第70話 目と目で僕と彼女は通じ合う……はず

 僕はリューナを押しのけて前へ出た。

「うわあああああ!」

 叫んだときは頭の中が真っ白で、テヒブさんのポール・ウェポンをどう使ったのか、自分でも分からない。

 ただ、一振りで何かが落ちたとき、辺りはしいんと静まり返った。

 この雰囲気は、ギャグが滑ったときに似ている。たまにしか言わない冗談言ってその場にいる全員にドン引きされたみたいな、僕の周りだけ半径1mくらいの絶対領域ができてしまった感じのアレだ。

 ……いやな記憶を何でこんな時に。

 はっと気がついたときには、足下に棍棒が落ちていた。目の前にいる男が持ってたやつだ。

 ということは、とりあえず勝ったんだろう。

 襲い掛かってきたヤツの顔を見ると、呆然と僕を見ている。何が起こったのか分からない感じだったけど、それは僕も同じことだった。

 でも、周りの男たちは違った。明らかに引いているといえば引いている。でも、それは僕に近寄りたくないというよりも、ただ単に怖がってるように見えた。

「……グェイブ?」

「……グェイブ!」

 口々につぶやく言葉が気になって仕方がなかった。どこかで聞いた言葉のような気がするんだけど、思い出せない。

 ただ、怖がってるのはたぶんテヒブさんの武器だってことは分かる。

 それで気が付いた。

 ……ポール・ウェポンの名前?

 確か、武器の種類が多いファンタジー系RPGで見たことがある。

 ハルバード斧鉾バルディッシュ長鉈ギザルム鎌槍……。

 よく見ると似ているのは、いちばん単純なグレイブ薙刀かもしれない。長い棒の先に、反りのある長い刃がついている。反対側には、サメの歯みたいなギザギザがある。たぶん、この世界ではグェイブっていうんだろう。

 そのグェイブに完全にビビってる男たちの間から、ひょこひょこ現れた爺さんがいた。

 僕とリューナに手枷をはめて、涙が出るくらい臭い馬小屋とか、気を失いそうに暑い部屋の中に放り出したヤツ。

 村長だった。松明の灯の中で、にやにや笑っている顔が不気味だった。

「テヒブ……」

 何て言ったのかは分からない。でも、何だか、ものすごく嬉しそうだった。爺さんのくせにテンションが妙に高い。

 ……何があったんだろう?

 リューナがどうしてるか見れば、事情が分かるかもしれなかった。

 振り向くと、思いっきり首を縦に振っている。絶対違う、と言いたいらしい。

 ……何が違うんだ?

 テヒブさんのことで、リューナが認めないこと。

 ひとつだけ、思い当たることがあった。

 ……死んだ? テヒブさんが?

 僕も認めたくなかったけど、それなら村長が笑うのも何となく分かった。テヒブさんのことが嫌いだったみたいだから。

 ……許せない。

 どうしてかはうまく言えないけど、とにかくムカっときた。グェイブを持つ手がぶるぶる震える。怖いんじゃない。こいつをこの場でヤッてやりたい。その気持ちを我慢しているからだ。

 でもそんなの、村長は全然気にしてない。グェイブにびびってた男たちも、だんだん元に戻ってくる。村長の後ろから、誰か何か渡した。

 それがリューナにつきつけられた。

 さっき地面に落ちた、あの手枷だった。

 ……また閉じ込める気か? リューナを?

 僕はグェイブを振り上げた。村長の顔がひきつるのを見ながら、日本語で叫んだ。

「それを離せ!」

 通じるか通じないかなんて考えてる余裕はなかった。とにかく、グェイブが怖かったら手枷を捨てるだろうということしか考えていなかった。

 でも、その前に僕と村長との間に割り込んできた男がいた。

 ……何のつもりだ?

 そいつが村長から手枷を奪おうとしたとき、正直、僕は思った。

 ……あ、いいとこなのに!

 ここは僕の出番のはずだった。

 テヒブさんの武器だったグェイブを僕が使って、再び捕まって閉じ込められそうなリューナを救う展開になるはずだった。

 ……邪魔すんなよ!

 といっても、楽だといえば楽だった。

 実を言うと、このグェイブで戦う自信がない。

 本当に人を斬る事なんか、僕にできるわけがない。

 だけど。

 ……リューナを守れる男になるんだ、僕は!

 僕はやれると信じたかった。

 でも、手枷を奪い取ろうとする男がいるんなら、何もやらなくていい。

 ……この場に僕はいらないんじゃないか?

 そう思ったときだった。

 別の男がやってきて、手枷をつかんだ男を引き戻した。

 ……そうこなくっちゃ!

 僕は振り向いて確かめた。

「いいよな、リューナ!」 

 どんなふうに話せばいいのかなんて、もう気にならなくなっていた。僕たちの間には、異世界の言葉じゃなくても伝わるような何かがある。そんな感じがしていた。

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