第50話 テヒブの闘い

 夏の日差しが頭から照りつけているのに、特訓は昼過ぎからまた始まった。

 次々に繰り出される棒を右に左に払いのけるのがやっとだったが、気が付くと僕が打ち込む棒をテヒブさんが跳ね返すようになっていた。

 撃ち返された棒をできるだけ長く使おうとすれば、先っぽを受け止めなければならない。すると、両腕を思いっきり広げることになる。

 最初は動きにくいと思ったけど、こっちのほうがまだ楽だと気が付いた。手首を片方ずつ振っていれば、絶対に左右から棒を打ち込めるからだ。

 ……なんかこれ、いけるかも。

 ちょっと自信がついてきたけど、暑い所で動いていると身体は汗ぐっしょりになる。それでも、テヒブさんは打ち込みと打ち返しをやめてはくれなかった。

 頭がくらくらする。

 腕が疲れてきた。

 足もふらつく。

 ……もう、だめ。限界。

 そう思ったとき、汗とは違う意味で身体がずぶ濡れになった。

 冷たくて、気持ちよかった。

 家の裏で洗濯をしていたリューナがやってきて、横から桶の水をぶっかけたのだ。

 テヒブさんが笑いだして、棒をかついだまま家の裏へと歩いていった。井戸で水を飲んでくるのだろう。

 僕のほうはもう、そっちへ行く気力もなくなっていた。

 その場にばったり倒れると、もう一つ持っていた桶で、リューナがまた水をぶちまける。顔面に直撃する冷たい水は、痛いけど気持ちよかった。

 リューナが笑いながら裏へ水を汲みに行くと、僕は横になったまま夏の空を眺めた。まいた水が湯気になっているからだろうか、真っ青だけど、ゆらゆら揺れて見える。

 やがて、桶いっぱいの水が来た。それを抱えて直に口をつけて飲むと、一気に空になった。それを見て、リューナはまた笑った。

 ずぶ濡れの服が乾く前に、テヒブさんは戻ってきた。そこでさっきと同じトレーニングが始まったけど、今度は僕の方から打ち込んでいった。もちろん軽く打ち返されたけど、その度に何だか力が湧いてくる気がした。

 それが邪魔されたのは、あんまり来てほしくなかった連中が現れたからだ。

 村長むらおさだった。

 男たちを何人か連れたそいつが何か言ったところで、テヒブさんはよそ見をした。

 ……今だ!

 思いっきり棒を突き出したけど、それを見もしないで弾き返したテヒブさんは何か言い返したみたいだった。村長が何か言うと、テヒブさんもまた言い返す。

 言葉は分からなかったけど、とうとう口喧嘩が始まった。

 すごい早口で、何を言ってるのか分からない。でも、お互いに熱くなっているのは感じた。

 ……止めたほうがいいんだろうか。

 もちろん、そのほうがいいんだろう。でも、ちょっかいを出したら昨日と同じことになるんじゃないかという気がした。

 村長は突然、リューナをちらっと見た。

 リューナは目をそらして、家の中へと戻っていく。その背中から、村長がからかうように何か言った。

 そこで、意外なことが起った。テヒブさんがものすごい勢いで、村長に掴みかかったのだ。

 もう、僕なんかがどうにかできるレベルではなかった。

 ……どうしよう、どうやって?

 何もしないで考えている間に、村長についてきた男が1人、割って入った。喧嘩する2人を引き分けるというよりは、身体ごとぶつかっていたように見えた、

 ……それなら、僕が止めるまでもないか。

 黙って見ていることにしたとき、誰かが僕を突き飛ばした。 

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