁ……
「はは、残念ながらその枠は霞ちゃんで埋まってるからなぁ」
「えへっ」
「え?」
「い、いや! なんでもない!」
:今のどこに喜ぶ要素が?
:霞も大概おかしくなってんだよなぁ
:元々ダンジョンに人生捧げてる狂人だからまともになったと言える
:たしかに
:霞は儂が遠くから見ていた
:赤の他人定期
「う、うるさいなぁ!」
寸劇が行われている間にも、霞の身体は動いている。
背後から高速で襲いかかってきたモンスターを左手に持った剣で斬り落とし、正面からやってきた狼型数匹を右手の剣と足捌きのみで討伐。
かつては斬るのに苦労していた分厚い毛皮も今や一撃で容易く破り臓腑を穿つ事が出来る。
魔力の出力が上がったことは勿論、魔力操作技術が格段に向上したのが大きい。
魔力が強すぎて大雑把な出力で大体なんでもこなせてしまう勇人以外に、単純に魔力操作の巧さが人類で最も卓越していると評される宝剣からも教えを受けていることが影響していた。
勇人にも細かなコントロールは出来るがする必要がない。
九十九のように莫大な出力に苦戦している相手に教えるのは向いているが、繊細な小技を複数同時に使用する技術自体は宝剣の方が向いていた。
大規模的な出力を扱うことは勇人が。
細かい小技に関する疑問は宝剣が。
複数人の師をうまく活用し技術を吸収し続けている彼女は、当初の予定よりもずっと早く成長していた。
「……ふぅ。続きはない……かな?」
「うん、今は居ないね。そのうち魔力で感知できるようになれば警戒も楽になるよ」
「遠いなぁ」
「いやいや、今の君なら
あえて
これが、一度でもいいから真っ当な恋愛経験をしていれば、そうはならなかったかもしれない。浮き足だってしまう、その事実を経験していれば、少しくらいは抑えられたかもしれない。
しかしダンジョンが恋人と揶揄される程度には極端な人生を過ごしていたのだ。
残念ながら、勇人が浮かべる笑みの意味を正確に理解する事はできなかった。
「今日はもう少し深くまで潜るからね。さ、頑張ろう」
「うんっ!」
その後も二人は仲良くダンジョンの奥に進んでいく。
会話が弾み二人きりであると言うことに気を取られ、霞はその道のりをただ楽しんでいた。
:なんか潜ってる場所深くね?
:ここもう下層だよな
:まだ昼前だぞ……夕方までいるんだよな……?
:まさかな
不穏な気配を漂わせ始めたコメントをモノクル越しに見つつ、しかし、見ているだけであまり意識を傾けていなかった彼女は気が付かない。
隣にいる勇人は微笑みを浮かべているのみ。
それもまたいつも通りのことで、特別気にする事ではなかった。
:なんかこのパターン前にも見たな
:やっぱり? 気のせいじゃない?
:でも下層だぞ 下層でやるか普通
:忘れてるかもしれないがもう霞は三級なんだよね
:しかもここは割と適正レベルなんだよな
:あっ……
「……さて。そろそろいいかな」
「……?」
何がそろそろなのか、霞は一瞬戸惑った。
そしてそこで気がつく。
──そういえば、今日はなんのためにダンジョンに来てるんだっけ?
これまでここまで行こうとか、そう言う目的を立てたことはあまりない。
と言うより寧ろ各々の技量を上げることが優先されており、ダンジョンを深くまで潜ろうって目標を立てたことがなかった。
そもそも行こうと思えばどこまでも行けるのだ。
九州では一級探索者が仲間だったし今だって戦力的には変わらないどころか寧ろ強くなっている。特定のダンジョンに思い入れも特になく、そう言う意味では前と全く違う理由で潜っていた。
「霞ちゃん霞ちゃん」
「はいはい、なになに勇人さん」
「これからここにモンスター集めるから、倒してってくれる?」
「……? うん、わかった」
:あっ……
:やっぱりな
:合掌
:思い知るといい その辛さを
:ハル!?
:経験者は語る
「えっ、あ……」
そういえば……こんな光景を最近見たような気がする。
配信越しに、酷い目にあってる友達の姿を見ていたような気がする。
その酷いことをしていたのは他でもない、同行していた男の人だったような気がする。
慌てて周りを見るがすでに勇人の気配はない。
代わりと言ってはなんだが、殺意と敵意を漲らせたモンスターがこちらに向かってきていた。魔力による探知が出来ない霞でも、その数がとてつもないことがわかった。
「あっ……ああっ……」
裏切られた?
いや……違う。
最初からこうだった。
元々勇人はこうするつもりでダンジョンに来ていたのに、自分一人だけが浮き足だってぬか喜びしていた。
ダンジョンデート?
かつての自分なら何を甘えたことをと唾棄するような言葉に浮かれ、ただ楽しもうとしていた。
「あ、あ、あっ……!」
:美しい……
:興奮してきたな
:や勇神
:あの人意外とこういうことするよな
:親しみ持てて俺は好きだよ
:俺も好き 女の子が絶望する顔は特にな
:こいつ捕まえた方がいいんじゃねえか
:¥3000 安心して、霞 私もやったんだからさ
:草
:ワロタ
一人浮かれていたことを見られていたことに気がつき恥ずかしさが込み上げ。
迫り来るモンスターの大群に冷や汗を掻き焦りが募り。
そんな自分を見透かしていたのに微笑むばかりで特に何も言ってこなかった勇人への申し訳なさと、少しくらい言ってくれてもいいじゃないかと思う身勝手な心。
晴信のスパチャ付き煽りコメント。
無様な自分が対外的にどう見られているのかは、以前彼女の配信を見ていた事で知っている。あの日向けた同情が自分に向く。
そして、これから死に物狂いで生き残る姿を面白おかしく見られる事。
「う、う、うううっ……!! うわああああああんっ!! 勇人さんのばかーーーーっ!!!」
霞は駆け出した。
モンスターの軍勢を切り裂く一条の光となった。
彼女がその日解放されたのは、夕方を大きく超えた二十一時頃のことだった。
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