第160話
「…………どうしてこうなった」
試着室の中で一人茫然としていた。
手に持っているのは水着。
それもビキニタイプの結構露出するやつ。
ま、まあ?
スタイル的には決して似合わなくないし。
モデル体型じゃないからちょっとアレかもしれないけど、でも、似合わないなんてことはない。
現役の探索者だもの。
引き締まったボディをしてる自信はある。
ただ、最近一緒に行動するようになったとある女性と比べれば見劣りするのは間違いなく……。
『霞ちゃん? 大丈夫?』
「っ!? だ、大丈夫! ちょっと久しぶりで時間かかってるだけだから!」
『そっか。ごめんね声かけて。ゆっくりでいいよ』
「う、うん」
水着に着替えるだけなのに久しぶりで手間取るって何?
我ながら下手くそすぎる言い訳をしている。
でも、勇人さんは優しさからかそれとも彼特有の鈍さからか、特に疑うこともなく引き下がった。
一難去った。
今度はまた別の難が残っていた。
手に持った水着をもう一度見る。
そう、水着だ。
いつも着てる私服でもなく、ダンジョンに行くときに着てるような服でもない。
完全に水着。
もう下着と言っても遜色ない肌面積を誇るそれを、これから着て、勇人さんに感想を求める。
「…………」
どうしてこうなった。
なんで水着を選ぶなんて文言で誘ったの。
もっといい誘い文句があっただろうと頭を抱えてから、私は服に手を掛けた。
なぜこんなことをしてしまったかと言えば、端的に言って悩んでいたからだった。
入居の際に突然暴露された勇人さんの味覚問題。
『味覚は? 睡眠欲は?』
『それは、必要ないからなぁ』
香織さんと勇人さんの間で交わされたこのやりとり。
そこで私は初めて勇人さんの味覚障害に関して知った。
気が付く要素はあった。
例えば睡眠する必要がなくなっていることだとか、その、せ、性欲がすごく薄くなってる事とか……
…………その顔で性欲が無いは無理でしょ。
私はそう言いたい。
あと性欲がないなら匂わせる行為をやめてほしい。
こっちはうら若き乙女なんですけど。
ろくな男性経験もない乙女なんですけど。
ダンジョンが恋人ととかネットで言われちゃう乙女ですけど?
勘違いしちゃうんですけど。
勘違いしても問題ないとか言う人もいるんですけど。
どうすればいいの。
……じゃなくて、それはあくまでリッチとして適合してしまったから失われたものだと思ってたんだ。
そうじゃなかった。
勇人さんの諸々の喪失は、五十年もの間一人孤独に過ごした事と、仲間を失い続けたショックによるものだった。
どうしてその考えに至らなかったんだろう。
出会ったばかりの勇人さんは明らかに余裕がなかったのに。
だって、私にそういう負の側面がかなり漏れてたから。
きっと本来なら隠し通してしまうくらい心の強い人なんだと思う。それがいいことかどうかはさておき、それくらい出来てしまう人なんだ。
だけどそうじゃなかったってことは、私と会った頃が一番傷ついてたんだと思う。
香織さんや澪さんが復活した今と比べればその差は歴然。
なんていうか……本当の勇人さんが出てきてる気がする。
誰もが認める世界を救った勇者様ではなくて、等身大の、ただ強かっただけの男の人だった勇人さんが。
それなのに私は支えるだとかなんだとか言ってたんだと思うと、恥ずかしくなるような、申し訳なくなるような気持ちで一杯だった。
(──まあ、そのくらいのことで凹んではいられないんだけど)
ショックだったし悩みもした。
なんで気が付かなかったのか、とか。
なんでもっと勇人さんのことを深く理解できなかったの、とか。
あの人の現状は理解していたけど、元々どんな人だったのかを話してもっともっと理解しておけばよかったのに、とか。
思うことはたくさんある。
自分自身の愚かさが嫌になるって勇人さんが言うのもわかっちゃった。
でも自己嫌悪ばかりしてられない。
してもいいけど前に進んでかなくちゃいけないってのは、他でもない勇人さんから教わったことだ。
だから私は足踏みする気はない。
他の誰よりも勇人さんに期待されてるのに、香織さんや澪さんにも期待されてるのに、宝剣さんや不知火さんすらも私を見てくれているのに、そのくらいのことで一々気落ちなんてしてらんないもん!
(で、なんで水着選ぶのに勇人さん同伴にしたの……?)
わからない……なんで水着を選ぶから買い物に行こうなんて言い出したのか……自分の心がわからない……。
そもそも水着を買いに行ったことなんて一度もない……。
プールに遊びに行ったことすらないのに一体どうして……?
「……………………」
そうだ……多分あれだ。
ちょっと……そう、やっぱり、ショックだったんだ。
勇人さんが戻ってきてからたくさん幸せになって欲しいと思ってたから、勇人さんが少しでも人間らしくあれるよう、そして現代がどうなってるかを教えるために一緒に出かけたりしていた。
そう言うときに美味しいものを食べようって私が誘って、あの人は嬉しそうに了承してくれた。
少しでもいい思いをして欲しいと思った。
だから私は……色々なご飯を食べに行ったり、お店を見に行ったり、したんだ。ハルも知らない、私と勇人さんだけの記憶。
ま、ネットでバレてるから完全に秘密ってわけでもないんだけどさ。
それはそれとして、二人だけでご飯を食べたりしたって言うのは、私の中でちょっと特別な記憶になってた。
だから、うん。
そう言うのが全て無駄で、私の気遣いはあの人に嘘をつかせる苦しさを抱かせているばかりで、何もいいことではなかったとわかってしまったのがショックだった。
「……ちょっとは返せてると、思ったんだけどなぁ」
全然ダメだった。
そして今の自分が勇人さんにやってあげられる事が一つもないって理解した。
出来ることはただ一つ。
強くなること。
そして勇人さんを支えること。
ひとりぼっちにしないこと。
でもそれは焦らない。
いや、これまでの月日で焦らなくてもやっていけるとわかったから、焦れない。
そうした方が早く身につくから。
睡眠欲、食欲、あと、性欲……これらがない勇人さんにやってあげられることなんて殆どなくて。
最終的に私が選んだのは──勇人さんと一緒に出かけることだった。
だって……何も思いつかなかったんだもん。
何かやってあげたいけど、その何かを思いつかない。
思いついてもそれは必要ないって結論が自分の中で出せちゃうんだ。半年近く一緒にいればそれくらいわかるようになる。
それでも、何かしてあげたかったんだ。
香織さんや澪さんの前以外でも、普通に生きていいんだって。勇者として振る舞わなくてもいいんだって。皆、勇人さんのことが好きなのは、あなただから好きなのに。世界を守る力を持つ人じゃなくたって、私は…………
「……なんで水着にしたのかなぁ」
はぁ、とため息を吐く。
鏡に映る私はそれはもう見事に水着姿になっていた。
本当にプールで着るとすれば、このうえにパーカーの一枚でも羽織りたいところだけど残念なことに今そんなものはない。
勇人さんの魔力にあてられてから肌も綺麗だし、自分で回復できるようになって傷跡も完全に消えた。
だから見せることに自信がない、わけじゃない。
でもこう……
それでもちょっと、躊躇っちゃうよ。
だって、勇人さんにこんな姿見せるとかさぁ!
もうそんなの、
(〜〜っ……え、ええい! 女は度胸!)
「ゆ、勇人さん。いる?」
『居るよ。どうだい?』
「だ、大丈夫っぽい。見てもらえますか?」
うわっ……
な、なんかドキドキする。
一緒の部屋で休日過ごしたりしてたのに、ラフな格好を見られたらしたのに、水着見せるのにドキドキしてる。
『僕で良ければ』
流石に勇人さんが良いなんて事は言えなかった。
そっと静かにカーテンを開いて、しっかり勇人さんの姿を認識する。
でもなんだか直視するのが恥ずかしくて逃げるように周囲に視線を送った。
幸い周りに人は誰もいなかった。
わざと避けてくれたのかもしれない。
一応サングラスをしてるけどわかる人が見れば一瞬で勇人さんだってわかる。さっき街を歩いてる時も視線は感じてたから、バレてない訳はない。
そのことを考えると後が怖いなぁ……
そんな風に現実逃避をしてると、まじまじと私の身体を見た勇人さんが真剣な表情で言った。
「……うん。霞ちゃんは綺麗な黒髪だから、白い水着がよく似合うね」
「うひっ」
「うひ?」
……やば。
恥ずかしくなってきたかも……。
顔熱くなってきた。
あ、やばい。
赤くなってないかな。
なってるよね、これ。
「…………あ、ありがとう」
「ん、どういたしまして。眼福だ」
「っ……!?」
え、が、眼福って言った?
これまでどんな姿をさらしても「みっともないよ」って素振りを見せてたのに?
パンツ見られた時もいやらしさなんて全く感じなかったのに、今になってそんなこと言うの?
「……大丈夫?」
「だっ、だ大丈夫! ありがと!」
急いでカーテンを閉めた。
鑑を見る余裕なんて無かった。
顔が真っ赤になってるのが自分でわかったから。
あ、あれ。
おかしいな。
最近こういう風になること無かったのに。
出会った頃はよく恥ずかしさで赤面してたけど、最近は慣れたからあんまりしなくなったのに……
『雨宮霞は、勇人をこの世に繋ぎ止めるための大切な一人だよ。君が望まずともそうなっている』。
香織さんの言った言葉が頭に浮かんだ。
勇人さんから流れ込んでくる感情は────嘘じゃなかった。
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