第72話 斬るや、斬らざるや

 ……いいって言ってよ。僕、戦うからさ。

 僕はリューナの返事を待った。 

 そりゃ、本当に怪我なんかさせるつもりはないけど、グェイブで脅せばたぶん、村長は手枷を捨てるだろう。

 だけど、僕をかばったリューナは、そこまでしてほしくないかもしれない。もしかすると、このまま僕と村を出ようとするかもしれなかった。

 リューナは、首を縦に振る。

 胸がカッと熱くなった。やるしかない。身体が緊張して震えるけど、僕はリューナを守ってみせる。

 そう決めて、村長のほうををもう一度見る。

 まだ、手枷を持っていた。

 やらなくちゃ、と思ったとき、ふと気付いたことがあった。この世界のYES・NOは、現実世界とは反対だったのだ。

 ……ってことは、ダメ?

 そうじゃないってことは、目を見れば分かった。

 完全に、僕なんか見てない。

 見るというより、睨みつけてる。

 村長を。

 リューナのNOは、手枷へのNOだった。

 ……それなら!

 やることは、二つに一つだった。

 このまま戦うか、逃げるか。

 どっちにしても、僕とリューナは左右を村人に挟まれていた。

 でも、誰も襲いかかって来ないし、逃げたりもしない。

「どけ!」  

 雰囲気で分かるかな、と思ったけどダメだった。ケガしたくないんなら、どっか行ってほしい。僕もケガさせたくない。

 グェイブは、抱えて走ることにした。振り回すと危ないからだ。でも、村長を固まらせるには充分だった。

 手枷を持った僕を見つめたまま、その場から動けもしない。

「それ捨てろ!」

 通じるわけもないけど、気迫で分かってほしかった。分かってくれないと、本当に斬りつけるしかない。

 村長は動かなかった。恐怖で動けなかったのかもしれないけど、どっちだって同じだ。

 手枷はもう捨てなくてもいいから、逃げてくれないと、刺さる。 

 グェイブが、ポール・ウェポンが、薙刀の先が。

 ……誰か何とかしてくれ!

 女がひとり、目の前に飛び出してきた。

 ……危ない!

 脅さなくちゃいけないのは村長だけだ。

 僕は立ち止まって、反対の方向へ歩き出した。リューナはまだ、村長を睨みつけている。

 その手を取って、ここから離れるつもりだった。

 村人たちが僕たちの右側と左側に並んで、じっと見ていた。だけど、何もしない。その間をただ通ればよかった。

 ……大丈夫、テヒブさんのグェイブがある限り、誰も近寄れない。

 心の中で、リューナに言ってみる。

 言葉じゃ伝えるの無理だから。

 でも、先へは行けなかった。

 村人の中から男がひとり、僕の前に現れた。

 ……邪魔だよ、オッサン!

 これが斬り捨て系のシューティングゲームかなんかだったら、一撃で真っ二つだ。でも、生身の人間を斬るわけにはいかない。

 ……どうしよう?

 このままだと、捕まる。

 そうなったら、また二人で手枷をはめられて、あの暑い部屋の中に閉じ込められるだろう。

 ……思い切って、突破するか?

 このオッサンがグェイブにびびってくれたら、たぶん逃げ出せる。テヒブさんの家に逃げ込むか、それとも村の外に出るかは、そこで考えるしかない。

 ……でも、壁は?

 村はずれには、あの役に立たない吸血鬼よけの壁がある。でも、そこを越えれば、もう村の人は追ってこないだろう。

 ……ヴォクス男爵は?

 吸血鬼が狙ってくるかもしれないけど、僕は倒し方を知ってる。ヴォクス男爵は僕が弱点を知ってるとは思ってないだろうから、これは逆にチャンスだ。

 ……リューナは来てくれるだろうか?

 ちらっと後ろを見たら、リューナと目が合った。

 僕を見ているのが分かって、強く手を引いた。

 ……僕が決めることだ!

 歩きながらグェイブの先っぽをちらつかせる。きっとオッサンは逃げるだろうと思ったからだ。

 でも、全然動かない。

 ……逃げてよ! ホントにやっちゃうよ。

 そう言いたかったけど、伝えられるわけがないし、斬ることもできない。

 困っていると、見てて危ないと思ったのか、並んだ村人の中から男がひとり出てきて、オッサンを引きずっていった。

 逃げるなら、今だった。

 ……リューナは僕が守る! このグレイブで。

 ぎゅっと手を握りしめたつもりが、すぽっと抜けた。

「アアア!」

 うめき声が聞こえたので振り向くと、リューナが2人の男に左右から腕を抱えられてもがいていた。

 ……お前ら!

 僕は思わずグェイブを振り上げた。2人とも斬っちゃいそうだったけど、手が止まった。

 ……リューナに当たっちゃう!

 だから、そのまま怒鳴った。

「放せ!」

 通じるわけがなかった。2人とも、逃げようとして暴れるリューナを前と後ろから腕を回して抑えるのに必死の様子だった。

 きれいなブロンドをくしゃくしゃにして頭を押さえ込み、それをはねのけた身体には、背中から手が回る。

 ごつごつした手がリューナの胸を掴んだとき、僕の頭の中で何かが切れた。

 ……やってやる!

 覚悟なんかする間もなく、手が勝手に動いていた。

 リューナにむしゃぶりつく男の頭めがけて、グェイブを振り下ろす。

 でも、その落ちる先に来たのは、身体を反らしてもがくリューナの顔のほうだった。

 ……しまった!

 キレたのを後悔したとき、僕の身体は横へ吹っ飛んだ。地面に転がったところで、男がひとり、僕の足を抱えて倒れていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る