第181話 ネトゲ廃人、守護天使のキューピッドとなる
八十島と教室に並んで入っても、クラス中の視線が僕に集まることはなかった。ただ、綾見だけが僕をじっと見ている。慌てて目をそらしたところで、八十島が僕の耳元でボソっと言った。
「さっきのチラシ、俺にくれ」
パーティの会場に押し掛ける気なんだろうか。それなら別に構わない。綾見の誘いを断るわけじゃないし、そこで乱入してきた八十島が綾見に告白の返事を迫ったとしても、外へ連れ出したとしても、もう関係ない。
もし、綾見が八十島と出ていってくれれば、僕は帰れる。帰っても、異世界のことを思い出して辛いだけだけど。
リューナは、どうしてるだろうか。もしかすると、あのまま、テヒブさんと……。
やっぱり、そういうことまで考えてしまう。
もう、どうすることもできなくて、僕は今朝の八十島みたいに机の上に突っ伏した。
「大丈夫ですか、山藤君」
担任は、一応、気にしてくれてるみたいだった。でも、放っといてほしかった。僕の気持ちは誰にも分かるわけがないし、分かってほしくない。
もしかすると、僕をアプリで異世界に引きずり込んだ綾見は知っているのかもしれない。
だったら、こんな恥ずかしいことはなかった。ひとりで熱くなって、結局ふられて、こんな風に落ち込んでいる。
そんな僕を、賑やかな場所に連れ出して笑おうとでもいうんだろうか。
だったら、悔しい。でも、そんな弱みを握られてるんだったら、余計に逆らえなかった。
やっぱり、八十島に頑張ってもらうしかない。
後で渡そうと思って、チラシを机の中にしまおうとした。でも、よく考えたら、腕の下にあるはずの紙が、どこにもない。
机の中に手を突っ込んでみた。終業式の日に教科書なんか持ってくることもない。そこが空っぽなのは当たり前だった。
チラシが、なくなっている。
……何で?
一瞬、頭が真っ白になったけど、これでよかったんだと気を取り直した。これで、クリスマスパーティとやらに行かないで済む。
綾見がどういうつもりか知らないけど、僕が来なければ、途中でも帰るだろう。そうなれば、八十島も告白の返事が聞ける。
僕には関係ないけど。
メチャクチャ気が楽になって、担任の話がくどいのは僕の転生前と全然変わらないのに、気にもならなかった。
「年末年始で、ご家族がご親戚を招いて一杯、などということがあるかもしれません。しかし、君たちは一滴たりとも口にしてはなりません。君たちは人生を失い、もしかするとご両親やご親戚のお名前にも傷が付くかもしれません……」
早い話が、酒を飲むなというのだ。
僕の家では、その心配はない。親戚も来ないし、両親ともに酒を飲むのを見たことはない。
そんなわけで、あとは終業式を澄ますだけだった。不気味なことに、ホームルームが終わると、みんな無言のまま、出席順で廊下に整列して体育館への移動を始めた。
八十島が、僕の顔をちらっと見た気がする。綾見の行くパーティの場所が気になるんだろう。僕の出席番号はその次なので、後に続いた。
「あのさ……」
「ん?」
振り向いた八十島に、パーティのキャンセルを知らせてやろうと思ったとき、僕を呼ぶ声が確かに聞こえた。
「山藤君?」
そっちは見たくなかったんだけど、無視したと思われるのイヤだったので、一応、返事はしておいた。
「うん、え、じゃあ、ええと、後で……」
もちろん、パーティーはその時に断るつもりだった。でも、リューナ以外の女の子とまともに話したこともない僕のリアクションは、自分でも情けないくらい格好悪かった。
終業式の寒い寒い体育館で、校長式辞と生徒指導部長の訓示が終わった。
どっちも長かったので、僕が覚えているのは2つの注意しかない。
校長からは、「新しい自分を見つけましょう」。
生徒指導部長からは、「飲酒・喫煙・不純異性交遊のないように」。
どっちも、僕には関係ない。
話が終わると、2学期最後の頭髪検査を受けて教室に戻ることになる。一応、クラス順には出るけど、途中でごちゃごちゃになる。
だから、ごみごみした廊下で、会いたくない奴らにも逢わなくちゃいけない。
「おい、山藤」
綾見にくっついていた連中に囲まれた。こいつらになんか呼び捨てにされたくない。
「ん?」
ハミングだけで返事すると、どいつもこいつも目つきが変わった。
「ん、って何様だお前」
お前らなんかにお前呼ばわりされたくない。笑っちゃうのは、綾見を囲んでいるときの情けない声とはものすごい違いがあるってことだ。
「ああ、何?」
転生前だったらビビっていたかもしれないけど、今はなんてことないザコキャラどもだって気がする。吸血鬼ヴォクス男爵や、兵士を連れてきたリズァーク、いや、その兵士たちっていうか村の男たちと比べても、全然怖くない。
僕の余裕が意外だったのか、こいつらもちょっと引いたけど、すぐにムキになって凄んできた。
「来るよな、明日」
そこでちょっと、困った。行くつもりはない。時間と場所が分からなかったことにして、すっぽかすつもりだからだ。
だから、ここで知らないとは言えない。でも、返事をしないわけにもいかない。 色恋に狂ったバカどもに囲まれて動けないでいると、背中から声がかかった。
「どうしたね? 山藤君」
包囲がさっと解けたところで振り向いてみると、担任だった。
村の男たちからテヒブさんに助けてもらった時ほどじゃないけど、素直に感謝する。
「いえ、何でもないです」
縦長の顔が、眼鏡の奥の細い目で見下ろしている。
「よくない相談に見えたが、決して飲酒・喫煙・不純異性交遊などのないように」
さっき聞いたことをくどく繰り返して、そのまま行ってしまった。
終礼が済んだらサッサと帰りたかったんだけど、八十島には今朝の返事をしないといけない。
教室の外で待っていたら、あの連中が綾見の迎えに来たので、玄関へ逃げることにした。
靴を履き替えて外へ出たところで、八十島が追いかけてきた。
「先に帰るなよ」
「あいつら来るじゃないか」
はっきりとは言わなかったけど、言いたいことは分かったみたいだった。
「こっち来いよ」
校門を出て急いで歩いていったのは、バス停だった。
「バス通学?」
同じクラスだけど、今まで全然、気にもしなかった。
「オヤジオフクロ、早く帰って来いって」
「大変だね」
本当は、どっちだっていい。八十島もそれは同じだったのか、イライラと聞いてきた。
「それで?」
聞きたいことは分かっていたから、手短に答える。
「分かんない」
「はあ?」
急に高い声を上げたけど、もう、そんなことで引く僕じゃない。異世界でこれ以上ないくらい、ひどい目にあってきたんだから。
「チラシ、なくなってたんだ」
事情を伝えると、八十島はため息をついた。
「女どもだよ、他のクラスの。邪魔しにくる気なんだろ、パーティーの」
一応、「くん」づけはしたから、他の男子よりはまだマシなんだろう。
それにしても、女子の中にも綾見の敵がいるらしいのは笑えた。それは当然だって気がする。
そこへ、バスがやってきた。ドアが開いても乗り込もうとしない八十島に、僕は言わなければならなかったことをやっと伝えることができた。
「だから、分からないし、行けない。あとは……まあ、頑張ってよ」
してやれるのは、そこまでだった。
八十島はバスに乗り込んだところで、急に振り向いた。
「アプリ……異世界転生の!」
ギクっとするワードが飛び出してきた。僕が返事できないでいると、閉まるドアの隙間から声だけが聞こえた。
「メッセージで! 分かったら!」
パーティの時間と場所のことだと見当がついたところで、バスは行ってしまった。
代わりに、僕の後ろから声をかけた者があった。
「山藤君、これ」
綾見の声だった。振り向いてみると、あのチラシが目の前にあった。
「参加メンバー、増えたんだ」
ちっとも楽しそうに見えない変な笑いを浮かべた綾見は、見たくもない紙切れ1枚を僕に押し付ける。
「じゃあね、また明日」
そう言い残して去っていく後には、なぜかちょっと不機嫌そうな男子どもに続いて、ニコニコした女子たちがぞろぞろ歩いていた。
その最後のひとりが、思い出したように付け加えた。
「あ、八十島君に、もう来なくていいって言っといて」
何のことだか、さっぱり分からない。
頭の悪い僕には、その通りメッセージを送っていいのか悪いのかも分からなかった。
だいたい、あの異世界転生アプリはもう、見たくなかったのだ。
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