第89話

(…………なぜ、こうなった?)


 有馬瀬名は隣を歩く女を見ながらそう思った。


 前を行くのは己と違い天性の肉体を持ち合わせる九十九直虎。

 そしてそんな九十九直虎に直接指導するかつて勇者と呼ばれた人物で、己が憧れていた人。最も憧れを抱くには己では力及ばないと諦めてしまった人ではあるが、確かに尊敬していることは間違いない。


 そして、そんな尊敬している人と、最も距離の近い人間が隣にいる。


 雨宮霞四級・・探索者。


 勇人のリッチとしての力を唯一受け継ぎ、魔力が成長し本来想定されていた成長グラフを大幅に塗り替え次期一級候補として期待されている新星。


 十年近くひたすら積み上げてやっと一級になれた瀬名。

 わずか数日の間で文字通り人生が変わる程の変化を遂げた霞。


 思うことがないわけではない。

 それ以上に、どうして自分がそんな新星に物を教える立場に、という疑問があった。


(というか、まるで私に伸び代があるような言い方を……)


 先ほど勇人に言われた言葉を思い出す。


『本当は君にも教えたいことはあるんだけど、現状の完成度が一番高いのが瀬名ちゃんなんだ。ダメかな?』


 ダメとは言えなかった。

 自分では教えることは何もないと思った。

 それでも頷いたのは、考える時間がなかったからだ。

 現状の完成度・・・・・・とは、つまり今の実力のことを指しているのだろうか。わからない。自分が一級として相応しいとは欠片も思っていないし、父の影を踏むことすら出来ていない立場だと自覚している。


 故に、大事に育てねばならない霞を任された事に動揺した。

 自分とは違い世界にたった二人しかいない貴重な人材、それが雨宮霞だ。

 このまま成長するのであればやがて勇人本人に追いつくことだって出来るかもしれない。それくらいの逸材であり、期待を向けられている。


 本人もそれは理解しているのか真面目で学ぶことに貪欲であり、仲を深めるための会話からも読み取れるほどだった。


 勤勉で貪欲。

 大真面目に勇人と共に戦うことを目指している。

 事件が起きる前もダンジョンに半日近く篭る生活を一年以上続けているくらいには努力家で、文句のつけようもない。


 ──私は一体何を教えればいいんだ?


「瀬名さん、質問なんですけど」

「…………」

「瀬名さん?」

「っ、ああ、どうした?」


(……ダンジョンの中で考え事とは、ダメだな。一旦切り替えよう)


 ルーキーですらやらない気の抜き方をした事を自責し、瀬名はひとまず思考を切り替える。


 余程間違ったことを伝えない限り大丈夫だろう。

 それに、後から勇人さんが改めて確認してくれる筈だ。

 聞かれたこと、それと、知っておいた方がいいと思ったことを教えればいい。


(……よし。いいか、有馬瀬名。お前は一級で、彼女はまだ四級。期待されていてもまだ経験値が絶対的に足りていないんだから、お前がしっかりしないとダメだぞ……!)


 心の中で言い聞かせ、ドンと心構えを済ませる。


 何を聞かれても絶対に答える。

 そしてその答えを間違えない──彼女は責任を強く感じながら、そう意気込んだ。


「えっと、ダンジョンでモンスターの出現を予知する時のことなんですけど」

「ほう、ダンジョンでモンスターの出現を予知する時のこと」

「勇人さんが魔力でレーダー張ってるって言うんですが、やっぱり一級の皆さんってそれくらいのことはするんですか?」

「……………………」






「ん。九十九ちゃん、右側の通路から一体出てくるよ」

「承知しましたっ」


 背負った両手斧を構え、戦闘態勢になる。


 ダンジョンの中で扱うには少し大きすぎるくらい。

 九十九ちゃんは恵まれた膂力を存分に生かすために大きい武器を好むらしい。

 動画サイトで調べたら大剣を使う動画出てきた。

 その頃ですら斬るというより叩き割る感じに使っていたので、技術的なことよりかは力技で押す方が合っているんだろう。


「────せいッ!!」


 上段に構えた両手斧が、まだこちらを発見していないモンスター目掛けて振り下ろされる。


 凄まじい初速。

 軽く振り下ろす形を作ったとはいえ、助走無しでこれか。

 自分に向けて攻撃されたと気がつく間も無く頭上から特大斧で頭をカチ割られ絶命したモンスターの頭部をそのまま巻き込んで、地面へと衝突する。


 ──ゴッッッッ!!!!!


 とてつもない強度を誇るダンジョンの地面をも大きく陥没させ、フロア全体に衝撃を響かせようやく衝撃は収まる。


 モンスターは胴体までが消失している。

 陥没した地面と、そこに横たわった下半身。

 それらが灰塵と化していくのを見ながら、問いかけた。


「……すごいね。今の全力?」

「はい! 加減はしてません!」

「魔力使った?」

「あー……その、えっと。一緒に使うのがちょっと苦手で、実は使ってません……」


 嘘だろ……魔力使用なしでこれか。

 昔の僕より確実にすごいぞ、これは。

 僕だって五十年前はパワー系と恐れられていたが、これは次元が違う。膂力だけでモンスターを殺せる、まさしく頼光くんと同じタイプ。


 この娘が五十年前にいれば──いや、止そう。


「……どう、でしょうか」


 彼女は自信なさげに訊ねる。


 いや、これは苦労するよ。

 これだけの力を持つんだ、力の制御がうまくいかなくても当然と言える。人の身で抑制できるものじゃないとすら思うもの。


 彼女らしくない──出会って一日で何をわかっているんだと言われると言葉に詰まるが──しおらしい態度は、自覚しているからだ。


 彼女は自分が力を制御出来ずに落胆されていることをわかっている。


 己に向けられた期待。

 己が目指すべき姿、成るべき理想、それらを理解している。

 そこを目指しているのにいつまでも成長しない己を歯痒く思っているし、失望もしている。それでも明るく振る舞って見せるのは彼女の心根がそう・・であるからか?


 これ以上は、まだわからない。


 後で毛利くんにも聞いておこう。

 仲が悪いってわけじゃないのはわかってるし、彼なりに責任者として向き合っていたんだろう。それはそれとして、これだけ力を持て余してるんだからそりゃ器物損壊も発生するよね。悪気があろうがなかろうが、彼にはとてつもない負担になっていた筈だ。


 安心させるために頬を緩め、ポンと肩の上に手を置く。


「いいかい九十九ちゃん。君の持っている力は本当に素晴らしいものだ」


 探索者の階級制度が全て物語っている。


 魔力量は変異しない。

 人の成長力は生まれた時点で決まっている。

 鬼月くんや僕のように膨大な魔力を持つ者は恵まれているが、それが故に国や他人に貢献する責務がある。


「誰もが羨む力さ。その力を使いこなせないこと、気にしてるんだろ?」

「……はい」

「これから学んでいこう。持って生まれた物は何物にも変えられないんだ、良くも悪くも」


 ダンジョンが発生しなければ、僕は社会に適応出来ない愚か者でしかなかった。

 

 だから九十九ちゃんの気持ちはよくわかる。

 

 僕が彼女に救われたように、今度は僕が誰かを救う番だ。


「大丈夫、僕が勇者・・なんて呼ばれようになったのも、この力のおかげだからね。頑張ってやっていこう」

「…………〜〜っ、はい! 頑張ります!」

 

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