第5話


「それでその、勇人さん」

「なんだい?」

「一つ、あー、二つくらい話さないといけない事がありまして……」


 握っていた手を放してから、すごく申し訳なさそうな表情で霞ちゃんは切り出した。


 ふむ。

 隠し事の一つや二つや別にどうだっていい。

 僕だって意図的に話してない事はあるし、霞ちゃんを完全に信じ切っているわけじゃない。いや違うよ、パートナーとしては信じてるさ。でもまだ出会って数時間に過ぎない関係性なんだから、全て曝け出すには早すぎるだろ? 


 だからそれを咎めるつもりは一切ないんだけど、唯一気になっている部分について指摘してみる事にした。 


「それは、そのモノクルが関係していたりするのかな」

「っ、え、なんで……」

「妙に意識を割いてたからさ。ごめんね、女の子を観察するのは些か気が引けたんだけど」

「あ、ああ、そういう事か……」


 驚きで目を丸くしていたが、理由を聞いて納得したのか「んんっ」と咳払い。


 一体何を話すのだろうか。


 モノクルが関係していること……ただの視覚補助だけではない……? 


 正直何も思い付かないので続きを促すと、これまた深刻な表情で言い淀んだ。何度か口を開いては閉じて、けどそれも数えるほどの回数を経てから観念したのか、そのまま腰を曲げて僕に頭頂部を見せつける。

 端的に言えば、綺麗なお辞儀だった。


「……ごめんなさい! 実は、ついさっきまでの会話を配信してました!」


 …………。


 …………? 


「配……信? それってその、動画の配信とかそういう……」


 僕の問いかけに、彼女は頷く。


 そうか、動画配信か……

 さっきの発言にも納得した。

 自己紹介で引っ掛かった場所があったんだけど、その内容を簡潔に説明されたからね。


『私の名前は雨宮あまみやかすみ。職業はダンジョン探索者兼配信者で、目的は──15年前にダンジョンで消息を絶った、姉を探すこと』。


 このダンジョン探索者兼配信者という部分が引っかかっていたのだけれど、なるほどなるほど。


 詳しい仕組みやら何やらはわからないけど、何をしていてその結果何が起きたのかは理解できた。


「つまり──僕らの話は筒抜けだった、ということだね」

「…………はい。本当にすみません」

「謝る必要はない。驚いたけど、当然のことだと思うし」


 だって、死にかけの状態でふらふら彷徨い歩いて辿り着いた宝物庫の奥から出てきた50年前の人間を名乗る謎の男だぜ? 


 現代で必要とされる許可証も持ち合わせてない、魔物混じりだと嘯き、スケルトンを従えて、地上に出るのに協力しろと言ってくる不審者。


 冷静に考えて、身の危険を感じないわけがない。

 逆によくあそこで話を聞いてくれたと感謝こそすれど、怒りを覚えることなんてあるわけがない。これで逆上でもしようものなら、天国にいる仲間に怒られちゃうだろうね。


「それに、止めてくれたんだろ? なら僕から言うことは特にないさ」


 そう言うと、頭を上げて何とも言えない戸惑った表情をした。


「……私が言うのもなんですけど、そんな簡単に許していいんですか? 信頼を全て損なうような行為じゃないですか、これは」


 ……なるほど。

 この娘、真面目だ。

 それもとびきり真面目なタイプ。


 確かに、ずっと秘密の会話を垂れ流しにされていたのは驚いた。だがそれは彼女の立場を鑑みればそれは当然のこと。それでも改めて手を組もうと言った際に詫びを入れ尚且つ許されることに戸惑うってのは、よほどの腹黒じゃないとやらないだろう。


 これが演技ならとびきりの役者だが、そういうタイプじゃないのはこの数時間で理解している。


 なので結論としては、これが素の性格なんじゃないか、という着地点だ。


「それならそれでやりようはある。僕があえて君に秘密の協力を取り付けていたのは、バレたら面倒ごとになると判断したからだ。いっそバレてしまったのならそれをベースに計画を練ればいい、違うかい?」

「それは、そうかもしれませんが」

「不義理を働いたと思ってるのかもしれないけど、気にするな。どうしても気になると言うなら、一緒にこれからのことを考えて欲しい」

「……はいっ」


 うん、これでひとまずいい感じだ。


 それにもっと酷い悪意に嵌められた事もある。

 比べれば全然マシだ。


 僕は彼女と組むと決めた。

 霞ちゃんにNGを出されるまではその腹積りでいる。

 まあ、露骨に売られたとしても恨みはしない。それが護国に繋がるのなら。


 これしか僕には無いんだ。


 そんな事はさておき、前提が崩れた今どうするべきか考えよう。


「配信ってさ、どれくらいの人が見たのかな」

「えっと、同接が15万くらいで、他SNSでも拡散しているみたいで……」

「……なんとなくわかった。噂になるには十分すぎるね」

「仰る通りです……」


 と、なると……ここは世論を調整する方向で行くのがベストか。


 色々暴露しちゃったから、これが影響するのかも気になる。例えば人語を解するモンスターの存在、例えば僕がモンスターの呪いを浴びて半分人外になっている事実等々が、どう作用するか。


 与太話程度で収拾がつけばありがたいんだけど。


 ……それにしても、配信、そうか、配信。


 すごい世の中になったものだ。

 ダンジョンで戦う姿を配信してるってつまり、この戦いを娯楽として提供しているんだろう? それはね、凄いことだよ。それだけ情勢が安定していると言う事であり、ダンジョンのある世界として適応したんだなと理解出来た。


 それなら僕の願いは歪なものになるかもしれない。

 この世界からモンスターを駆逐して、ダンジョンを閉じる。


 それが僕の理想だった。


 でも、ダンジョンが立派な産業になってしまったのなら、それは望ましい事じゃなくなる。


 ──情勢を知らないと動く事もできない、か。


 甘かったな。

 でもまだ取り返しはつく。

 僕は全てを救えるような救世主にはなれなかったけど、足掻く事を諦めることはしない。こうやっていないと生きていられない時代だったからね。自然と鍛えられたんだ。


 後悔している暇はないぞ、勇人。

 お前は腐っても勇者だろ。


 考え続けるんだ。


「……僕の存在が公になったのなら、それはそれで利用できる。堂々と正面から出て直接交渉するのもアリだと思うんだけど、霞ちゃんは何がいいと思う?」

「私としては、勇人さんにどうこうする訳がないと信じたいですが……」

「念には念を入れてだ。僕だってそう思いたいけど、最悪だった頃の世界を知ってるからね」


 ありえないとは言い切れない。

 今でも水面下で覇権を奪い合ってないと、誰も証明できないだろう。50年もの間日本が滅んでなかったのは嬉しいけど、非道で倫理も道徳もない裏側を抱えている可能性は拭えないんだ。


 僕はともかく、霞ちゃんに不利益を与えない形に納めたい。


「……あっ」


 どうしたものかと困っていると、彼女は何かに気が付いたかのように声を上げる。


「何か思い付いた?」

「思い付いたと言うか、思い出したと言うか」

「いいね、教えてよ。正直何も思いつかなくてね、行き当たりばったりな策しか無いんだ」


 呆れるくらい現代の情報が不足している今、僕がこの状況で誤魔化す手段を思いつける訳がなかった。


 もしも解決策を導けるのならば、あんな風に仲間達を失うことは無かっただろうから。


「さっき言っていた配信とも関係してる話なんですが」

「うんうん」

「配信のコメントで、捜索隊が来てるらしいんです」

「……あっ、そっか。元々行方不明扱いだっけ?」

「……ほぼ死亡判定されてました」


 やや悲しそうな表情で呟いた。


 残念ながらそれを励ますスキルは僕には無い。


 なんてったって半死人のようなもので、死にかけの彼女を無理やり生かした挙句ちょっと人外混じりにした張本人だ。


「……で、それはまあ、いいんですけど」


 あまり良くなさそうだとは言わなかった。


「捜索に来ているのは二人で、私より圧倒的に格上の方です」

「格上?」

「はい。探索者としての資格も実力も、比べ物になりません。……これを」


 そう言いながら霞ちゃんは懐から手帳のような物を取り出した。


「これは私達に支給されている探索許可証で、資格に応じて入場可能なダンジョンが定められているんです」

「あぁ、なるほど。そうやって管理してるんだ」

「全部で階級は8つに分かれていて、私は上から数えて四番目。今回捜索に来るのは、一番目の人達です」


 ……つまり、国の内情に最も近そうな人が来るわけか。


「それは何ともまあ、手間が省けるというか」

「利用しない手はない、そう思いません?」

「ああ。是非とも会っておきたいね」


 霞ちゃんと頷き合う。


 しかしアレだね。


 霞ちゃんって、思ってたより強かでしっかりしてる娘だ。


 真面目なんだけど真面目一辺倒な思考に囚われる訳でもなく、柔軟な思考が出来る。それこそ昔の僕なんかよりよっぽど優秀だよ。

 

「? なんか付いてます?」

「いいや、なんでもない」


 思わず羨むように見てしまった。


 僕にその優秀さがあれば、仲間達を失わずに済んだのかなって。

 

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