第129話

(ううむ……どうしたもんか)


 幸せそうに迷宮省を後にした二人と一体を見送ってから、有馬忠光は執務室で頭を抱え首を捻り眉間に皺を寄せていた。


 近年稀に見る、それどころか彼が一級探索者になり父親の跡を継いでから一番の仕事量に忙殺される中で、非常に対応の難しい案件がまたやってきたのだ。


 先程まで迷宮省に居た二人こそ、その原因である。


 特別探索者としての既に日本中に知られている勇人の過去はある程度世間に公表されており、既に管理者としての席を譲りつつも未だ影響力を持つ有馬頼光らの厚意によって世に認められる時の人だ。

 それ自体に不満はなく、むしろ、忠光個人としても隠蔽すると迷宮省が言ったら抗議するくらいの気概を持っているからそれはいい。


(問題は、死者が蘇ったという点だ……)


 雨宮霞の時は死んでなかったからセーフというギリギリスレスレのラインを勇人らが主張したため追及されることもなく何とか誤魔化せたが、今回に至っては確実に誤魔化せない。


 雨宮紫雨は今から十年以上前に探索者として死亡判定を受けており、しかもエリート個体の一帯として蘇生されたと証言もしている。

 無論、迷宮省上層部と一級探索者達は既に知っている。

 これを公表すればきっと、勇人や雨宮紫雨はまた一段立場を上にするだろう。


 彼ら自身の基盤を固めるという意味では大事だ。

 特に勇人が栄華を極める点に関して気にするものは誰もいない。もっと欲を出せとすら思ってる。報いるどころか国を助けてもらってる始末だ。何とかもう少しいい思いをさせてやれないかと上層部は頭を悩ましている。


 雨宮紫雨、そう、彼女が問題だった。


 完全に死者からの蘇生を可能とするほどリッチとして卓越した力を持ち、近々勇人にリッチの能力を手解きする手筈も整っている。


 土御門香織同様人類に協力的で、己の抱えた問題を正直に申告することからも敵意を積極的に感じない。閉じ込めておくのがいいという声もあったが、表舞台で活動させた方が利益があるということで彼女にも特別探索者としての身分が与えられることになったのだが……


(結局勇人さんに丸投げか)


 はぁ、とため息を吐いた。


 今回の一件、迷宮省として損することは何もなく、むしろ戦力が増えた上に敵のエリートを討伐出来たのだからいい機会だった。


 これを機にエリートの存在を公表し、敵戦力は膨大だが不知火や鬼月レベルなら対抗できると不安を和らげつつ国民全体の向きを整える。それに加え雨宮紫雨が帰還したことを利用し雨宮霞と勇人の配信を介して日本中のダンジョンを周り危険に対策を講じていると見せる。

 雨宮紫雨に不安要素があるのは否めないが、それをカバーするのが勇人の存在だ。

 現状勇人を超える戦力がいないのだから彼に投げるのは当然なのだが、それにしたってもう少しやりようがあるんじゃないかと嘆かざるを得ない。


(しかし都合がいいのも事実……いや、都合が良すぎるんだ)


 雨宮霞は姉を探していた(本当)。

 勇人はそれを手助けすると契約していた(本当)。

 雨宮霞と一緒に過ごしていた理由の半分はこれで、雨宮紫雨は解放後霞と共に過ごすことになった(本当)。

 霞は勇人と離れることを選ばず、また、勇人も霞と離れることを選ばなかった(本当)。

 だから雨宮紫雨と勇人は一緒に行動する。


「嘘がない……やましいことが、何もない……!」


 だから余計厄介なのだ。

 本人が「ああ、それは効率がいいね」と普通に受け入れてしまいそうだからだ。罪の意識を持たせることすら許さない、そう言う姿勢を当の勇者本人が取っているので、迷宮省側も仕事の割り振りに苦慮している。


 これ以外にも考えなければいけないことはある。

 しかも、これすらもある計画を隠すための隠れ蓑だ。

 忠光は己のキャパを超えそうになっているのを自覚し、こめかみをぐりぐりと圧して負担を和らげた。


「……父上? どうしました?」

「ん? あ、ああ、瀬名か。いつ入った?」

「ノックしましたが反応が無かったので、今」

「そうか」


 んんっと喉を整える振りをして先程までの考えを消し飛ばしつつ、忠光は目の前に佇む娘に視線を向ける。


 致命傷になる大怪我を負った瀬名だったが、不知火の迅速な救出と即座にポーションを使用したことで重傷から軽傷レベルまで危険度は引き下がり、今では多少痛みは残るものの戦闘が可能な程度には復帰している。

 元々受け流しや回避が主体の戦闘スタイルということも相まって、よほどの敵が相手でない限り元通りの実力を発揮できるだろう。


 死線を超えたことで実力向上も見込める。

 負傷した今の時点で全快状態と変わらない戦闘能力を持っているのだから、それは間違いない。


 後一歩足りないという評価を受けていたが、この一件で一皮剥けたのなら良いことだ。そんなことを思いながら忠光はジロリと観察するような視線を向けて黙っており、居心地悪そうに瀬名は尋ねた。


「それで、何用ですか?」


 瀬名は今日、リハビリを終えて霞や九十九と街に出かける予定だった。


 警戒態勢は敷かれているが実際に突入した組は休んでもいいと通達が出ており、今は徐々に撤収作業が始まっている段階である。


 不知火は明朝に鹿児島を出て関西へと戻り、ダンジョン内部の構造が元通りになったことも確認され三級以上の探索者に探索許可が出ている。現時点で何のトラブルも起きておらず、一連の事件は一旦落ち着いたと結論が出るのもそう遠くはない。

 普段休めない一級探索者同士、怪我の功名ではあるが貴重な休みが被ったためたまには仲を深めようと遊びに行く予定だったのが、突然の呼び出して御破算である。

 この後合流すればいいが、いつまで予定が長引くかもわからない。

 呼び出したくせに考え事をして娘が入ってきたことにも気が付かなかった父親に少しだけ腹をたてた。


「ああ。これからの計画について、お前の意見を聞きたくてな」

「……意見を?」

「勇人さん達絡みの話だ。老人と中年の意見は固まったが、そうではない者の意見を知りたかった」

「なるほど。私が耳にしても構わないのですか」

「許可は取ってある。むしろ、聞いてくれと言われたくらいだ」

「はぁ……」


 訝しみながら、忠光が引き出しから取り出した一枚の紙を手に取り内容に目を通していく。


 最初は怪訝な表情を。

 次にやや呆れたような顔になり、最後には目を見開いて驚愕を表す。


「…………えっと。どう言えばいいかわかりませんが……」

「……いや、良い。言いたいように言え」

「……では、父上。正気ですか?」

「だよなぁ、そうなるよなぁ……」


 はあぁぁと忠光は深く息を吐いた。


「俺も反対したんだ。倫理的にどうなんだって。だが父さんを筆頭にした年寄り勢が絶対に譲らんって言い出した挙句、そこまで言うならって上の世代も折れちゃって……」

「……こ、こういうのは自由意志に基づいて決められるものです。少なくともそういう時代があり、祖父らはそういった時代を生きたことを否定しませんが、現代でこれは……あり得んぞ、父上」

「わかっている。はぁ……お前自身はどうなんだ?」

「……私自身?」

「もしその立場になったらどうする?」

「……………………そのときは、考える。だが! 父上、これは時代錯誤だ! いくら合理性を重視するといっても、人道から外れた行為は許されんぞ……!」


 バン!!と、机に叩きつけられた紙がふわりと飛ぶ。


 そこには、極秘と書かれた上で、大きな議題が提示されていた。


【勇者血統とその保護について】、と。

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