第177話

(……やはり、私の知らない何かが合ったのは間違いないようだ)


 龍王との対話を終えて一人思考に耽る捻れ角の男。


(武功を求める我々と、統治を優先する文官。この二つが合わさることは決してなかったのだから、そういう裁定を取ったことは理解出来る)


 戦場を求めた武官。

 治世を求めた文官。

 強力な種族であればあるほど治世などというまどろっこしいものに対する理解はなく、また、矮小な種族であればあるほど暴力に対する忌避感は強い。

 その溝は年々深まりつつあったし、いずれ決定的な対立が起きるのは目に見えていた。

 武官であるが文官よりの思考も出来る男からすれば、そりゃそうするだろうと納得しかない。


(厄介者を侵略の名目で堂々と送り出せるのだから、私でもそうする。やはり、この考えで間違いはないか)


 抱いていた疑問は確信に変わりつつある。

 なぜ我々を別世界へと送り出したのか。

 大将級の強者、それぞれ海と空の支配者を送り出したのはなぜだったのか。そして、なぜ両名は反発することもなく従ったのか。

 確かに数が増え過ぎていた。

 治世は滞りなく進み繁栄は加速した。

 土地は減り、すでにあちらの世界で開拓の進んでいない地域など存在しない。

 山も空も海も何もかも、モンスターで溢れかえっている。


 数が増え過ぎたから減らします、は出来なかった。


(武官とはすなわち、生に飽きている者達だ。長寿が故に根本的に受け身で消極的、流れに身を任せて生きている。刺激があるから戦いを好んでいる者が多いのだから、異世界で戦ってこいと言われれば飛びつく)


 龍王がなぜわざわざ人前に姿を晒したのか。

 無論、あれが無駄というわけではなかった。

 あの場所で暴れられれば作戦に支障が出た可能性もある。ティターンは軍勢を作るので忙しく、ウルピスや自分が相手をしたところで殺されるオチだ。故に龍王が出張り、仕掛ける日まで待てと脅しをかけたのは、間違いではないのだ。


 だが、それはそれとして、そんな合理的な判断だけで行ったわけではないのはわかっていた。


(…………とはいえ、今更変えようがない。門の向こう側から誰も来なかったとしても、ただでやられるのはあまりにもつまらない)


 このまま行けば龍王はともかく自分が生き残るのは難しいと思っている男は、援軍が得られないことで生存出来る確率が限りなくゼロになったことを悟った。軍を率いるティターンや龍王とは違う。男も、そしてウルピスと呼ばれたこちらの世界で生まれた幹部級も、あの怪物を前に生き延びる実力は持ち合わせていなかった。


 故に思考を変える。

 最終的な目標は変わらないが、目的を変えることにした。


(これまで我々が行ってきた所業を考えれば降参など許されるわけもないでしょうし、何より……勇者がそれを許さない。ならば出来ることは、嫌がらせくらいのもの)


 はぁ、とため息を吐く。


 自分達魔族を救った魔王に憧れていた。

 魔導を極め卓越した指揮を披露し、強大な種族の王とすら対等に渡り合った魔王に。その憧れは今でも変わらないが、胸には切なさが宿った。


 自分なりに忠誠を尽くしてきた。

 だがいずれ武功を求めるようになると自覚もしていた。

 今は政治に比重が向いていたとして、いずれ戦いを求めるようになる。それが魔物だ。それが魔族だ。そういったものをすべて排除して世界の統治を行える魔王こそが異端なのだ。


 だからそこに対する恨みはない。

 頭では政治の大事さを理解している男は、むしろ魔王に謝罪した。


「私ではもう役に立てそうにない。申し訳ありません、魔王様……」











「──よい。妾は許す」

「……どうされました?」

「気にするな」


 政務室にて外を眺めていた女が突然喋り出したことで、副官を務めていた魔族が疑問を呈するが、女はそれを一蹴した。


「……バナダクトも、すまんな。お前の求める物を用意してやれなかった」


 呟きは側に仕える魔族の耳に入るが、それを聞くことはなかった。

 遮断する魔導により女は己の周囲に音が漏れないようにしたのだ。

 故に、外を見ている女の顔を窺えるものは居ない。


「こちらに残った連中にも狂い始めた奴がいる。やはり魔族というのは、何かを殺さずには居られんのだな」


 その表情には諦観があった。

 その言葉には哀愁があった。

 寂しそうに呟く言葉は誰の耳にも入らない。

 魔族。

 側頭部に欠けた角が生える女は、それでもと続ける。


「それでも、妾は諦めん。魔族にも繁栄はあるはずだ」


 瞳に映るのは窓の外、青く広がる空ではない。


 彼女の瞳は遥か彼方を映していた。


「きっと、きっと見つけて見せるぞ。魔族繁栄の道を……!」

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