第101話

『なるほど。当人で間違いないと……』

「あくまで現状はそう認識せざるを得ません。もしも彼女が土御門香織の振りをしたモンスターだった場合に備え勇人特別探索者に付けるのが最善かと」

「裏切りの可能性は? 勇人特別探索者に異常が起きた場合誰が抑える」

「考えるだけ無駄な気はしますが、私が身命を賭して止めます」

「念のため一級・二級各位に通達しておくのがいいでしょうね。勇人特別探索者が暴れた場合のマニュアルは確か……」


「…………おい、おい、勇人」

「ん?」

「お前、何をやったんだ?」

「何もしてないよ。強いて言えば……力比べしたってトコロだね」


 不知火くんとの戦いは全国の迷宮省で共有されているらしく、そのお陰で僕と初めて顔を合わせる職員も「うわっ化け物だ」と言いたげに強張った表情をする。

 でも別に悪い気はしない。

 なんて言うんだろうな……強さに対する理解が伴っているから、だろうか。


 昔はただひたすらに「化け物」と思われていたけど、今は「化け物のように強い人間」として認識されている気がする。


 だから何と言うか、敬意が根底にある。

 向けられるこっちからすると少し気恥ずかしいんだけど、まあ、嬉しいよ。


「それだけで要注意人物扱いされるか、普通」

「されてるんだからしょうがない。僕がどうしようもない奴なのは君が一番知ってるだろ?」


 肩を竦めると、香織が呆れた表情で溜息を吐く。


 会議室はああでもないこうでもないと議論が繰り広げられている。


 活動時間の問題は一旦クリア出来たし、僕らは睡眠を必要としていない。そうなればこの会議である程度の事を決めておきたい思惑が重なりこうなったのだが、深夜だと言うのに白熱している。肯定的な意見ばかりではなく、流石にリスクがあるのではと危惧する声もありまだ収まる気配はない。


 僕と香織は渦中の人間でありながら、どの方向に流れていくかをじっと観察している。


 これは事前に決めていた事だ。


 今回の会議、あまりにも飲み込みがたい結論以外は静観すると。


 香織が持ってる情報はそこまで多くなく、判明したのは鹿児島にあるダンジョンの未発見部分に雨宮紫雨が居る事。

 彼女が人としての意識を保っている事。

 人類側に合流する意志がある事。

 そのタイムリミットはそう長くない事。


 これくらいだ。


 実際生み出されてから数日しか経ってないらしく、香織は現状把握もままならない状況で地上に出てきた。情報は自分で集め、重要人物が集まるだろうと思われる福岡を目指したはいいが活動時間が深夜にずれた事で堂々とした行動も出来なくなり……そして、僕と出会った。

 情報源として扱うには些か力不足。

 だが彼女の存在はこれ以上ない程の事件でもあるため、この一件の取り扱いは非常に繊細なものになるのは間違いない。


 魔力の問題もあるし、しばらく彼女が自由に動くことはない。

 だから最初から譲歩し人類側に主導権を握らせる事で、少しでも信じてもらえるようにする……それが、静観する理由だった。


『しかし気になる事もある。タイムリミットとはどういう意味での限界を示しているんだ?』

「ああ、それは僕から答えよう」


 モニター越しに鬼月くんが発した疑問に割り込む。


 こればっかりは多分、僕と香織以外は理解しにくいだろう。

 僕には実体験があるから何となくわかるんだ。


「モンスターに飲み込まれるか否か、その分水嶺だってことさ」

『…………飲み込まれる可能性が今からでも存在していると』

「うん。僕もやりすぎれば危ないだろうね」


 あの時は驚いた。

 五十年生きてきてあんな風に思考を誘導されたのは初めてだったから猶更。


 いつの間にか静まり僕の話に傾聴する会議室の中、淡々と言葉を続ける。


「本当になんでもないタイミングで、ふと頭の中に浮かぶんだ。『人を殺せ』、『人類を滅ぼせ』って。リッチとしての力に理解を深めて行けば行くほど頻度は増すんじゃないかと僕は睨んでる」

『……それが事実であれば、雨宮紫雨の確保は最優先した方がいいでしょうな』

『しかし備えが足りていない。地上に出た段階で能力を使用されたら五十年前の焼き増しになるぞ』

「それに関しては九州地方の一級を総動員してどうにかするしかない。最悪不知火を呼びつけても構わないな?」

『……それくらいは何とかしよう。アイツなら一時間もあれば九州に到着するだろう』


 隣に座る香織が、心配そうな視線を向けてくる。


 言ったようにはリッチとしての深度を深めない限り大丈夫だと思うんだよね。五十年耐えれたのには相応の理由があると思うし、霞ちゃんを配下に加えた事で僕の能力が少しだけ伸びたんだろう。


「今は大丈夫だよ」

「……そうか。お前は色々隠そうとするから心配だ」

「ははっ、昔程自分に理想は抱いてないつもりだぜ」


 それに、おちおち闇落ちしても居られない。


 香織が復活したというのに、ここで僕がモンスターになるとか……許し難いだろ。


 せめてあと数十年はたっぷり過ごさせてもらわないとね。

 命を遣って国を守った報酬としては安すぎるくらいだ。


「後はまあ……今は、僕だけの命じゃないしね」


 この手で救った少女が居る。

 僕は彼女を強くすると決めたし、その成長を見守ると決めた。

 これから何十年か後に僕を超える程強くなってもらわなくちゃいけないから、無責任に投げ出すような事はしないよ。


 その意図を含めた発言だったのだが、何故か香織は大きく目を見開いた。


「な、…………そう、なのか」

「……? うん。(霞ちゃんを)育てなくちゃいけないからね」


 ピシリと表情が固まった。


 そうして何度かパクパクと口を動かしてから、諦めた様に項垂れる。


「えっと……どうしたの? 大丈夫?」

「……ああ、大丈夫だ。ふふ、まったく……お前は本当に…………いや、当然か。放っておかれる筈もない……」


 なんか俯いてブツブツ言いだしたんだけど……


 久しぶりに見るネガティブ香織だ。

 彼女は完璧超人のように振舞うが、無論全てを何の齟齬もなくこなせるわけはない。

 知らない分野はあるし、そう言った分野に関して素直に教えを請う事が出来るのが、彼女の素晴らしい部分だと僕は思う。


 たまにこうやって落ち込んだ様子を僕らに見せてくれていたのは、仲間だと信じていたからなんだろうか。


「まあ、彼女の事は君も気に入ると思うよ。根性があるし、人生の大半をダンジョンに捧げても厭わないって覚悟がある」

「…………はは……そうか……」


 なぜか気落ちしてしまった香織を励まそうと何度か会話を回したものの、結局彼女の調子が元に戻る事は無かった。











100話行ってました。

沢山コメントをもらっていて感無量です……!

これからも頑張っていきますので、応援よろしくお願いします。

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