第69話 異世界の男たちの切ない事情
僭王の使いが来たというのは余程の大事らしい。吸血鬼の餌食にされている娘がいきなり戻ってきても、誰も気にしている様子はない。
村長の家の前では、松明を手にした何人もの男たちが、小ぜわしく歩き回っている。道の向こうの闇からはひっきりなしに男がやって来て、別の男が代わって去っていく。
喧嘩になったら絶対に敵わないテヒブを迎えに行った連中こそ、いい面の皮だった。怒鳴りたくなるのも無理はない。
《わざわざ行ってきたのに一言もねえのか!》
あるわけがなかった。テヒブを連れて来なければ、僭王の使いには言い訳が立たないのだろう。
だが、覚悟を決めて行ったほうにしてみれば、リューナを連れ帰っただけでも認めてほしかったのだろう。彼女を保護する役割をテヒブに奪われた形になっていた村長の体面は、これでとりあえず守られてはいた。
《ジジイはいねえぞ! リューナだけだ!》
誰かが怒鳴ると、交代に当たっていたらしい男が振り向いて、何か言い返した。
《じゃあおしまいだ! ちゃんと探したのか! 役に立たねえな!》
悪態をつかれた男の方がリューナを放り出して、松明を手に走り去ろうとする男に掴みかかった。来た方と、待っていた方が共に抑えにかかる。
その場に残されたのはリューナと、ポール・ウェポンを手に突っ立っているシャント…山藤だ。いかにテヒブの形見が武器でも、しゃちほこばって身構えているネトゲ廃人など問題にはされていなかったらしい。
リューナにしても、同じことだった。見ているのは、彼女を守ろうとムキになっているにわかヒーローではない。
その視線の先からひそひそ聞こえてくる噂話は、悪意に満ちていた。
《ほら、あれ……》
《何しに戻ってきたんだろ》
《あのジジイ、どうしたんだろ》
《出てきたんじゃない?》
《ああ、やっぱり妾にしようと》
《ヒヒジジイね》
それをすり抜けるようにして、男たちが村長の家に入っていく。テヒブがヴォクス男爵と戦って消えたのを報告するためだろう。
やがて戻ってきたとき、暗い中でも物が見えるように処理された画面には、この間までリューナの手首にはまっていた手枷があった。
だが、それはシャント…山藤の目には見えないらしい。テヒブの武器があれば止めに入れるはずなのだが、ボケっとしてリューナを見つめているだけだ。
手枷を持った男たちは、邪魔だとばかりに女たちを家の方へと引き戻す。
……動け! 山藤!
手枷は見えているはずだ。布団に潜っている俺が腹の中で言うのも何だが、こいつはやることなすこと遅すぎる。
結局、もたもたしている間に、いいところをモブにさらわれてしまった。
……モブ?
棍棒と手枷を持ってリューナに迫る男たちを、ひとりの女が身を挺して遮っていた。
男たちが押しのけようとしても、その場を動かない。むしろ、ふらふらと手枷に取りついた。
……沙羅だな!
モブを使ってリューナをかばってくれたのだろう。
……余計なことを。
それでも、立ち直ってくれてよかった。確かに、あんまりシャント…山藤が現実に戻るのを邪魔してくれても困るが。
沙羅も頑張っているのか、モブ女は男たちの力にはなかなか屈しない。やがて、手枷は男たちの手から滑って地面に落ちた。
さすがのシャント…山藤でも、これを見逃したらバカとしては救いようがない。まっしぐらに手枷を拾いに走った。
だが、俺としてはそんなご都合主義を許すわけにはいかない。心を鬼にして、モブを動かした。
棍棒を持った男を、身構えるシャントの前に出す。画面のタップで棍棒があるほうの手を拡大すると、そのまま頭の上まで運んだ。
ここで山藤が抵抗してくれれば俺も引き下がったのだが、予想外のことが起った。
リューナが、俺の操るモブの前に立ちはだかったのだ。
……いらんことを!
ここで本当に殴るわけにもいかないし、かといって、何もしなければ山藤を異世界でヒーロー気取りにさせてしまう。
困り果てたが、うらやましくもあった。
思いっきり見せつけられた昼間のキスシーンが、スマホの画面上にホログラムのように浮かび上がる。
……こんな健気な女の子に? 山藤が?
許せなかった。リューナをどかすことさえできたら、このタナボタ野郎をなんとかして一発しばいてやりたい。
どうしてやろうかと考えた一瞬、俺にも隙ができたのだろう。意外に早く、シャント…山藤が目の前で武器を構えていた。
悪いとは思ったが、ちょっとは痛い目を見てもらわないと気が済まない。俺はシャントの頭めがけて、棍棒の先を画面の上で、なるべくゆっくりと滑らせた。
《うわああああ!》
モブ男の鼻先を、ポール・ウェポンの切っ先がかすめた。シャント…山藤が武器を振るったのだ。
もちろん、山藤が生身の人間を殺傷できるはずがない。ネトゲではどれだけ殺戮しているか知らんが、あいにくと
だが、威嚇効果は充分だった。その場にいた連中は、男も女も、やって来た者も去っていく者も、一様に凍りついた。
特に、男たちの間から聞こえる声からは、明らかに怯んだ様子が感じられた。
《グェイブ……》
声を聞いても、画面上の吹き出しを見ても、グェイブ、グェイブと口々に繰り返されているようだった。
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