第100話

 会議室に向かう前に、僕、香織、忠光くん、その他数人の職員を伴い別の部屋へとやってきた。


 窓がない。

 扉を開いて中に入ると、中で更に部屋があった。


 まるで取調室のような外見。

 ガラス張りで中の様子が見えるようになっていて、遠目からでもわかるくらいには魔力がぼんやりと反応している。


「ここは……」

「探索者専用の勾留施設です」


 ──探索者は通常の人間よりも強い力を持っている。


 魔力もそうだし、身体能力もそうだ。

 三級以上にもなれば魔力で建物を破壊するようなことだって出来るようになるし、四級以下であってもそれは同様だ。ちょっと魔力を扱える程度の人間を一捻りするのは容易である。


 故に専用施設があるのは特におかしなことではない。


「今から二十年ほど前でしょうか。ちょうど私の同期が一人、事件を起こしました」

「事件……あんまりいい話じゃなさそうだけど」

「ええ。アイツは潜めるタイプのサイコパスだった」


 そう語る忠光くんの表情は暗い。


「ダンジョン内部で殺人を犯し、私が取り押さえた後に警察へと引き渡しましたが……」

「……なるほど。警察を相手に大暴れしたわけか」

「はい。それ以降養成校の入学条件には精神的な要素が加わり、探索者が犯罪者となった場合の想定が足りなかった為このような施設が作られることになりました」


 一定数そういうヤバい人はいるから仕方ないとは思う。


 僕もそこまで人に夢を見ちゃいないよ。

 普通の人だって極限状態に追い込まれると考えられないような暴挙に出る事もある。ましてや、ダンジョンで命の奪い合いをずっとしてるんだ。


 おかしくなるには十分すぎるよ。


「この国を救うため戦ったお二人に、このような部屋を案内するのは心苦しいですが……」

「なに、地底より居心地はいい。気にするな」

「そうだね。僕らにはちょうどいいかも」


 顔を見合わせて笑い合ってから部屋の中に入る。


 僕らにとって部屋の居心地なんてものは可愛いもんだ。

 野営、野宿、モンスターが居る地域の洞窟で息を殺して一夜過ごしたことだってあった。それに比べれば現代の施設はどこを見ても高級ホテル同然さ。


 部屋の中は非常に簡素で、テーブルが一つに椅子が二つ。


 僕らの様子を見るための監視カメラが一つあって、鏡はマジックミラーだからこっちから見る事は出来ない。


「さ、どうぞ」

「ありがとう」


 椅子を引いて先に座らせてから、僕も対面に座る。


「この会話は聞こえてるのかな? 聞こえてるならアクションして欲しい」

『──プ、はい、聞こえています』

「問題があると判断したら介入してくれて構わない。ただ、出来るだけ僕らに任せてくれるか」

『わかりました。ただ……土御門さんの会話可能時間は三十分は確保していただきたい』

「わかった」


 どの道そんな時間はかからない。


 試せることはちょっとしかないしね。


「それで、私は何をすればいい? なんだっていい、協力しよう」

「そうだねぇ……手、出してもらえる?」


 スッと差し出された手を優しく握る。


 正直な事を言うと、僕は今ここで問題を解決できるとは一切思っていない。


 この問題は根深い……というか、勝手にやっていい事じゃないと思うんだよね。


 香織の言う事を信じるなら、彼女は死体だ。

 魔力を動力として動いているスケルトンと全く同じ、違うのは、自我があり人の姿をしているかどうか。

 それだけだ。

 だから彼女を真の意味で自由に動かすためには蘇生しなくちゃいけない。

 霞ちゃんにやったように、支配権を得るくらい完全な配下として。


 それは越権行為だ。

 何も考えず僕の好みで配下を増やす事を是とする訳にはいかない。もしそれをしてしまえば、僕はモンスターと何も変わらなくなる。


 だから出来る事は少ない。


 握った手を通して、少しずつ魔力を移していく。


 あくまで僕が生み出している魔力を少しずつ、彼女の肉体に満ちるように、だ。


 これは彼女の根幹を揺らがす事にはならない。

 あくまで空いた器に魔力という水を注いでいるに過ぎないからね。

 共に死体を弄る能力を持つ同士、僕と雨宮紫雨の魔力的相性──そんなものがあるかは知らないが──は悪くないだろう。


 彼女が完全に闇に落ちているなら、この魔力を利用して暴れる可能性もあった。


 だからあの場ではやらなかった。

 それを香織もわかっていたから言い出さなかった。


 ここならこちらに翻意が無い事を示しつつ、最悪の事態に備えられる。


「……一応確認しておこう。これから僕は君に魔力を渡す。この魔力は君自身に馴染むわけじゃなく、上手くいっても活動時間が伸びるだけだ」

「それがベストだ。魔力の扱いに関して取り決めは?」

「これから決める。一般的な法律に当て嵌めていいかは正直微妙だけど、免許を持たない人間向けの規定があるからそれで最初はいいんじゃないかな。細かい内容は扱えるようになってから決めればいいと思う」


 一ヶ月近く学ぶ時間があったからそこら辺は把握している。


 ここに来るまでに僕がやった移動方法は基本的にあまり褒められた行為ではなく、迷惑行為と表現するのが適切だ。

 それでもやったのは時間がないから。

 そして緊急事態であるから。

 最後に、僕にはそれをしてもいい権利があったから。


 特別探索者の肩書きは決して軽くはない。


 魔力というものを自由に扱うには相応の地位や資格が必要なんだ。


「問題がなければ香織も探索者としての立場を得られる。だからまあ、今だけの辛抱だね」

「……学ばなければならないことがたくさんだな」


 全く同じ感想を抱いた者として激しく同意したい。


 忠光くんは無言だし、今の内容で基本問題ないと判断。

 流し込んでいく魔力の量を増やしていく。


「──もしも私が敵だったのなら、この魔力を元に奇襲を仕掛けるが……」

「ありがちなシチュエーションだ。死んだと思っていた兵士が現れたと思ったら実は謎の生命体に身を侵されていて、異形になって襲ってくるやつ」

「…………もしも、もしもだぞ。私がそうなった場合は……」

「わかってる。殺すよ」


 香織自身は記憶を保有しておらず、罠として仕掛けられている可能性も否定できない。


 雨宮紫雨が完全に敵で、魔力が満ちたことをトリガーに意識が切り替わる、なんてこともありうる。


 念には念を。

 ありえないなんてのはありえない、僕の好きな言葉であり、嫌いな言葉だ。


 大体魔力が八割ほど満ちた頃、手を離して様子を見る。


 僕の全力はともかく、それなりの攻撃くらいなら防げるであろう壁越しに、複数の視線が僕らの行く末を見守っていた。


 魔力が全身に満ちた状態で、香織が瞳を閉じる。


 嫌な空気だった。

 少しばかり頭の中をよぎった悪い予感。

 それを強引に薙ぎ払い、アクションを起こすまでじっと待った。


「……………………」


 およそ一分。

 先ほどの抱擁よりも長い時間をかけて己の身体を確認した香織は、目を開いて立ち上がった。


「勇人」

「ん」

「いくつか質問をしてくれ」

「──君の名前は?」

「土御門香織」

「一緒に戦った二人の名前を」

「黒田綱基、遠藤澪」

「人類の盾として君は死ねるか?」

「必要ならば即座に捨てよう」

「モンスターを殺すために命を捧げられる?」

「是非もなし」


 全て即答した。

 勇人として投げた質問も、勇者として投げた質問にも。


 総合的に判断して、土御門香織本人だと思う。


「…………うん。問題ないと思うよ」

「これから魔力を勝手に使用しないことを誓おう。もしも使用する片鱗が見えた時は、勇人。お前に任せる」

「そうだね。それと忠光くんにもお願いしたい」

『私ですか? 構いませんが』

「エリートが敵対している現状、こっちの疑いも拭いきれないだろ? 僕を信用し切らない方がいいぜ」

「……お前、その顔でそういうこと言うのやめた方がいいぞ」

「えっ……」


 香織に真顔でそう言われた。


 ちょっと……ショックだ。


 そうか……

 やっぱり僕の顔は胡散臭いんだな……


 他の誰に言われてもそこまで気にならないけど、香織に言われると少しだけ凹む。


 明らかに気落ちした僕を見て驚いたのか、彼女は慌てた様子でフォローをしてくる。


「違う! ええと、なんだ。私は嫌いではないし、どちらかといえば好みだが……知らん人間が見たら怪しいと直感的に感じやすいんだ。だからやめろと言っただけだ」

「あ、なんだ。それならいいや」

「は?」

「君に嫌われてないならそれでいいよ」


 ていうか僕は君を参考にしてるんだから、どっちかというと香織の言動こそ改めるべきなんじゃないか?


 そう言ってやりたかったが、口角を歪めニヤニヤと嬉しそうな表情のまま「なんだそれは」と呟く香織を見て、どうでもいいかと飲み込んだ。











「────……接続が切れた?」


 ダンジョンの奥底で一人、適度に配下を生み出していた雨宮紫雨が異変に気がつく。


 彼女が蘇らせた女性、土御門香織とは魔力的なパスが繋がっている。

 他のスケルトンとも繋がっているがそれらよりは弱く、しかし決して途切れるようなものではない。


 リッチという種族は文字通り不死者の王。

 死を司るノーライフキングであり、万全の能力を持つ者ならば島一つ丸ごとスケルトンで覆い尽くす程度のことは容易い。


 無論リッチとして意識を持ち始めてから短く、人類としての意識を持っている彼女ではまだまだ万全とは言い難いが、それでもその繋がりが他者によって介入されるようなものではないと本能的に理解していた。


 これまで一人で実験を重ね判明しているうち、パスが途切れる理由は一つ。


 パスを繋いだ配下が物理的に討伐された時のみだ。


「…………うまく行ってることを、祈るしかないか……」


 追い込まれてはいるが、彼女は探索者として立派な戦力として数えられる程度には優秀であった。


 精神的な訓練も受けており、極限状態であってもある程度冷静に物事を考えることが可能である。


(魔力を送ってから二十分と少し。魔力を使ったとしてもパスが途切れるわけがないし、物理的に討伐されたにしては揺れ・・が無さすぎる……あ、待って。そういえばあの人って確か、私と同じって言ってなかった?)


 脳裏に浮かぶのは一人の男。

 以前自分を含めた上位個体複数人で相手取り、一撃も与えられないどころか逆に討伐されそうになった人類側の最大戦力。


 そして、蘇らせた土御門香織と関係が深い人物。


(……一番最高なのは介入してもらえたパターン。最悪なのは、討伐されたパターンね)


 ふぅ、と息を吐いた。


 考えてもしょうがない。

 どちらにせよ、紫雨が出来ることなど何もないのだ。

 同じ上位個体達は皆人類に対して敵意を持っていて侵攻することに違和感を抱いていない上、自分の能力が鍵になると期待されている。


 その中で本当は人類としての意識を残しているとバレればどうなるか、想像に難くない。


(まだ、まだ大丈夫。希望はある。前よりもずっと……)


 一人きりで待っているわけではない。

 少なくとも今は、上に同じ目的を持つ仲間がいるのだ。


 しかもその女性はダンジョン黎明期にて人知れず世を救うために活動していた勇者たちの一人であり、記憶を辿りそれらが嘘や誇張ではないことを知っている。


 それが何よりも心強く、暗闇の中でほんの小さなものではあるが、明かりが灯っているように感じた。

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