第175話

「ん、ん、んん〜〜……ごめん勇人さん、もう一回聞いても良い?」


 頭を抱えた宝剣くんが言った。


 その表情は険しい。


 眉間に皺を寄せ頬を引き攣らせているのは果たしてなぜか。

 そのままぐりぐりとこめかみを指圧し、ため息交じりに僕の報告した内容を復唱した。


「えっと、地下深くには道みたいな空洞が広がっていて、辿り着いた矢先襲撃を受けて、しかもその相手は勇人さんより強そうで、近いうちに決戦を仕掛けてくると言ってきたって内容で間違いない?」

「うん。間違いない」

「そっかぁ……」


 髪を整える暇もなく僅か一時間程度の仮眠から起床した宝剣くんは、不機嫌そうに入室し、慌ただしく動いている職員を見て問題発生したことを理解し、内容を聞いて放心した。


 素直に可哀想だと思う。

 二徹明けでようやくやってきた応援と代わってやっと休めると気持ち良く寝ていたらこれだ。大体なんでも任せられるであろう人物(僕)に託して一休み、と気を抜いたところでの思わぬ反撃。これは効く。

 僕はもう五十年連続徹夜をしているけど彼女は人間だからね。

 その辛さはよくわかる。

 休ませてあげたいんだけど、そうはいかないのが一級だ。


「…………ふぅ。ごめん、ちょっと取り乱した。もう平気」

「これが終われば確実に休めるよ。だから頑張ってくれ」

「こんくらいへっちゃらよ。あ、でもリモート会議だけは任せるわ。多分寝るから」

「それはこっちで請け負うさ」


 それに今日は彼女に追加で仕事を任せる事はない。

 この場に僕らが揃ってる以上、ある程度の職務は回せる。一級相当が三人も揃って仕事が出来ませんなんて言えないからね。

 なので宝剣くんには、もうひと頑張りしてもらって終わりだ。


「一応緊急事態……と言っていいかな? この後すぐ事変が起きる可能性もあるし、この場での情報共有を優先した。既に全国の一級に通達は行ってる頃だ」

「寝て起きたら戦争中で状況把握に時間がかかりました、ってのは避けたいもの。しょうがないか」

「そういうこと」


 気持ちよく寝ていた所を起こされたのは理不尽だが、その理不尽を上回る理不尽が襲い掛かってくる可能性があるのだ。備えないわけにはいかない。


「勇人さんと同じかそれ以上の強さを持ったエリート個体、か。ちょっと勝負の土台にすら乗れそうにないわね」

「残念ながら僕もそうだ。仮にあいつがロングレンジでの砲撃を選択した場合、全てを守る事は難しくなる」


 僕らは何とかなる。

 ただ他はどうだろうか。

 蓄えている魔力、そして国民全員の魔力を集結すれば莫大な魔力を得る事はできる。

 ただ、それを有効に利用する手段がない。

 良くも悪くもまだ発展途上の魔力技術だ。

 これが魔力による超遠距離狙撃でも出来れば違ったけど、残念ながらそんな技術はない。


 悩みの種は尽きない。

 一体どうすれば最善手を当てるかと悩んでいた時だ。


「砲撃はどうにかなると思うけど、肝心の戦いには混ざれないわね……」

「……え? まじ?」

「え? おかしいこと言った?」


 サラッと僕の懸念点を潰した宝剣くんは、自分の発言を確かめるように質問で返した。


「えっと、砲撃が防げるって言ったよね?」

「ええ、言ったけど……」

「……マジか」


 適当言ってるわけでもなく、出来るという確信が彼女にはあった。


「一応威力的には僕の全力と大差ないレベルだったんだけど……」

「指向性を持った純粋な攻撃でしょ? 勇人さんみたいに広範囲を破壊する爆発を伴うわけじゃなく、ただの破壊エネルギーなら鬼月さんに外付け魔力持たせて防衛させたら行けると思う。ただ、全国規模でずっと撃たれたら無理。一箇所に撃つ場所を絞らせればチャンスはある」


 鬼月くん──そうか、彼が居たか。

 僕らを除いて最も強力な魔力出力の持ち主。

 彼に外部出力を持たせれば防衛が可能だと言うのはかなり嬉しい情報だ。問題があるとすれば、相手の攻撃をどうやって一箇所に集中させるかどうかだ。


「……それも、やれないことはないとは思うんだけれど」

「ええ、本当? ちょっと信じ難いよ」

「確信はないし自信もないけど、これまでと違う感じがしない?」


 これまでとの違い。

 それはエリート連中のことか?

 違う感じ……まあ確かに、戦線布告をされたのは初めてだ。

 だけどそれはこれまで僕らのことを敵として見ていなかっただけであって、今この状況になって敵として認識し全力になったと言う可能性もある。


「ありえる話ね。でも、だからと言ってわざわざ言うってのはなんだかおかしい話じゃない?」

「……そう考えることも出来るかな」

「うん。勇人さんはそっち方面で考えて。私は最高の盤面を考えて行くから」


 それがいいか。

 頭脳面でだって僕を軽く捻るくらいの人達が集まっているわけだし、ロートルらしく保守的な考えを持つ側に立つことにしよう。

 ていうか、そっちでしか考えられない。

 それを汲み取ってくれた宝剣くんには感謝だ。


 癖の残った髪を指先でくるくる回しながら、彼女は困った顔で苦笑しながら言う。


「はーあ、また徹夜確定だなぁ、これ……」

「ああ、それだけど。暫くここに滞在することになったから、君は休めるよ」

「えっ」


 さっき決まった事だ。

 情報のやり取りは今のところネットワークを通じてやれる上に、全国規模で動き回るため関東に腰を据える必要もあまりない。それに物理的な電線によるネットワークではなく、魔力を利用した新技術だ。魔力の乱れに対しても強く、適当に魔力を流すだけでは壊せない超技術なのでそこまで不安はない。


 その上打って出るにしても現状ここ以外に地下へと通じるダンジョンはないため、攻勢に出るか防御に徹するかまだ決まってないが、どちらを選ぶことになってもこの拠点に滞在するメリットがあった。


「……ほんと? 嘘じゃないわよね」

「こんな嘘言うわけないじゃないか。短い間だろうけど、霞ちゃんに色々教えてやってよ」

「それはもう! やだもう勇人さん、それは最初に言ってよ!」


 ずいぶんな喜び様だ。

 十分な睡眠が取れないってのは生物にとってどうしようもないデバフになる。僕らにとってもメリットがあり、かつ合理的な行動で彼女の体調が少しでも整うのなら良いことをした気分がしてくるね。


「あ、お二人とも。何してるんですか?」

「お、噂をすれば。耳がいいわねぇ」

「最近五感も強化されてきたみたいだからね。常人よりかなり敏感だよ」

「へぇ、ふぅん……。なんだかやらしー言い方するじゃない」

「そうかな? 僕からしたら事実を述べてるだけなんだけど」

「あんまり女の子に敏感とか言わないものよ」


 そう言うもんか?


 当人に目を向けてみれば、全てを諦めたような悲しい表情を浮かべていた。


「はは……慣れました……」

「…………苦労してるわね……」


 配信での言動はもう気にすることをやめている。

 素の僕を曝け出しているので、これを批判されればつまり僕の人格がどうしようもないと言うことだ。

 やれやれ、悲しいね。


「……ま、こんな状況だしいい機会か。勇人さん、ちょっとこの娘借りるわよ」

「いってらっしゃい。何かあったときは連絡するから好きに過ごしててくれ」

「あ、え、ちょっ」


 宝剣くんは霞ちゃんを連れて廊下を歩いて行った。


 女性だけの話に混じる気はない。

 それで何度も手痛い目に遭ってるからね。

 同居生活で学んだのは、睨み合っている女性の間に割り込むのは基本的にやってはいけないって事だ。

 昔の僕はよくもまあナチュラルに割り込んで空気も読まずに仲介していたな。


 かつての己の恐ろしさに身震いしながら、忙しそうに歩き回る職員達の靴の音を聞いていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る