第52話
終着駅の関東第四ダンジョン特区へと到着した。
関東には合わせて5つのダンジョンがある。
第一、第二、第三、第四、第五の順で難易度が低下していく。第五ダンジョンは初級者向け、つまりリハビリにも最適な場所って事だ。
僕もこのダンジョンの印象は薄い。
規模が小さくてモンスターの数も少なかったからね。
一日でサクッと踏破して戻って来た記憶がある。ていうか、一部のエリートが居る要塞化されたダンジョン以外は大したことが無かった。仲間達も余裕を持ってたし、それは間違いないと思う。
されど、モンスターはモンスター。
力の無い人では太刀打ちする事すら出来ないから油断は良くない。
「それで、まずダンジョン入場する前に手続きしなくちゃいけないんだっけか」
「うん。理由は──」
「あ、待って」
「?」
訊ねた事に対して答えようとしてくれた霞ちゃんを止める。
「勉強の成果と言う程でも無いけど、復習がてら僕の説明が合ってるかどうか聞いてくれる?」
「……あ! なるほど、いいですよ」
「ありがとう。探索許可証に記された階級によって潜っていい階層が決められており、どこまでどれくらいの時間で潜るかを決めておく。そうして所定の時間内に戻らなかった場合、救助隊を用意する。これは生存率を上げて人材を大切に扱うための対策案として10年前から実施されている、でオッケーかな?」
「文句なし!」
最低限潜る資格はある、かな。
僕にとってダンジョンは庭同然だけど、今の常識と照らし合わせて情報をアップデートしていかなくちゃダメだ。
大丈夫僕慣れてるから、なんて態度で入っていい場所ではない。
「晴の家で何してるんだろうとは思ってたけど、普通に勉強してたのね……」
「寝なくていいからね。食事も睡眠も必要無いから、かれこれ一週間は机と向き合ってたよ」
「うげぇ、おかしくなりそう……」
「特別探索者、なんて身分を貰ったんだ。胡坐をかいてるつもりはないさ。柚子ちゃんは勉強が嫌いかい?」
「嫌いって言うか……得意じゃないから」
……あれ?
でも柚子ちゃんって学年二番目をずっと争ってたんじゃなかったっけ。
「柚子は努力家」
「ほほう。努力家」
「……別に、誰でも努力くらいしてるし、誇れるような事じゃないわよ」
晴信ちゃんの言葉に、柚子ちゃんは顔を顰めながら吐き捨てる。
おやおや、これはまた……
でも、その気持ちは非常にわかる。
頑張る事なんて誰でもしていて、自分で満足のいく結果が得られてないのに、誰かの欲しかった席に座っている。表立って否定すれば誰かの努力を否定する事に繋がるし、かといって受け入れるにしても敗北を正面から叩きつけられて気持ちいい人なんて何処にもいない。
否定も肯定もしにくい、非常にセンシティブな話だ。
「でも、柚子はまだ諦めてないんでしょ?」
「当たり前じゃない。いつまでもアンタに一番は譲らないから」
──しかし、そこは彼女たちの間で結論は出ているみたいで一安心。
一番上を走り続ける霞ちゃんと、その背中を追う柚子ちゃんと晴信ちゃん。
これぞ青春だと言える素晴らしい関係。
そんなかけがえのない青春の間に入り込む事に罪の意識を感じている。
皆……
僕は今、50年後の現代に戻ってなぜか19歳の女性トリオと一緒に人気者になろうとしているよ。
最悪の報告だねこれ。
もうちょっとマシな事を言えるように現代の事を学んでいかなきゃマズい。せ、せめて君の故郷はこんな感じに復興してたよとか言えるようにならないと……!
そんなことを話したり考えたりしている間に、受付に着いた。
ダンジョンに繋がる鉄扉の横にあるプレハブ小屋。
既に探索者と見られる人が多く並んでいて、そこには昔漫画で見たような風景が広がっていた。
「おお……」
まるでファンタジーの世界にやって来たみたいだ。
剣や斧、それに槍。
流石に飛び道具を持ってる人は見当たらないかな。
でも皆個性的でオシャレな服装をしてる人が多くて、迷宮省職員の服を着てるのは僕と受付の人だけだ。
稲妻を全身から発する不知火くんを最初に見たから動揺はないけど、流石にちょっと感動するよね。
現代兵器ですら太刀打ち出来なかったモンスター達を相手に、これだけ沢山の人達が戦えるようになった。もう人類は無抵抗じゃない。上澄みは勿論だけど、そうじゃない人たちもこうやって戦える事実が何よりも嬉しい。
「さ、勇人さんこっち並んで」
「うん。許可証だけ見せればいいの?」
「そう! 内蔵されてるICチップで確認してるんだって」
今でも現役なのか、ICチップ。
「失くすと大変な事になりそうだな……」
「……3年前の事例で、紛失したことを隠して休業してた人の許可証を使って他国の人間が入ろうとした事がある」
「……どうなったのかな」
「潜入しようとした人は受付で捕まって無期懲役、失くした人は資格剥奪に加えて罰金2000万だった」
「うわ……」
うん。
管理はちゃんとしよう。
今は霞ちゃんに貰った小さなポーチとベルトを繋げてるけど、もう少し考えた方が良さそうだね。
「皆はどう保管してる感じ?」
「服の中に入れるスペース作ってます!」
「あぁ、最初からそれ用に作っとくのか。いいね」
僕用の服も作ってくれてるらしいから、今度連絡しておくか。
有馬くんが信頼できる業者に頼んだって言ってたけど、流石に若者が着るようなものじゃない事を祈ってる。これで若者向けの服だったら怒る。
「……な、なあ。ちょっといいか?」
「うん?」
他愛もない事を話していると、前に居た二人組がこちらを見ていた。
霞ちゃんや柚子ちゃんの様子から察するに知り合いって訳でも無さそうだし、これは……僕かな。
「ごめんごめん、うるさかったかな」
「い、いや! そうじゃないんだ、じゃなくて、です! 勇人さんっすよね!?」
「うん、僕は勇人で間違いないよ」
そう言うと、話しかけて来た男の子──多分20歳前半くらい──は、うおおおっと言いながら手を差し出して来た。
「お、お会いできて光栄です! 俺、
「前橋くんか、よろしく。僕は現代のダンジョンに関して素人同然だから、そんなへりくだらなくていいよ?」
「そ、そう言われても……」
「まあ、リラックスしてホラ」
握手すると、うひょおおっと叫んだ。
「ま、マジあざっす!! 暫く洗いません!!」
「いや、今すぐにでも洗って大丈夫だけど……」
「時間取らせてすみません! その、これまでの事になんて言えばいいかわからないっすけど……応援してます!!」
そう言って前橋くんは前を向いて、それきりこちらを見なくなった。
もう一人の男の子は最初から何も言わなかった。
なんていうか……本当に良く出来てるよね、現代の子って。
僕らの時代だったら有名人にサインは強請るし写真も要求するし、そのサインを転売するような恥知らずも居た。それが今やどうだ。握手で終わりだし、周りの人も目は向けるけど次から次へと群がってこない。
様子を伺うだけで、無理矢理会話しようとしてこないんだ。
前橋くんもちゃんと会話の合間を縫って話しかけて来たからね。だから僕らは彼の話を待ったし、聞いた。
「……変わったねぇ」
勿論、いい方向に。
モラルって観点において、50年前とは比べ物にならないくらい良くなった。
一度どん底を経験したお陰なんだとしたら、そこまでしなくちゃ良くならない事を嘆けばいいのか、今良くなったことを喜べばいいのか微妙な気持ちになっちゃうよ。
「……んふふ」
そしてそんな風に噛み締めてる僕を見て、なぜか嬉しそうにしてる霞ちゃん。
「なんだい」
「んーん、なんでもありません」
一体どういう感情なんだそれは……
流石にわからんぞ。
今の会話に喜ぶ要素なんてあったかなぁ。
「……はぁ。これからこれが当たり前なわけ?」
「面白くていい」
「アンタは他人事で良いわね……」
「柚子は早く御剣さんと良い仲になってね」
「バッ……!!」
霞ちゃんの感情がどんなものなのかを知る為に二人の様子を伺ったが、残念な事にいい手ごたえは得られなかった。
……ま、悪い感情じゃないだろう。
彼女の全てを知らなきゃ気がすまない、なんて束縛体質がある訳でもない。
これは知らなくていい事だ。
「……それはそれとして。柚子ちゃん」
「な、なによっ」
「もしかして御剣くんの事別に嫌いじゃないんじゃ────」
この後、受付が終わってダンジョンに潜るまで口を利いてくれなかった。
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