第68話


 先日足を踏み入れた時とは全く違う雰囲気に変貌したダンジョンの中を、御剣くんと僕の二人は進んでいく。


 現れるモンスターは一刀で切り伏せながら、少しずつ昔の感覚を取り戻すように慎重に前へと。


 どうにも50年の強制隠遁生活は感覚を鈍らせる原因になっていたらしく、リッチとして得た能力がなければ今頃役立たずの老いぼれとして骨と化していたに違いない。

 確信出来る程度には鈍っていた。

 先日のダンジョン探索はリハビリもいいところ、今回の一件で感覚を50年前に近づける必要がある。


「ふぅ……数が多いな」


 モンスターを軒並み斬り、呼吸を整えながら御剣くんが言う。


 その表情に疲労は見られない。

 流石のタフネスだ、初めてエリートの空気を肌で直接浴びているのに過度な緊張をしていない。己が強者であり、これまでに培われてきたダンジョンそのものに対する知識がその自信を支えている。


 こちらも周囲から気配が消えたのを確認してから口を開いた。


「エリートはあくまで僕らが名づけた呼称であって、その本質は戦闘能力の高さとモンスターを指揮する能力にあるからね。組織だった連携を見るのは初めてかい?」

「話には聞いてたけどよ、まさかここまでとは……」


 そう、エリートの真価はそこにある。


 強さはもちろんのこと、モンスターを指揮してこちらを攻め立ててくる上に理不尽な能力を有していることが多いのだ。


 これが何よりも厄介。

 エリートの能力に合わせてモンスター達も立ち回るため、そのコンビネーションが本当にキツい。僕も致命傷を喰らいかけたこともある。その時は彼女が庇ってくれたから生き延びたけど、まあ、つまりはそう言う事だ。


 だから僕の戦い方は変質していった。


 相手の戦い方に適応し、全てを薙ぎ倒す方向へ。

 一撃食らっても死なないように、有り余る魔力の暴力で押し潰す。


 今の技術が発達した世界だと、下手くそな戦い方に見えるだろうね。


「一応今のうちにおさらいしておこうか。エリートと遭遇したらまずは僕が受ける」

「俺はその間に周囲の下っ端を片付けながらエリートの戦闘方法を観察し理解する」

「そうだ。どうせいきなりブッパで殺せるほどエリートは弱くない。僕の長所と特徴を考えればわかるでしょ?」

「ああ、アンタの戦い方は鬼月の旦那くらいしか真似出来ん。莫大な魔力量を遺憾なく発揮出来る放出量、それを生かした前衛スタイル……一人で強敵を打ち破るのに特化してる」

「集団も処理出来ないわけじゃないけどね」

「そりゃアンタだけだ」


 呆れた表情で御剣くんは言った。


「下っ端は有限って言ってたな。どれくらいだ?」

「個体差がある。四国の鯨型は際限なく沸いてたけど、最初に戦ったエリート個体は三ウェーブ程度だったね」

「今回の個体が際限ないパターンだったら?」

「速攻でケリをつけるさ。君らへの情報提供は必要だけど、討伐は何よりも優先される」


 此度のエリート討伐は一般向けの配信はされていない。


 代わりに一級以上のメンバーにリアルタイムで映像、音声を届けている。


 残念なことに向こうからこちらへの声は届かない。


 一方的な通信になっているのは、どこにも情報を漏らさないために秘匿回線を利用してウンタラカンタラ……ちょっとよくわからない難しい呪文を唱えられた気分だった。


 なぜ一般向けの配信は許されなかったのか──これは単純にリスクの問題。


 例えば、僕と御剣くんが揃って死んだとする。

 その様子を配信していれば、日本はまた戦乱の時期を迎える可能性すらある。

 エリートはほぼ最高戦力の僕と、主力である御剣くんを殺せたことでダンジョンの外に打って出る判断をするかもしれない。そうなれば国は総力戦を強いられる。パニックに陥り混乱する民衆を率いてね。


 だから最低限、僕らが死んだ時に備えるために一級にのみ情報を最速で伝えることにした。


 動画なら後から編集してある程度の情報を制限出来るし、こちらに損はない。ありのままを伝えるのだけは駄目だ。それをしては余計な混乱を生み出すだけなんだから。


 それに、エリートが一体だけとは限らない。


 間違いなく複数体存在する。

 だから一級の面々は戦闘態勢を整えた状態で各エリアに待機中だ。


「最優先は討伐。だけど初見殺しで圧殺することはしない、出来る限りエリートの特徴を伝えてから殺す──いつも以上に鬼畜な任務だぜ」


 不敵に笑う御剣くんは実に頼もしい。


 とは言っても、おそらく実際に倒すのは僕がやることになる。


 相手がどれくらいの耐久なのかはわからないけど、そんじょそこらのモンスターとは格が違うのは確実。逃げられては元も子もないので、確実に殺せるであろう僕がやるのは当然の話だ。


 最悪魔力でゴリ押しして殺すことになる。


 昔はそれが最適解だったけど、今は情報共有しないといけないからね。余裕がある分はちゃんとそうするさ。


「……しかし、奥に行けば行くほど濃くなりやがるな、この霧は」


 既に下層も半ばを過ぎ、もう少しで最下層へ到達する地点まで進んでいる。


 エリートに近くなれば近くなるほどこの瘴気は色濃くなっていく。


 初めて浴びた仲間は顔色を悪くしてたけど、御剣くんにそう言った様子は見られない。


「ああ、多分それは魔力慣れしてるかどうかじゃないか?」

「魔力慣れ……これ・・、魔力なのか」

「多分な。充魔タンクの中に入った時と感覚が似てる」


 充魔タンク、蓄電施設みたいな奴か。


「養成校の課題で魔力慣れするために行かされるんだよ。あん時は最悪だった……」


 流石に一級になった逸材、最悪だったと言いつつ影響無さそうに振る舞っているのだから実際はそこまで大したことはないんだろう。


 そうか、魔力慣れ……


 十分考えられる話だ。

 ダンジョンは魔力で満ちている。

 生まれた時から魔力というものに馴染みがあった僕は当時でも慣れていたけど、彼ら彼女らはそうでは無かった。ダンジョンが発生してから後天的に覚醒したタイプだ。

 現代で一級と呼ばれる彼らは、幼い頃から魔力を知覚している。

 そりゃあ慣れるわけだ。


 そこまで考えて、高速で接近する気配を察知した。


 無言で剣を握り、いつでも反応できるようにする。


「ただ、これが純粋な魔力の塊かって言われるとなんとも言えねえけどな」

「ま、それらはまた追々考えよう。来るよ」

「は?」


 ──ヒュゴッッッ!!


 風の大砲とすら呼べる砲撃が迫る。


 それに対して剣を一振りし薙ぎ払い、追撃として放たれた数発の風砲も合わせて薙いだ。更に風を囮に接近する素早い何かが居ることに気がついたけど、狙いは僕。

 そこまで警戒しなくてもいい。

 風砲が止み、それと同時に複数のモンスターが地面や壁、天井から溢れ出る。

 それらを一刀で斬り捨て、隙を縫うように迫ってきた獣型モンスターの口の中に腕を突っ込み、魔力を解き放つ。


 体内から爆破され木っ端微塵になったモンスターの血肉を浴びながら、歩み寄ってくる者へと声をかけた。


「随分と容赦がないね。君は何者だい?」

『──言わずとも、わかっているだろう』


 鎧を身に纏い、真紅のマントを靡かせる謎の人型。

 人語を介する、モンスターを指揮する能力を持つ──呼称エリート。


「わかってるけど、一応挨拶しておこうと思ってね。僕は君達のことを知ってるけど、今の子達はそうじゃないから」

「……おい、勇人さん。ありゃあ…………」

『混ざりモノ。中途半端ななりそこない。我らが同胞を虐殺してみせた人類の勇者よ』


 低く響く声だ。

 鎧で全身を包んでるから種族はわからない。

 人型……剣を持ってる、駄目だな。候補が多すぎる。


 そしてその後ろに控えた、2体・・のスケルトン。


 四本腕の特殊個体。

 見たことがないな。

 この50年で進化した個体?

 いや、それはないか。ここに来るまでの道のりでも、僕が見たことのないモンスターはほぼいなかった。


 そして、この地点目掛けて集い始めたモンスターの気配。


 ははあ、なるほど。

 これは嵌めたな?

 エリートらしい戦略だ。


「御剣くん。とにかく死なないように。あれは、かなりやるよ」

「……見りゃわかるさ」


 カタカタと不気味な音を立てて四本の剣を手にした特殊個体のスケルトンを従えながら、鎧の人型は名乗りを上げるように言った。


『貴様は、我が殺す』

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