第164話
[ちょっと勇人さん! 霞ちゃん虐めたらダメでしょ!]
[いやいや、別に虐めてたわけでは。あの子が強くなるにはどうしても必要で]
[それは否定しないけど……もっとこう、やり方があったんじゃない? それこそうん、中部に遠征して私と引き合わせるとか]
[それ君の欲望だよね? 可愛がりたいだけだよね?]
[そそそんなわけ てか、素直に慕ってくれる後輩を可愛がって何がいけないんですか!]
[うわぁ開き直った。霞ちゃんに言ってやろー]
[あ! ずるい! 今のなし!]
「…………ゆ、勇人さん……何してるんですか……?」
「ん? ああ、宝剣くんがね。怒涛のスタンプ爆撃を仕掛けてきたから応戦してるのさ」
「えぇ……」
霞ちゃんに対するモンスタートレインを半日行った翌日。
我々はまたもやダンジョンに訪れていた。
昨日指先一つ動かせないほど全身を痛めつけ疲労で身を溶かした彼女はすっかり快活な動きを見せている。なお動きがいいのは見た目だけで、精神的な疲労はその死んだ瞳に如実に現れていた。
いつもなら一人は最低でも話しかけてくるファンが誰一人として近寄って来ないのがその証拠。
明らかに負のオーラ、明らかに絶望した雰囲気。
醸し出してる空気感が一角だけどんよりしている。
これからダンジョンに潜ると言うのにそんなに落ち込んでいて大丈夫なのかと心配になるが、今にして思えば晴信ちゃんも似たような感じだったので大丈夫だと思う。
「お、おい……まさか今日もやんのか……?」
「いやいや冗談だろ。あんなの連日やってたらいくら三級でも死ぬって」
「でもハルの時は連日やってたよな?」
「あれは中層じゃん。まさか下層で連日半日籠ってなんて、いくら勇人さんが鬼でもやらねえだろ……やらないよな?」
周りにいた人のヒソヒソ話を聞いて霞ちゃんがこちらに視線を向けてきた。
訴えるような瞳だ。
僕の大好きな意志のこもった瞳だが、残念だがその想いには応えられそうにもない。ごめんなさい、君はこれから最低でも一ヶ月は同じ工程を繰り返すよ。
流石にそんなことを言えばいくら霞ちゃんと言えども絶望してしまう可能性が高いので口は閉じたままにこやかに微笑んだ。
彼女は頬をひくつかせてからジト目になった。
[とにかく! あんまり無茶させちゃダメだからね! 私の弟子でもあるんだから!]
[おっと、霞ちゃんを最初に見つけたのは僕だぜ。一番の師匠は僕なんだからある程度比率が傾いてもしょうがないんじゃないか?]
[ぐぬぬ]
よし、勝った。
宝剣くんとの仁義なき師匠バトルを制したことで今日の特訓も晴れて合法になった。
もちろんダンジョン側、というか迷宮省側には許可をもらっている。
ワンフロア貸切は流石にいきなりポンとできる事ではない。
特別探索者としての立場に加えて対エリート専門ということ、それに付け加えてこれまでの功績(エリート討伐や紫雨くんの救出等)があるから辛うじて許されている。
あと、配信で何をしているのか公開しているのも大きい。
コソコソやってたらあまりいい目で見られなかったかも。
「……ていうか、宝剣さんと連絡先交換してたんだ」
「そりゃあね。技術交換って意味じゃ一番だよ」
実力的には不知火くんが不動のナンバーワンだが、宝剣くんの技術力には目を見張るものがある。
平時での魔力操作に関しては間違いなく彼女が一番だ。
そうじゃなきゃあの不知火くんを差し置いて最も魔力を扱うのが巧い、なんて称されることはない。
「まあ、ていうか……向こうから連絡が来たからなぁ」
ファーストコンタクトは非常に明快な内容だった。
『雨宮ちゃんに魔力の教え方伝授したいんだけどいいですか?』──要は、許可を取りに来たんだ。
一応僕が指導するって話だったしね。
筋を通すためにわざわざ連絡をくれたのを機に技術交流が始まった。
……とは言っても、まあ、そんな大々的に何かやってるわけじゃないけれど。
あくまで『この時操作しにくくないですか』とか、『こういうのやりたいんですけど出来ます?』みたいな内容ばっかり。
互いに世間話くらいの感覚でやってるよ。
それでもタメになるんだからすごいと思う。
「へえ〜……そうだったんだ」
「彼女の技術はすごいよ。五十年生きた僕より才能自体は明らかにある」
「そんなに?」
「そんなにだ。ていうか、僕はそこまで才能ある方じゃないし」
才能があったから化け物じみた強さがあるわけではなく、化け物じみた強さがあったから生き残れただけなので因果が逆だ。
耐久力全振りが成長してオールマイティになったに過ぎないのさ。
「だから今日も期待してるよ、霞ちゃん」
「うぅ……期待が重い……」
泣いても叫んでも止めるつもりはないので諦めてくれ。
そう告げれば、霞ちゃんは死んだ目で頷いた。
誰かを育てている時間、付きっきりで過ごすのは構わないのだけれど、少しでも有効活用したい。
晴信ちゃんを相手にしてる時に思った事だ。
九十九ちゃんの時は彼女に注力しないといけなかったから出来なかったけど今は違う。
霞ちゃんも基礎は出来てるし出力は総合力の底上げ中なので僕が付きっきりで何かを教える必要はなく、あくまで彼女が致命傷に陥らないよう、そしてエリートの干渉がないように気を配るのみでいい。
それにしたって魔力を利用した個人的レーダーを使えばどうとでもなる。
だから集中してずっと見ていなくちゃいけないわけではない。もちろん彼女がミスをした時やダメだった点は覚えておかねばならないが、並行してやれる作業があるだろう。
「うわあああああああんっ!!!」
:悲鳴たすかる
:霞虐たすかる
:うわぁ、呑まれてった……
:あれで生きてるのがすげーよ
:三級以上は人外定期
大声で叫びながら悲壮さを漂わせモンスターの波に飲み込まれていく彼女を見送った後、モノクルに映るコメントを眺めつつ考える。
今の僕に足りないものは何か。
エリートとの戦いにおいて足りないもの……ステータス的には十分足りてると思う。ただ、なんだろうな。
やっぱり一足遅いっていうかさ。
僕は一人分の手しかないし、守るのには向いてない。
敵を倒すことは簡単に出来るが仲間を守り通すこととか、そういったことには向いていない。かといって戦闘方法を変えるのも難しい。
──しかし。
今の僕には仲間がいる。
不知火くんと同じくらいには強くなった香織や澪、それに頼れる一級のメンバーに理解ある国民と基盤が整備されて強固になった国。
これだけ状況は好転しているんだ。
僕だけが何もかもをやらねば、と思う必要はない。
なんなら僕はこれまで通り破壊だけを目標にしていたっていいんだ。守るのは味方に任せて僕は前に前に進み続ける、それでも構わない。
きっといつか追いついてくれるだろうしね。
それくらいの信頼はすでにある。
火力を増すか?
いや、今のままでも十分足りてる。
デュラハンとやらがそれなりに強い立場だったというのは紫雨くんの情報でわかっているので、そんじょそこらのエリートには負けはしない。
問題があるとすれば、僕と同等か、それ以上の奴に出会った時の事だ。
そうなった場合どうするか──ま、五十年前と同じ戦法で頑張るしかない。
耐えて学んで耐えて学んで。
そうして反撃の糸口を掴む。
それに、今なら配信という手段がある。
僕だけがひたすら考える必要はなく、外部に映像を繋げて考えてもらう事だって可能だ。
対格上、同格に関してはやはりこの戦法が一番だ。
最もやって欲しくない戦法は総力戦、全世界を巻き込む規模での戦いだが……それはもう対策のしようがないから考えてもどうしようもない。
元々、世界全てを守れるほど僕の両手は広くない。
それどころか日本を守る事だって出来やしない。
出来ることは対面した相手を叩きのめすことだけだ。
足りないもの……あり過ぎて困るし、かといってそれを克服するのは難しすぎる。
「はぁ」
思わずため息を吐いた。
:どしたん? 話聞こか笑
:私らでよかったら聞くよ
:うんうんそれは私が悪いね じゃ、消えるね
:なんなんだよここのコメントの連携は
:ヤバ目の男ファンが集う霞とヤバ目の女ファンが集まる勇人さん、両者両成敗だな!
:なにが? どこが?
相変わらず愉快な人達だ。
ネットのノリはかつての世界と変わってない。
多分旧世代の人達がこういう振る舞いしてたんだろうな……僕もその中の一人だったからよくわかる。
気安く、距離感が近いが遠くて、無責任だが仲がいい。
ネットの付き合いってのはそんなものだ。
だからいいんだ。
馴れ合う程度の距離感で、しかし決して深入りしない。
匿名で行われるそれが、かつての僕にはちょうどよかった。
「そうだなぁ……そしたら、皆にも聞いてもらおうかな」
:え
:なんでも聞いてください! 誰かが答えるんで
:他力本願すぎだろ
:これ素人質問か? 俺たち粛清される?
:釘刺される!
「いやいや違う違う。ちょっと気になってたことを聞きたいだけなんだ。客観的に僕のことを外から見てる人の意見が知りたくてさ」
そう告げれば納得したのか多少コメント欄は落ち着いた。
:ついに裁きが下るかと思った
:調子に乗っててすいません
:強引な勇人さんもいい、好き
:答えられなかったら私を好きにする権利を差し上げます! 何も答えません。
……落ち着いた。
まあ、世間話程度の感覚だ。
これで僕の行動指針が決まるわけでもない。
だからそう、すごく気軽な気持ちで、僕は見ている人達に質問を投げかけた。
「えっとさ。人を守るのってどうやればいいと思う?」
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