第133話 守護天使たちの仲違い

 俺は唖然とした。前にも沙羅はバスターミナルで待ち伏せていたことがあったが、今日はいつもより早いバスで着いたのだ。どうして狙ったように、バスから俺が降りてくるのを捕まえられたのか不思議でならなかった。

「待ってたのか?」

 一応、訪ねてみると、怪訝そうな答えが返ってきた。

「待ってた」

 そんなこといちいち聞くなと言わんばかりの口調だったが、そこにかえって意味深なものが感じられて、俺はつい、問い詰めないではいられなくなっていた。

「何で分かった?」

 沙羅は不敵に笑ってみせる。

「もう起きてるだろうって思ったから」

 聞いてみれば単純な話だったが、それはそれで不愉快だった。これから先、一挙手一投足までも沙羅に監視されなければならないのかと思うと、あまりいい気分はしなかった。

「お前もモニターしてたのかよ」

 そう悪態つきながらも、正直に白状すれば反面、俺は沙羅の取り巻き男子たちに対して妙な優越感を覚えてもいた。

 それを見透かしたかのように、沙羅は皮肉たっぷりで答えた。

「まあね」

 一瞬はギクッとしたが、リアクションを待っているかのような沙羅の表情に、俺は1つ思い当たった。

「……まさか!」

 なぜ都合よく、あの場に村長の妻が現れたのかということだ。沙羅は俺に、わざとらしく指鉄砲を突きつけた。

「気が付いた?」

「お前か、あのバアさん!」

 俺が手も足も出なかった一方で、全てが沙羅の掌の上だったわけである。俺はそれが面白くなくて、学校行きのバス停留所の前に立った。朝が早いせいか、後ろについているのは乗りもしない沙羅だけだ。

「話が横道にそれそうだったからじゃない」

 背中からムッとした声が聞こえたが、俺は振り向きもしなかった。

「いらんことを」

 放っておけば、村長が依頼した吸血鬼退治はうやむやのうちに終わったかもしれないのだ。

 だが、沙羅は俺を、肩を掴んで振り向かせるなり、顔を突き出すと目を剥いてみせた、

「あのままだったら、グェイブでドカ~ン!」

 どっちみち、シャント…山藤が依頼を受けるか受けないか明確でないまま、あの場はあれで終わっていたかもしれないということである。

 だが、俺としては山藤や村長はともかく、リューナまでが被害に遭うのは避けたいところだ。たかがスマホ画面上の女の子とはいえ、実際に異世界で生きていると思うと、心配しないではいられない。

 見透かされているといえばそこだったわけで、俺は思わず目をそらした。その先には、バスがやってくるのが見える。

「じゃあね」

 沙羅はぽん、と俺の身体を放して、背中を向けて歩み去る。俺もつい、呼び止めないではいられなくなっていた。

「待てよ……どうやって?」

 村長の妻はあのとき、どうしていたかは分からない。

 確かに、村長がリューナにグェイブを触らせまいとしていたその場の当事者ではなかったという点ではモブのひとりだったといえる。だが、台所にいたリューナが階段を駆け上がっていったのを知らないはずがないのだ。そう考えると、モブとして動かすのは難しかったろう。

 沙羅は立ち止まると、そんなこと何でもないという顔をしてみせた。

「別に。女を1人、台所に駆け込ませただけ」

「それだけで何で?」

 村長の妻を動かせた理由がさっぱり分からない。沙羅は思わせぶりに、首を横に振った。

「女にしか分かんないかな、そこはもう」

 ますますワケが分からなくなった俺の後ろで、バスが急かすようにクラクションを鳴らす。沙羅もそっちへ顎をしゃくった。

「乗ったら?」

 言い残してバスターミナルを離れた沙羅の後を、俺はつい追っていた。乗車しないものと見なしたバスが、俺たちをすぐそばで追い抜いていく。

 それを目で追うと、沙羅は向き直った。

「……こういうわけ」

 俺は、スマホの中の異世界で男たちに襲われたリューナを助けるため、沙羅がテヒブをどうやって動かしたか思い出した。

「またピンポンダッシュか」

 家をノックしておいて、顔を出したテヒブの前でモブを走ったり立ち止まらせたりすることで注意を引き付けた沙羅は、相手を望む場所に誘導したのである。

「そんなとこかな」

 再び歩きだした沙羅の隣に、俺は並んだ。もう1つ、聞きたいことがあった。

「なんでわざわざ? こんな早く? こんな所に?」

 沙羅は前を向いたまま、言葉を区切ってはっきり言った。

「返事が、聞きたいから」

 何のことか分からなかったが、つらつら考えるに、昨日尋ねられた「2人限定のクリスマスパーティ」の件だろうと思われた。

 俺は遠回しに断ったつもりだったが、沙羅としてはそう取れなかったということだろう。

「あれは……」

 そこできっぱり断ればよかったのだが、それがどうしてもできなかったのは、心のどこかでは悪い気がしなかったからだろう。

 俺がものをはっきり言えないでいる隙に、沙羅は言葉を継いだ。

「メール来たんだ、男子から、いくつも」

 異世界転生アプリの他に、沙羅はコミュニケーションの手段と相手を確保していたらしい。

 俺がどうこういうことではないが、当然のリスクが生じたとしか思えなかった。昨日は狐でもついたかのような沙羅の狂乱ぶりに引いた男子たちだったが、その中に裏をかいて抜け駆けしようとする者がいてもおかしくない。それは俺も予想していたことだった。

「言わんこっちゃない」

 突き放す俺に、沙羅はかなり図々しい頼みを持ちこんだ。

「八十島君に誘われてるってことに」

 そこで巻き込まれなくてはならない理由がよく分からない。俺はきっぱり言い切った。

「嫌なら行かなきゃいいだろ」

 仮に頼みを聞いたとすると、他クラスの男子の嫉妬を真っ向から受けることになる。わざわざ災難をしょい込んで、残された細やかな平凡と平穏を乱したくはなかった。

 だが、沙羅はさっきの高慢な態度からはうって変わった気弱さで、俺にたどたどしく哀願した。

「いつまでもこういう空気の中じゃ……」

 心は少し疼いたが、俺は心を鬼にして、最も簡単な解決策を淡々と口にした。

「無視すればいいだろ」

 沙羅は言葉に詰まったが、ためらいがちに答えた。

「……ずっとここにいたいから」

 なんとなく、ここに来る前の沙羅がどんな人間関係の中で生きてきたのか分かったような気がした。

 異世界の記憶を保って生まれてきた沙羅にとっては、たとえ以前暮らしていた土地であっても、縁のない他郷でしかないのだ。ましてや、転住した先であれば、人とのより広く、より強い結びつきを求めたとしても無理はない。

 それでも、まるで交際しているかのような関係を偽装することまではできなかった。だいたい、人間関係を築くにしても、相手は選ぶものだ。

 俺は咳払い一つして、できるだけ重々しい口調で説教した。

「だからそういう下心のある連中はだな」

 これは沙羅の落度なのだから、弁解の余地はない。しょんぼりとうなだれるかと思って心配したが、あにはからんや、ぱっと明るい表情になったかと思うと、沙羅はとんでもない思い付きを口にした。

「じゃあ、八十島君も来たら?」

 冗談ではなかった。放っておいてほしい。こんな田舎町で高校生風情がやらかす乱痴気騒ぎに付き合う気はなかった。だいたい、バスを乗り継がなければ高校に通えないような山奥に住んでいる人間は、街中に住む連中とはスマホの向こうと現実並みに世界が違う。

 俺は無用の情を断ち切って、皮肉たっぷりに言い返した。

「先立つものがないんでな」

 その瞬間、頭の中に閃いたものがあった。

 村長の公認を得て、天下御免で吸血鬼退治ができるようになった山藤だが、依頼をうけたのを後悔するほどの試練を与えるのはそんなに難しくない。

「そう……」

 沙羅は沈んだ声でうつむいたが、立ち止まった俺に、怪訝そうな顔で聞いた。

「……どうしたの?」

 スマホを取り出してすぐ操作しようと思っていたが、歩きながらは危険だし、沙羅に手の内を知られたくもなかった。

「悪い、やっぱりバスで行く」

 踵を返す俺の後ろで、沙羅が不機嫌そうに答えた。

「分かった、もういい」

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