第171話
件のダンジョンは市街地から離れた場所に存在する。
かつて山間部の都市として栄えていた街は滅び、代わりにダンジョンの周囲を囲う特区として生まれ変わった。
と言っても都市だったものを再利用したわけではない。
崩落していない開通済みのトンネルからその、かつて都市だった名残を見れた程度のものだ。感傷を抱くような特別さすら残っていないそれを眺めていると、横に座っていた香織が話しかけてくる。
「懐かしい。ここは……」
「……うん。一応僕の地元になるね」
学友と呼べるほどの相手は居なかったが、顔見知り程度だった人はそれなりにいる。
何せ小学校中学校は運動出来ればモテるからね。
当時から人並外れた身体能力をしていた僕が最も輝いていた時期であり、また、後悔すべき成功体験を手に入れてしまった時でもあった。
「もうとっくに滅んで、何も残っちゃいないけど──香織がいてくれたおかげで寂しくないよ」
滅んでしまった故郷。
大事な仲間に出会えた場所。
だから哀愁を漂わせる必要はない。
僕にとっての苦い思い出であり、またそれと同時に、新たな旅路を得た始まりの地なんだから。
「ふ……そうか」
そういうと、香織は嬉しそうに微笑んだ。
「待ってたわよ!!」
ダンジョン特区に到着するや否や、テンション高めで目がバキバキにキマってる宝剣くんが出迎えてくれた。髪の毛がちょっとしっとりしてるしシャワーでも浴びた後なんだろうけど、なんでこんなに興奮してるんだ……?
「そりゃ寝てないからよ。んもー眠い! でも寝れない! 異常事態だから!」
「あっ……そっか。君たち人間は寝ないとやばいんだよね」
「うわっすごい発言。裏で糸引いてるタイプの悪役しか言わないでしょそんなこと」
「はは、いいツッコミをありがとう。それじゃあ一旦僕らが引き継ぐから休んでくれ」
「助かります」
しっかりとした足取りで宝剣くんはその場を立ち去り、特区内備え付けの仮眠室へと向かっていった。
「……発生してからってことは、丸二日寝てないわねアレ」
「二日はちょっと……辛いですね……」
もちろん彼女は一級探索者。
そういう不測の事態に備えた訓練だってやってるだろうけど、実際にやるのと練習ではやはり緊張やら何やらで全く別物の疲労を味わう。
彼女の特筆すべき点は、そんな疲労状態であっても魔力操作にブレが生まれないことだ。
常に人類最高峰の操作技術を持ちながらそれが一切衰える事がない天性のセンス。
磨けば磨くほど卓越していくというのは非常に僕好みでもあるのだけれど、彼女とは対等な立場だからね。霞ちゃんのように手取り足取り教えていく必要はない。
そんな一級探索者の後ろ姿を見送って、彼女の代わりに残された職員の話に耳を傾ける。
「……なるほど。ダンジョンの構造が大きく変わり続けている。しかも規模が大きく、巨大な空洞が出来ては整えられ、というのを繰り返していると……」
「はい。すでに本来の最下層地点を抜け、未到達地点の拡張が始まっています」
「…………」
これを聞いて一番初めに思ったのは、『とうとう地球そのものを壊しに来たか?』って点だ。
ダンジョンはそもそも地下深くに続く暗黒地帯。
湿度や温度も相応に高く、常人が活動するのはいささか厳しい環境だ。そんな中でも画質を保ちラグも少なく配信できる機材を作ったのは技術者の意地であるが、流石にその環境に干渉出来るほど人類は進化していない。
ダンジョンが深くなればなるほど、そこは人類にとって、いや、生物にとって厳しい環境となる。
そして地球の深部ってのは構造こそ解明されているが直接辿り着けた者はおらず、それどころか、そこに何か他の物質が干渉した歴史すらない。唯一あるとすれば地球が出来る前の話まで遡ることになる。
それほど星の核なんてものはタブーなもの。
そこに近付くように掘り進めてるとなれば、そう考えてしまうが……
「今の所進路が特定出来たりは……」
「残念ながら。真っ直ぐに地下へと続いています。
「フロアのような感じで?」
「いえ、直下です」
「……」
これまでのダンジョンとは何もかもが違う。
世界中に溢れているダンジョンが、既製品だったとしよう。
大体どこも似たような構造をしているし基本的な部分で共通されてるのは間違いない。それぞれに拡張機能があるかどうかはさておき、今回は明確に意図のある動きと見た。具体的にいうならエリートの関与が疑わしいってレベルから確信するレベルに切り替わった。
ダンジョンが経年劣化で地球の核を穿つようになってるならばわざわざ仕掛け直したりする必要なんてないからね。
「……潜ってみるしかないか」
「そうね。今の所それ以外打てる手がない」
「静観したところで拡張されるのを待つだけだろうな。しかしこれは罠の可能性が高い」
そうなんだよなぁ。
どう見てもこれ誘ってるよなぁ……
「二級探索者とかなら一番深くまで潜っても生還できるかもしれないけど送り込んでも無駄死にする可能性が高く、では代わりに何を派遣するんだとなった場合……」
「当然、僕らが出張る。そこまで計算してると思う?」
「おかしくはない」
残された連中の目的は不明だが、潜んで色々手を回してる辺りまだ諦めてないのは間違いない。
人類の最高戦力である僕を分断するつもりか?
でもダンジョンの壁程度ならぶちぬけることは前回見せている。
……それを元に、壊されない強度に壁を変えてる?
あり得なくはないか。
「潜るのは僕一人。緊急時の突入メンバーは香織、澪、紫雨くん、霞ちゃんの順番。あと潜る前に全国に通達をしておきたい」
「こちらで手配します。機材はどうなさいますか?」
「リアルタイムで情報共有したい。頼めるかな」
「わかりました」
結局いつだって未知の脅威には自分でぶつかったほうが効率がいいんだよね。
僕が死ぬのなら他の誰が潜っても死ぬ。
決して自己犠牲が元としてこの思想が生まれてるわけじゃない。
効率の問題だ。
「わかった。こちらも突入の準備はしておこう」
「頼むよ。いざってときは頼りにしてる」
「任せなさい」
不知火くんと共に潜ったのが懐かしく感じる。
あれから半年程度しか経ってないんだけど、何年も昔の出来事みたいだ。まあ、五十年間空白の時間を過ごしたんだから、それと比べて色鮮やかな地上での生活はレベルの違う濃さをしてるのは当然だった。
「……ふふ」
「……どうした?」
「いや、君達がいて、これからダンジョンに潜ってエリートと戦うってことを考えるとさ。まるで昔に戻ったみたいでね」
惜しまれるのは一人復活していないことだが、本来死者を蘇らせることなんてできる事ではない。香織も、澪も、奇跡の産物だと理解している。
だからこそ、たまらなく嬉しいんだ。
またこうやって肩を並べて背中を託して戦いに赴けるのが。
「不謹慎だけど、ちょっとだけワクワクしたよ」
切り替える。
相手は未知のエリートだ。
どんな手段で襲ってくるか、どんな罠が待ち構えているのか……それら全てに対応するべく、魔力をゆらりと漲らせた。
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