第182話 守護天使とネトゲ廃人のまどろっこしい連携
自宅に帰ると、昼食を準備していたオフクロが開口一番、釘を刺してきた。
「明日はずっと、家にいるわよね?」
これはいわゆるクローズド・クエスチョンなどではない。遠回しの威圧と強制である。さっさと部屋へ逃げようかとも思ったが、昼メシ抜きでいるわけにはいかない俺に選択権はなかった。
だが、一応は聞いてみる。
「ちょっと外出していい?」
すぐさま返ってきた答えは、これだった。
「この辺にあんたが行くとこなんかないでしょ?」
街中に行くことは全く想定されていなかった。これ以上は、議論の無駄だ。綾見を誘い出すためだけに、平凡で平穏な生活を乱すリスクは避けたかった。
空腹を満たしたところで自分の部屋に戻って、スマホの異世界転生アプリを起動する。山藤は戻ってきたが、まだ俺のクラスからは38人転生している。
冬休みに入ったから、今までよりもそいつらの守護天使をする余裕はあるが、俺にもタイムリミットがある。
オヤジの転勤までに、全員を帰還させなければならないのだ。
山藤の面倒を見るのには、1週間弱かかったが、それは山藤だからだ。他の連中なら、まだ救いようがある。
まず、この間も確かめた2人の安否を確かめる。
まず、
ちょっと弱っている。何があったんだろうか。
それは後で確かめることにした。
続いて、
こっちも苦境に立っているらしい。なんとかしてやらないといけない。
だが、これは沙羅との勝負だ。どちらを選ぶかは、俺だけでは決められない。
自分にそう言い聞かせて、俺は沙羅にメッセージを送った。
〔不破のグレイバスと、永井のユーリィ、どっちにする?〕
返事はすぐに返ってきた。
〔明日、二人きりで会って決めない?〕
言うことがいちいちよく分からない女だ。クリスマスパーティに誘われてみたり、俺から誘ってほしいと言ってみたり。
面倒臭いので、こっちから聞いてみた。
〔時間と場所を指定してくれ〕
答えはこうだった。
〔その日はもう予定が一杯なの! だから私を見つけ出して!〕
つまり、クリスマスパーティーに行くことになってしまったので、そこまで連れ出しに来いということだ。
そんなこっ恥ずかしい真似が、平凡と平穏を愛する俺にできるわけがない。
それでも、ああそうですかと引き下がる気には何故かなれなかった。意地でも捕まえてやろうという気持ちが、どこからか湧き上がってきていたのである。
あくまでも、次の転生者救済という名目のもとに。
次の連絡先は、山藤だった。
〔時間と場所、分かってたらすぐ教えてくれ〕
頼みの綱はこいつだけだったが、その一方で、期待できない相手だということも分かっていた。
とりあえず、宿題なんかやりながら夕方まで待ってみたが、返事はなかった。
そうなると、タイムリミットは、今夜一杯だ。
夕食に降りてみると、仕事から帰ってきたオヤジがぶつくさ言っていた。
「いいのか、アレは」
何が、と聞くオフクロに、それまで誰にも言えなかった疑問と憤懣が一気に言葉になってまくし立てられる。
「帰りに街中のコンビニに行ったら、隣のレジで高校生くらいの若い男が買い物してるんだよ。ふいと見てみたら、ビールの缶が一本あるじゃないか。一緒にいた同い年ぐらいのヤツが、クリスマスパーティだから家からワインを持ってくのどうの言ってるのに、店員は年齢確認もしない。どうなってるんだ」
夕食を作るのに忙しいオフクロは、ああそうですね、と適当に聞き流している。それでもオヤジはよほど頭に来ているのか、よけいに突っ込んだ話を始める。
「しかも、持ち込みOKのカラオケに女の子を誘う話もしてるんだぞ、栄の通ってる高校の生徒が」
オフクロもうんざりしたのか、たしなめにかかる。
「最近の男の子は幼いですし、よその私立に行ってる子かもしれないじゃないですか」
そう流されて、オヤジも話の腰を折られたのか、怒りのやり場を独り言へと切り替えた。
「あんなに人のいるところで、アユミだとかアヤミだとかいう子を誘うの誘わないのと……」
俺はオヤジとオフクロの議論には関わらないようにしているのだが、その名前だけは聞き捨てならなかった。
「アヤミ……何て言った?」
きょとんとした顔で聞き返された。
「心当たりでもあるのか?」
返事はできなかった。そういう連中と関わりがあると思われたら、余計に外出がしづらくなる。
なんだか話が穏やかじゃない方向に動いている気がした。もしかすると、綾見を放っておいてはいけないのかもしれない。
俺の心が、揺れ動きはじめていた。
何もしなければ、明日のイブはクリスマス婚記念日だけは平凡に終わる。どうせ、オヤジとオフクロのイベントだ。
だが、クリスマスの朝を、俺が心穏やかに迎えられるかどうか。
場所はもう、絞り込める。この田舎町に、高校生が入れるカラオケなんかたかが知れている。
問題は、俺がそういう場所に出入りしたことがないということだった。
できるだけ平静を装って、できるだけさりげなく、オヤジに聞いてみる。
「何て……カラオケ?」
そう言ってしまってから、やってしまったと思った。
「だから、心当たりでもあるのか?」
これ以上は、聞けない。
俺はオフクロから出された夕食もそこそこに、部屋へと駆け戻った。
山藤からの連絡は、まだなかった。
俺は待ちきれなくなって、もう一度、メッセージを入れた。
〔すぐ、連絡が欲しい〕
返事は、意外と早く来た。
〔綾見さん、何か言ってきた?〕
〔それよりも、時間と場所を教えてくれ〕
しばらく、返事はなかった。その間、スマホでこの辺のカラオケを検索する。
だが、1件もヒットしなかった。
考えてみれば、情報をネットに上げていなければ、見つかるわけがない。そして、この町は関係者がそんなことをするのも思いつかないくらい田舎なのだった。
それに気が付いたとき、山藤からのメッセージが入った。
〔さっき、綾見さんからメッセージ入った〕
〔どこだって?〕
てっきり沙羅がパーティの時間と場所を教えてきたのかと思ったが、そうではなかったらしい。夜中まで待っても、山藤からのメッセージが届くことはなかった。
寒いので俺はさっさと寝ることにしたが、それでも布団の中で考えておかなければならないことはあった。
明日は、どうする?
転生者の救済はともかく、沙羅をこのままパーティーに行かせるのはどうも居心地が悪い。沙羅も、本当は行きたくないようだ。そんな場所には行きそうもない山藤を、言い訳に使わなければならないくらいに。
本心という点では、利害は一致している。それならば、沙羅を連れ出してやったほうが、お互い気が楽だろう。
沙羅が自分でドタキャンすれば済むことを、何で俺がかぶらなくてはならないのか、よく分からないが。
すると、問題が1つ出てくる。
オヤジとオフクロだけで勝手に盛り上がっているクリスマス婚記念パーティーの準備から、どうやって脱走するかということだ。
そこまで考えたところで、ようやく山藤からのメッセージが入った。
〔12月24日、午後6時30分。カラオケひまわり〕
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