第51話 憂鬱な姫君とアイコンタクト!

 村長が連れてきたのは、昨日、リューナを襲った村の男たちだった。詫びを入れに来たにしては、あまりにも横柄な態度である。

 開口一番、村長はテヒブに難癖をつけた。

《ちょっかいを出すな》

 それが何を指すのかは、よく分からない。

 さっき村の男を追い払ったことなのか、それとも、その男が惚れているらしい村の女との仲を取り持ったことなのか。

 昨日、シャント…山藤とリューナを救い出したことを言っているのなら、リアクションが遅すぎる。

《はて、何のことかオイにはさっぱり》

 しらばっくれているというよりも、心当たりがありすぎるのだ、たぶん。返事をしようにもできないのだろう。 

 そこで掴みかかろうとしたのは、テヒブに頭を打たれたさっきの男だ。無様にコケるところを好きな女性に見られているから、逆恨みでもしているのだろう。あるいは、それが原因でふられたのか。

 どっちみち、テヒブが恨まれる筋合いはない。絡んできたのはこいつだし、シャントの盾にしたのは沙羅だ。

 村長もまた、そんな私怨につきあう義理はない。事情を知っていたかどうかは分からないが、片手を挙げてこの男を遮った。 

 代わりに男のひそひそ言う声に耳を傾けて、ぼそりと一言だけ答えた。

《全部だ》

 言葉に詰まっての開き直りが情けなくて、俺は思わず吹き出した。だが、沙羅がさっきまで落ち込んでいたのを忘れていたわけではない。

 沙羅の様子をこっそり伺うと、非難がましく睨んでいる。とりあえず、咳払いでごまかした。

 村長自身でもいろんな感情がまぜこぜになっている上に、村人個人の事情まで抱えてやってきたのだろう。そう考えれば気の毒と言えなくもないが、山藤…シャントにしてみれば知ったことではない。これまでの虐待を差し引けば、充分にマイナスだ。

 テヒブは軽く首を横に振ったが、それは村長の苦労を思いやる意味でもあったし、答えになっていない返答を残念がる意味でもあったろう。

《リューナのことを知らせなかったのう》

 村長の言う「ちょっかい」を絞り込んだテヒブに返ってきたのは、不機嫌な悪態だった。

《お前は引っ込んでおれ》

《そんなにメンツが大事かよ》

 テヒブの言葉は吹き出しの字幕抜きでは理解できなかったが、その口調はたしなめるようにも聞こえた。

 村長も負けてはいない。

《そのメンツを捨てたのは誰だ?》

 テヒブの顔に一瞬だけ怒りの表情が見えたが、答える声は低く抑えられていた。

《何も捨ててなどおるかい》

 すると村長は、得意気に笑った。

《王宮から逃げたお前がそれを言うか?》

 俺は思わず、沙羅の方を見た。

 杉の大木にもたれてスマホ画面を見つめる沙羅は、身じろぎひとつしない。そのまなざしなど、テヒブは知るはずもない。

《逃げてはおらんわい》

 今度はテヒブのほうが、ぼそりと一言だけ答えた。勝ち誇ったように、村長は言い放った。

《勝手に隠れ住んだのはお前だ》

《家は空き家で、土地はオイが拓いた。そこに手伝いをよこして手間賃をかすめ取っていくオンシに言われとうない》

 テヒブの言い分は筋が通っていたが、自信はなさそうに聞こえた。村人の手間賃をピンハネしているらしい村長は、それを指摘されてムキになった。

《僭王の追手が来れば、ワシも、この村の者もただでは済まんのだぞ》

 そうだそうだ、という男たちの吹き出しが画面のあちこちに現れた。

 ……「僭王」?

 沙羅の方をチラッと見ると、何かつぶやいたようだった。

 よく聞こえなかったが、スマホに目をやりながらうなずいてみせる。

 画面には、テヒブの吹き出しがあった。

《継承権のないモンが王位を主張しておるだけだ》

 ……納得。

 沙羅が転生する原因となった内乱を起こしたヤツが、王を名乗っているらしい。

 テヒブがこの村までやってきたのは、沙羅や異世界の両親を裏切れなかったからなのだろう。

 だが、村長にそんな事情は関係ない。

《追手は追手だ。お前はワシに借りがある》

《そんなら出ていくわい》 

 売り言葉に買い言葉というヤツだった。 

 ……ちょっと待てオッサン。

 俺の心配は、村長が代弁してくれた。

《リューナはどうする》 

 そうなのだ。どう考えても、シャント…山藤では頼りない。

 2人のやりとりを見ていたリューナの不安気な目が、テヒブに向けられた。

《オイが面倒を見る》

 テヒブの言葉は心強く、強張っていたリューナの表情も緩んだ。

 だが、そこで一つ問題が出てくる。

《そのボウズの面倒など見んぞ》

 村長の言う通りだった。リューナがいなければ、それを守ってきたシャント…山藤はいなくてもいいことになる。この異世界に放り出されて、生きていけるはずがない。

 だが、テヒブは言い切った。

《リューナとそのボウズを連れて出ていけばいい》

 村長は答えずに、リューナを見やった。それから逃げるように目をそらして家の中へと戻っていく背中を眺めながら、口元を歪めた村長はテヒブを嘲笑った。

《妾にでもするつもりか……どっちとは言わんが》

 沙羅がスマホの画面から目を背けたのは、村長の言いたいことが分かったからだろう。

 ……何てこと言いやがるんだジジイ。

 だいたい、どうひいき目に見ても、山藤のルックスはそういうタイプじゃない。

 だが、テヒブの怒りに火がついたのは、俺とは別の意味だったろう。

 村長が胸ぐらを掴まれたところで、村の男が止めに入った。テヒブのの背後からは、別の男が迫る。このままでは、袋叩きだ。

 ……行け、山藤!

 だが、画面の中に映し出されたのは、逃げるシャントの背中だった。

 ……お前が止めろ!

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