第6話 ログインと口三味線
俺と沙羅の勝負は単純なものだった。
画面の中で起こっている事件を解決するには、他の同級生と同じく転生しなければならない。逆に言えば、そうしないと直接にはゲーム内の出来事に関与できないのだ。俺たちはいわば、ゲームの外にいるわけだ。
それでも、ゲームの外からできることはある。バックグラウンドの設定、つまりゲームそのもののデザインだ。といっても俺たちにできるのは、プレイヤーとなった同級生を取り巻く状況を、モブキャラを通して操作してやることぐらいだが。
沙羅がやろうとしているのは、こういうことだ。
彼女は、自分の王国に帰れない。できるのは、そこで起こる出来事を転生した同級生たちに解決させてやることだ。もちろん、ひとりひとり得手不得手があり、中にはなんの取り柄もない奴もいる。それでも、全員が大活躍できるようにお膳立てしてやるのが沙羅の作業だった。
ところが、俺が転生を拒んだために事情が変わった。秘密を知られた上に、俺は沙羅のやっていることに否定的である。
だから、勝負を挑んできたのだ。
ルールを説明した後、沙羅は俺にこう言ったものだ。
「フェアじゃないのは嫌なの、私」
「フェア?」
そもそも邪魔しようともしていないのに、沙羅が一方的に申し出てきたことだ。そっちの方がよっぽどアンフェアだと思ったのだが、俺は押し負けた。
「あなたが私に反対しているのに、手出しできないのはフェアじゃない」
「俺はこいつらに構っているほど暇じゃない」
異世界で特技でも潜在能力でも好きなように生かせることが幸せなら、俺がわざわざ干渉することもないのだ。だが、沙羅はお節介にも人の内心にまでずかずか踏み込んできた。
「嘘ね。私が間違ってると思いながら放っておける人じゃないわ、あなたは」
そう言われるとくすぐったかった。確かに、俺にはあいつらの幸せを邪魔する権利なんかない。だが、人に自分の身体を放棄させるなどということはどうしても見過ごせなかったというだけの話だ。
「決めつけんなよ」
自分でもちょっときついかなと思う口調だったが、沙羅は動じてはいなかった。むしろ、不敵に笑ったくらいだった。
「分かるのよ。これでもお姫様ですから」
そうして、俺に宿題を出した。
「覚悟が決まったら、誰のフォローをするか決めて……ステータスは……」
パラメータをウィンドウ表示する操作を教わったところで、スマホに魂を抜かれた同級生が整然と着席する。
チャイムが鳴って2時間目が始まったが、そこで俺はもう決めていた。
同級生をひとり残らず、再びこの教室に帰す……!
そのためには、沙羅と同じ方法でゲーム世界を操作しなくてはならないが、たかがゲームアプリだ。覚悟なんてたいそうなものは必要ない。
後で考えると、それは甚だ甘い考えだったが。
こうして、俺は悪いことしか思いつかないお姫様の脱力ライフに延々と付き合わされる羽目になったのだった。
「これが、あなたの選んだプレイヤーね」
窓の外で降りしきる雪のぼんやりした光の中、俺が見せたスマホ上のデータを楽し気に覗きこむ沙羅は、ぱっと見には可愛いだけに余計、邪悪に見えた。
どういうステータスだ。
「生命力」「精神力」はRPGの定番だ。
「身体」「賢さ」「頑丈さ」も別に問題ない。たぶん、それぞれ「筋力」「知力」「耐久性」という意味だろう。武器を持ち上げる力、魔法を使う能力、ダメージに耐えて生き抜く力、といったところか。
「身軽さ」は、たぶん器用さだ。武器を操ったり、攻撃をかわしたり、危険をかいくぐったりするのに必要な能力だろう。
でも何だよ、「格好良さ」って。きっとカリスマ性のことなんだろうけど、他に言い方ないのか。「魅力」とか。
もっと情けないのが、「辛抱強さ」。「頑丈さ」が肉体的なタフさで、こっちは精神的なものなんだろうけど、「辛抱」はない。なんだか、たいしたことない面倒事をいやいやこらえてるみたいな。せめて「我慢強さ」にしとけよ。
単語選択のセンスを疑う。
それには目をつぶるとしても、どういうパラメータか。
……何の取り柄もない。
だからこそ、俺は最優先でピックアップしたのだ。こいつを何とかしなくちゃいけない。このまま沙羅のお膳立てでヒーローにされた日には、絶対この世界からは戻ってこないだろう。
だいたい何だよ、「何者でもない」ってのは! 何のために異世界転生したんだこいつは、やる気あんのか!
だが、つらつら考えてみるに不自然なことは何もなかった。こいつのことはほとんど知らないが、思い出せる限りではこういう奴だ。
授業中は基本的に寝ている、学級内でも屈指の低空児だ。定期考査前後は、いつも居残り補習をさせられている。しかも低血圧なのか、しょっちゅう遅刻してきては起きられなかったの、目覚ましが壊れていたのと言い訳をする。
去年の秋の文化祭などは恥ずかしげもなく、中途半端なファンタジー系の劇発表舞台には上がりたくないと堂々と吐かして小道具担当に回った。それでも、たかが5人やそこらの持ち物が上手く作れずに投げ出してしまい、結局は本番前日に間に合わせのものを担任が自腹を切って百均で買ってきた。
そのくせ、ファンタジー系RPGの知識はふんだんにあるらしく、衣装や舞台装置の細かいところには散々に難癖をつけていたりする。
思い出せば思い出すほど、助けてやる気が失せてくる……というか、このまま意思のない魂の抜け殻状態のほうがよほど世のため人のためになるような気がする。
だが、それでも沙羅の思うままにさせるのは我慢がならなかった。文句をいいながら見て見ぬふりをするのでは、こいつとそんなに変わらない。
沙羅がスマホの画面をスライドさせると、山藤の姿が消えてログイン画面が現れた。
「じゃあ、対戦と参りましょうか!」
おどけた口調で画面を撫でると、沙羅は凄まじい勢いでパスワードを入力し始めた。その長いことときたら、送信ボタンを押すまでに5分はかかったが、その間の口三味線もまた延々と続いた。
「このゲーム、基本的にプレイヤー死なないから多少痛い目に遭っても心配しないでいいわ。仮に何か辛いことがあって自殺しちゃったりしても、別のミッションが設定されて生き返るし。八十島君もその気になったら、いつでもプレイヤーに……」
余りに温いバーチャル世界の設定は聞くのも嫌だったので、俺はそこから先を上の空で聞いていた。沙羅は、声を聞いている分には天真爛漫な女子高生なのだ。その屈託ない声も、一晩中降り続くと予報されている雪の中へと吸い込まれて消えていく。
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