第46話
石切場で魔力をぶっ放す様子を配信し、それらのデータを持って改めて施設に戻って僕の再評価をした。最終的にこのデータを発表し、調査は一旦ここで終わりで、後は随時必要な時に呼ばれるらしい。
いい加減勉強やら何やらをしたいと思ってたしちょうどいい区切りだ。
そして施設で立花さんらを交えて色々話をしながら最終報告を待っていたのだが……
「なあ、有馬くん」
「なんでしょうか」
「これ、虚偽が混ざってたり……」
「しませんね」
「そっかぁ……」
魔力出力を調べるために制御できる限界ギリギリを
『勇人特別探索者』
魔力総量 AA+
魔力放出 AAA
魔力操作 AA+
魔力回復 A
攻撃 AAA
防御 A
速度 A
備考
『あくまでAを基準に測定値を当てはめたに過ぎず、これから先新たな区分になる可能性が高い。暫定の数字であることを留意すべし。この旨をHPにも記載する事』
「これ本当に発表するのかい? 荒れない?」
「荒れるでしょうな」
「なんとかなったり……」
「しませんね」
「そっかぁ……」
紙を持ったまま机に項垂れる。
他の一級と比べて異色すぎる。
霞ちゃんのステータスを見せてもらったけど、Aなんて何処にもないし、CやDが当たり前だった。一級でもBがあるのが当たり前なのに、僕だけふざけているのかと言いたくなるような並びをしている。
「自分の強さに頭を抱える事になるとはね」
贅沢な悩みだ。
僕にだって強さを追い求めた時期はあるから、その頃の僕が今の僕を見ればものすごく羨むだろう。それくらい力に差があるし、かつての僕とは比べ物にならないくらい強くなった。
強くなった。
間違いない。
死体を見る度に、誰かが嘆く度に、仲間が死ぬ度に、僕は強さを渇望していた。どんなことになってもいいから、今すぐ世界を救えるような強さが欲しいと、子供のような願いを抱いた。そんな都合よく何かが手に入る訳ないのに、それでも願ってしまった。
今は、誰も失わないような強さがこの身体にある。
それを得て悩むなんて、50年前じゃ考えられないよ。
「よいではありませんか。かつての恩人が現代でも認められて、儂も鼻が高い」
「期待を裏切らなかった事は安心してる。それはそれとして、ここまで騒ぎになるとなんだかさぁ」
晴信ちゃんに帰りの車で教えてもらったSNSを見れば、それはもう出るわ出るわ僕の話が。
トレンドも埋め尽くされてるし、配信の切り抜き映像も出回っている。
「霞ちゃんはどう思う?」
「え、私ですか」
「うん。僕より被害受けてるかなって」
「…………」
そう言うと、霞ちゃんは「い゛ーっ」って感じの顔をした。
「正直言えば怒ってます」
「だよねぇ……」
「あれは流石に怒って当然よね」
「うん。まさか霞と勇人さんが」
「ねえぇぇ! わかっててやってるでしょ!」
おっと、藪蛇だったか。
柚子ちゃんは呆れ顔で、晴信ちゃんは無表情よりの微笑みを浮かべているので、確信犯だね。
晴信ちゃんは良いトコのお嬢様だけど、中々愉快な性格をしているのかもしれない。
「僕としては好きに遊ばせて、ダメな部分はダメだと締めればいいと思ってるんだけど」
「それでいい。変に反応すると、余計拗れるから」
「だってさ、霞ちゃん」
「うぐっ……」
基本的にはダンジョン発生前のネット環境とあまり変わらないっぽいね。
あの頃と何が違うかと言えば、漠然とした焦燥感やら絶望感みたいなものが無い事かな。
大分緩やかで和やかな空気がある。
僕を揶揄するコメントは多いけれど、嫌いだとか憎いだとか誰かを攻撃するために言っているものはあまり見受けられない。僕の仲間が聞いたらビックリすると思う。ネット環境が辛うじて生きてた時は、もう本当に、最悪だったから。
「いいじゃないか、平和で結構。僕で色々遊んで楽しく生きていけるなら逆に推奨したいくらいだ」
まあ、うら若き乙女である霞ちゃんにとってはそれどころじゃないかもしれないけど。
もしこれで彼女が異性と付き合えなかったらどうしようか……
責任の取りようがないぞ。
『もし行き遅れても気にする事は無い。私の役割は果たして来たからな』
脳裏に浮かんだのは在りし日の彼女。
寂しそうな顔で女としての幸せなんてもういらない、と言ったあの表情はどう見ても諦観に包まれていた。霞ちゃんが彼女のように色々諦める姿は見たくないので、この娘が結婚出来るように尽力しなければと気合いを入れ直す。
「霞ちゃん」
「な、なんですか」
「好きな人っている?」
瞬間、空気が死んだ──ような気がする。
人がいる所で聞いたのがマズかったかな?
でも二人きりの時に聞くのは、それはそれでキモくないか……? 一対一で話してる時に好きな人がいるか聞いてくる男って、客観的に考えてどう見てもそういう目線で見てる奴だろ。流石にそのくらいはわかる。
だからそういう意図はないよと伝えるためにもここで聞いたんだけど……
「…………勇人さん」
「なんだい?」
「これ以上は霞が可哀想」
晴信ちゃんが憐れんだ表情で言って来た。
そ、そっか……何で可哀想なのかはわからないけど、やめておこう。
もし霞ちゃんに想い人がいるなら、これまでの僕の発言が全て最悪すぎるから何とかしなくちゃいけない。ていうか彼氏とか居ないの? こんなに可愛い娘に彼氏がいないとは思いにくい。なぜなら、50年前では大体かわいい子に彼氏が居たからだ。
現代の若者……一体どうなってるんだ……?
「それに……」
「そ、それに?」
「もう今更手遅れ」
霞ちゃんは俯いているので顔が見えない。
怒ったり悲しんだりと情緒不安定だが、大体僕が原因なので申し訳なく思う。
ここは話を元に戻して事なきを得よう。
「えーと……じゃあ、とりあえずこれで発表するのはわかった。僕のアカウントは自由に使っていいのかい?」
「構いません。もし面倒に感じたなら迷宮省側で対応しますので、気軽にお申し付けください」
「有馬くんは使ってるよね。配信でそんなコメントを見たぞ」
「使っておりますよ。基本広報用ですから、普段使いはしていませんが」
霞ちゃんのように生存報告するだけではないっぽい。
なんでも地元でやるイベントとかにゲストで呼ばれたりするから、そういう時に広告をするのだとか。
人気商売なんだから、ちょっとくらいサービスしないとね。
「それと、これからの予定についてですが」
「ああ、話の腰を折ってごめん」
そうだった、忘れてた。
「自由に過ごしていただいて構いません。海外に出る事は許可できませんが、日本国内であればどこでも大丈夫です」
「太っ腹だねぇ……」
「最初の生活費に関しては、我々の方から融通させていただきます。無論無償で与える訳にはいきませんので、魔力を納めて頂く形になりますが」
それは問題ない。
寧ろ、僕の能力で魔力を納めない方が問題だ。
上の人達しか知らないけど、ご飯を食べたり水を飲んだりすれば魔力が回復するからね。味覚が無いから全然楽しめないデメリットはあるが、それは僕個人の問題なのでどうでもいい。
「ダンジョン特区には寝泊まり可能な宿舎もございます。探索許可証を提示すれば基本利用可能です」
「それなら暫くは大丈夫かな。賃貸を借りれるくらい安定した収入を得られるようになったら本住まいを考えるよ」
「相談にはいつでも乗りますぞ」
「はは、頼もしい」
とはいえ、それはまだ先の話になる。
ダンジョンの勉強をしながら、現代の事を学びつつ、ダンジョンの浅い所で肩慣らししていくのが無難かな。
そんな感じでこれからの事を何となく組み立てていると、有馬くんが立ち上がった。
「…………では、儂はこれで。これからは職員が直接メールやら電話やらを寄越すでしょう。儂は、今日付けで九州に戻ります」
「おっと……そっか。そうだよね。ありがとう」
「あ! ありがとうございました……!」
俯いた状態から復活した霞ちゃんと共に、頭を下げる。
「お気になさらず。儂はあなたにもう一度会えて、何よりもうれしく思っております」
「僕もだ。あの頃を知る君に会えてよかったよ」
「ふふ……身に余る光栄、感謝いたします」
すっかりしわくちゃになった手を握って、握手する。
こんなにしわくちゃなのに、力強い。
50年……そんなに長い間戦い続けて来た彼の心労は、想像も出来ないものだっただろう。
「道長」
「なんじゃ」
「儂の手が届かない分、勇人さんの事は任せた」
「……儂、一応一般人なんだが」
「誰もそんな風に思って無いから安心しろ。勇人さん、有事の際はこやつを頼ってください。生意気ですが力はあります」
「散々な言われ様じゃなぁ……」
「自業自得だ」
ワハハ、と笑い飛ばしながら、立花さんははっきりと頷いた。
「……勇人さん」
「なんだい?」
「…………いえ。なんでもありません。またお会いしましょう」
そう言って、彼は扉から出ていく。
扉が閉まって、廊下を歩く彼の音も聞こえない。
防音性に優れているのは良い事だが、少し、寂しい。
……………………。
扉を開いて、廊下を歩く有馬くんの背中を見つけた。
「有馬くん!」
声をかけると、彼は驚いた表情でこちらに振り向いた。
「会いに行くよ! 平和になった世界を見た後に!」
50年前、九州の戦いの後。
僕らは再会を誓い合った。
互いに死を覚悟した戦いを続ける中で、それでも、平和になった世界で会おうと約束を交わした。仲間を失ったショックに苛まれながら、立ち止まれないんだと言い聞かせる為に。
結局それが果たされる事は無く、僕らは次々と命を落とし、最後に生き残った僕はダンジョンの地底に閉じ込められた。
きっと、僕に会えるとは思ってなかっただろう。
彼は忘れてるかもしれないけど、僕は覚えている。
これはある意味、彼と僕の清算でもある。
この平和になった世界を見て回ってから、改めて彼に会おう。過去に区切りをつけ、真の意味で前を向けるようになって、そうしてようやく約束が果たせるのだから。
「────……!! ええ、また!」
とても年齢を感じさせない元気な仕草で手を振りながら、有馬くんは答えた。
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