第71話 理解の得られない絶対の危機

 ネトゲ廃人がキレてデタラメに振りまわす長柄の武器に、男たちは明らかに怯んでいた。そこで口々につぶやく「グェイブ」という言葉は、恐怖の対象を指しているのだろう。ということは、たぶん、これが武器の名前なのだ。

 そんなことを考えているうちに、男たちの後ろから村長がやってきた。妙に嬉しそうな満面の笑顔で、リューナに尋ねる。

《テヒブは死んだんだろう?》

 首を縦に振るリューナに、村長はさっき地面に落ちていた手枷を、後ろから渡されるままにつきつけた。

 それは、孤独な運命に必死で抵抗する少女に、すれっからした大人が絶望を強要する無言の宣告だった。

 「違う、テヒブは生きている」と言うのに、「もう諦めろ」と。

 シャントが長柄の武器…グェイブを振り上げて叫んだ。 

《それを離せ!》

 日本語なんぞ通じるわけがない。その声も手も足もガタガタ震えている。山藤なら無理もないと思ったが、顔つきを見ればそうでもなかった。

 狐でもついたかのように目を吊り上げてはいるが、その分、真剣でもあった。

 山藤にしては。

 村長の持っている手枷を何とかしたいのだろうが、怪我をさせたり殺したりすることなどできるわけがない。俺だって無理だ。

 ……ここは、何とかしてやるのが「守護天使」ってもんだろう。

 そう思ったとき、画面の外から現れた男が手枷にしがみついて、いきなり奪い取ろうとした。

 だが、ここで村長に逆らう意味など村人の誰にもないはずだ。

 何の脈絡もない行動にはちょっと戸惑ったが、すぐに察しがついた。

 ……沙羅だな。

 サポートに入ったんだろうが、甘い!

 そのやり方も安直だが、山藤のためにもならない。

 今は、こいつがシャント・コウとしてリューナを救うときだ。

 ……戦え! 山藤!

 俺はモブをひとりタップして、沙羅の操る男の後ろに動かした。手を片方ずつ拡大して、こいつの腰に回す。後ろに下がると、抱えた身体は素直についてきた。沙羅が特に抵抗しなかったのは、かえってシャント……山藤の邪魔になるからだろう。

《いいよな、リューナ?》

 振り向いたシャントに、リューナはこくんと頷いた。

 正直、山藤が女の子に頼られている図は面白くない。だが、ここは一念発起して恐怖と戦う時だ。そのくらいのモチベーションは仕方がない。

 ……待てよ?

 リューナの仕草が意味することは、この世界では「いや」だ。シャント…山藤はアテになどならないということだろうか。

 何が理由かはよく分からないが、このネトゲ廃人が思い切ってやったことは空振りに終わったわけだ。

 俺は胸の内で合掌した。

 ……お気の毒さま。

 とはいえ、これでやる気をなくされてはたまらない。何か他のエサをぶら下げてやる必要がある。

 次の行動へ移るきっかけを探して画面をズームアウトすると、この場をシャント…山藤の真上から見ることができた。

 いつの間にか、村人がシャントとリューナの両側に列を成していた。怖いもの見たさの野次馬根性だろうが、これで逃げ道は背後にしかなくなった。

 もし、誰かがここを塞いだら、力ずくで手枷を奪い取って辺りを威圧するより外にリューナの安全を図る方法はない。その手枷を持つ村長はというと、シャントの持つグェイブを恐れてか、リューナに近づこうとはしなかった。

 つまり、退くか進むかは山藤の決断次第だった。

 長柄の武器を振りかざしながら、シャントは叫んだ。

《どけ!》

 戦闘を避けて、威嚇で切り抜けようとしたのだろう。山藤にしては、いい判断だ。

 だが、村長はその場を動きもしなければ、手枷を捨てもしない。シャントは、グェイブを小脇に抱えて、突進するというよりもトコトコ駆け寄った。

 だが、声だけは甲高い。

《それ捨てろ!》 

 本当に村長を刺してしまいそうで、焦っていたのだろう。様子が映るスマホ画面を布団の中で見ている俺でも、冷や冷やした。

 グェイブの切っ先が村長に当たりそうでちょっと危なかったが、それを妨げる者がひとり現れた。

 女がふらふらとやってきて、村長との間にたちはだかったのである。一見、凶器で脅される老人を健気にかばったようだが、俺は気づいていた。

 ……いらんことすんな沙羅!

 山藤にはもともと村長を刺す気などない。だが、シャントがこのハッタリをどこでやめるかも、山藤次第なのだ。

 シャントは立ち止まった。女の前でグェイブを引くと、その場で踵を返す。リューナの手を掴んで大股に歩き出した。

 ……逃がさんぞ山藤!

 俺は村人の群れから男を1人選んで、シャントの前へ出した。いくら山藤の判断に任せるといっても、諦めるのが早過ぎる。

 だいたい、ここからリューナを連れ出したとしても、村の中でも外でも逃げる先はないのだ。

 ここで止めるしかない。

 だが、俺の操るモブは別のモブ男の手で、村人の群れから引きずり出された。

 ……沙羅! お前何も分かってないだろ!

 村にいても、いずれ捕まる。

 村から出ようにも、壁がある。

 壁を越えても、そこにはたぶん、僭王の使いが待っている。護衛くらいいるだろうから、やっぱり捕まるだろう。

 そこから解放されたとしても、この異世界で山藤ごときが吸血鬼からリューナを守って生き抜けるはずがない。

 結果として、逃げても監禁か追放が待っているのだ。

 その運命は、俺の手も沙羅の手も煩わせることなく、リューナの背後から迫っていた。

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