第174話

 穴に飛び降りてから大体一時間。

 時間にすればたったそれだけの時間だったけど、人類の存亡をかけたやり取りをする事になるとは想像もしていなかった。


 ただ、得られた情報は非常に多い。


 これを利用しない手はない。

 あの龍はなぜああも情報を漏らしたのか。

 奴ら特有の傲慢さだと言えばそれまでだが、どうしてわざわざ僕の前に姿を現したのか。あの先に隠したいものがあった?

 そういう小細工をするタイプなのか。

 積極的に人類を滅ぼそうとしてるとは思えない。

 名も知らない存在だけど、なんだかそう感じた。


 上に戻っていく最中、度々下の様子を伺ってるけど変化はない。

 空洞の拡張も終わったのか静まり返っている。

 不気味な暗闇だ。

 この下にエリートが居ると思うと嫌な感覚がするけど攻め込めない。

 絶好のチャンス。

 最悪のピンチ。

 それらが両立している今、僕に出来るのは戻って報告することだけだ。


「……無力だなぁ」


 あの龍をここで倒せればどれだけ有利になれただろうか。


 この先起きる戦いを回避できたかもしれないんだ。

 もし僕に、あの龍をあの場で倒せるだけの自信があれば。

 昔の僕なら一人で攻めかかっていた。

 間違いない。

 ただ、今はそうするべきではないと思った。

 仲間がいる。

 五十年必死に復興を指揮してきた友がいる。

 今の世の中心にいる若い世代がいる。

 それなのに、こんなロートルが世界の命運をかけた戦いを勝手に始めるなんて、そんなリスクを背負って戦うのは許されることではないと思ってしまった。


 じゃあどうすれば正解だったんだろうか。


 …………いや。


 仮にこれが正解じゃなかったとして。


 僕はこの選択をして、みんなと協力出来るようになった。

 それだけでも十分じゃないだろうか。

 いつまでも失敗を引きずってもしょうがない。

 これが正解だったとして、正解にできるように対策するのが人の素晴らしさというものじゃないだろうか。


 僕らはあの時代、何かを間違えていたのかもしれない。


 それでも今こうして現代は蘇り、「間違いかもしれない判断」を「正解」にしてくれたんだ。


 だから今回もそうだ。

 僕はあくまで提示されただけだ。

 これが正解かどうか決めるのは僕ではない。

 今を生きる人達なんだ。


 通信機を取り出して、上に跳びながら連絡をする。


 既に通信も復旧していた。

 さっきのは限定的な妨害だったのか、それとも穴が深すぎたのか。

 理由は定かじゃないが、地下何mから影響があるのかは今後も検証して行った方がいいね。


『──……! っ、勇人! あんた無事!?』

「ああ、無事だよ。……なんか焦ってる?」


 通信に出た澪の声色は非常に緊張感のあるものだった。


 ──まさか上で何か起きたか?

 地下で僕に構っていたのは時間稼ぎ?

 そうだとしたらまずい。

 すぐに戻らないと……


『焦ってるも何も、あんたと通信出来なくなってから地下でとんでもない魔力が検出されたんだけど!?』


 違った。

 普通に僕の案件だった。

 思わず地上で何かあったと勘ぐったけど、杞憂で済んで安心した。


「んん、まあ……色々あってさ。上はどう? 何も起きてない?」

『香織が今にも飛び込もうとしてるくらいの事しか起きてない。……無事でよかった』

「そんなに心配してくれたんだ?」

『当たり前でしょ。いきなりあんな緊張感滲ませてきて、何事かと思ったわ』


 ……あっ。

 そういえば全く感情面でのアレを抑えてなかった気がする。

 思考も感覚も戦闘用に塗り替えてたから、ああ〜……

 ちょっとやっちゃったな。

 未熟だ。


「はは、本当に色々あってね。戻ったら説明するよ」

『出来るだけ早く戻ってきてちょうだい』

「善処する」


 通信を切る。


「……ふぅ」


 澪の声を聞いたら少しだけ気が抜けた。


 ずっと緊張してたのは間違いない。

 備えるならまだしも、緊張だ。

 久しぶりだな、この感覚は。

 地上に出てからこれまでこんな風になったことはない。警戒や予測はしたけど、明確な脅威に緊張したのは久しぶりだ。


 香織が復活した時とか澪が復活した時はまた別。

 あれはなんていうか……不安とか怯えとかそっち系。


 ──ともかく。

 僕の判断は今はこれでよかったと思う。

 一人で何でもかんでも決めるなんて傲慢だ。

 今の世には頼れる仲間がいっぱいいる。

 力を持たない一般人ですら覚悟を持ってる世界だ。

 世界の命運をかけた戦いは個人単位で行われるのではなく、全ての人が納得し協力しあった上で行われるべきだと思うね。


 その上で打ち倒すのが英雄譚であり人の美しさってもんだろ?


「……だからこそ、好きにさせる気はない」


 堂々と宣戦布告をしてきた点だけは信用してやる。


 五十年前の連中に比べればお前の、そういう姿勢だけは、本当だと思ってもいい。


 だからこっちもそれを全力で叩き潰す。


 対策する時間を与えたことを後悔できるくらい、徹底的に。

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