第52話 初めての、僕の闘い

 突き飛ばされた先で、僕は3、4人の男に囲まれた。

 昨日、泥だらけで蹴り転がされたときの痛みを思い出して、身体がぞくっと震えた。

 ……いやだ!

 気が付くと、僕は家の中へと逃げ込んでいた。

 リューナが震えながら見つめていた。

 ……ダメだよ、僕じゃ勝てない!

 それでも、テヒブさんが気になって振り向くと、開けっぱなしにしたドアの向こうで男たちを投げ飛ばしている。

 だけど、男たちも負けてはいなかった。僕とテヒブさんの棒は、地面に置いたままだった。それが拾われてしまった。

 ……戻らないと!

 でも、ただでさえ弱い僕が、棒を持った男たちと戦えるわけがない。

 さらに悪いことには、男が1人、追いかけてきた。

 ……どうしよう!

 とりあえず、できることは1つしかなかった。

「リューナ……!」

 指さしたのは、2階だった。リューナも同じポーズで繰り返した。

「私、……!」

 たぶん、「上」って言ったんだろうと思ったとき、リューナは階段を駆け上がっていた。これで、守るのは僕一人だ。

 男がじりじり近づいてきて、大きく両手を広げた。背の低い僕は、圧倒的に不利だ。

 ……捕まらない方法は?

 背の高さで負けなければいい。僕はとっさに、テーブルによじ登った。これで、頭から捕まることはない。

 足を掴まれたら終わりだけど。 

 もっと高い所に逃げられないかと思って見上げたところには、もう手をかけるものなんかなかった。

 ……そうだ!

 手がかりはないけど、方法はあった。

 テヒブさんが壁にかけたポール・ウェポンが目に留まったのだ。

 男はテーブルの端に、ゆっくりと手をかける。もたもたしている暇はない。テヒブさんのマネをして、テーブルを蹴って跳び上がってみた。

 でも、僕は体力測定の垂直跳びで、石灰の粉を付けた手が目盛りのついた黒板に届いたことがないのだ。武器を取るなり壁を蹴って、男の前で戦闘態勢を取れるわけがない。無様に床を転がることしかできなかった。

 リューナが見てなくてよかったと思ったけど、階段のてっぺんでブロンドがきらめいているのが見えた。

 ……カッコ悪い。 

 落ち込んでいる暇はなかった。長い方の棒を持った男が駆け込んでくる。素手では戦えない。そこで思い出したのは、台所の包丁だった。

 駆け寄ってみたけど……ない!

 リューナがしまいこんでしまったんだろう。ちゃんとした子なんだけど、気が利きすぎてる……って責めることもできない。

 僕の目の前で棒が振り上げられる。もうダメだ、と思ったけど、狙ったのは違うものだった。

 壁に掛かった、テヒブさんの、長いポール・ウェポン。

 完全アウトだった。こんなもの取られたら、僕もテヒブさんもかなうわけがない。

 男が棒をちょっと跳ね上げただけで、大きな刃のついた柄の長い武器は床に落ちて転がった。男は棒を捨てて、それを取ろうとする。 

 でも、背が高い分、腰を曲げるのは大変そうだった。

 ……今だ!

 小さい頃に見たギャグアニメで、おでんを持った小さいのが言ってた通りだ。これを先に拾うのは、この僕だ!

 足の遅い僕がダッシュをかけて間に合ったんだから、デカいのは相当、動きがトロかったんだろう。

 ……いただき!

 これで大逆転、と思ったんだけど、甘かった。

 ポール・ウェポンの柄に触った瞬間、目の前が真っ白になって、僕の身体は吹き飛ばされた。

 家の壁に叩きつけられて、まっすぐに落ちる。

 ……何だ?

 床に転がった僕の目に見えたのは、腰を抜かした大男2人と、その前でブウウンと唸るポール・ウェポンだった。

 ファンタジー系RPGの知識が、僕の頭の中を駆け巡る。そこで、魔法使い系のルールで思い当たったのがあった。 

 ……限定魔法!

 強力なマジックアイテムを敵に使われないように、持ち主がかけておくのがこの魔法だ。テヒブさんが持っていたのは、魔法のかかった武器エンチャンテッド・ウェポンだったのだ。

 男たちがこれを使えないのはいいけど、僕にも使えない。

 ……いや、待てよ?

 背が低い分、立ち上がるのは僕のほうが男たちよりも早かった。床に落ちた長い棒を取ろうとして走る。でも、ふらふらと起き上がった男がひとり、それを戸口へと蹴飛ばした。

 ……負けるか!

 チャンスはもうない。体育の授業でも絶対にやったことのない猛ダッシュをかけて追いかけると、外へ出たところで棒を拾うことができた。

 何人もの男たちに囲まれた素手のテヒブさんは、短い方の棒を持った相手に苦戦している。倒しても倒しても、昨日の恨みからか、男たちは何度でも襲いかかってくる。それを防ぐ隙を狙って、棒を振り回されてはたまらないだろう。

 村長は、離れたところからそれを見ているだけだ。

 ……お前ら、卑怯だぞ!

 頭に来て、僕は喚きながら、長い棒を持って突っ込んでいった。

「うわああああ!」

 棒が長すぎて、左右に振ることしかできなかった。でも、さっきの要領で手首を振るだけで、素手の男たちには結構当たった。

 短い棒を構えた男が立ち向かってきたけど、その使い方は僕よりもヘタクソだった。そうなれば、長い武器を持った僕のほうが有利だ。さっきまで使っていたリーチの短い武器は、簡単に吹っ飛んだ。

 ……やった!

 逃げる男たちを追い散らかした僕は、テヒブさんを背中にかばった。すぐに、テヒブさんは地面に落ちた短い方の棒に飛びつく。そこでころりと一回転して構えた棒は、前に突き出されたかと思うと手の中から引き抜かれて消え、同じ広さに広げた手の間を左右に飛んだ。

 テヒブさんの身体の周りを、棒はまるで魔法にかかったみたいに自由に飛び回った。それを見ていた男たちも村長も、僕までもがその場から動けなくなった。

 ……すごい。

 肩と同じ高さの棒が地面に打ち付けられたとき、その勢いでハッと目が覚めた。村長も男たちも、そこでびくっとしたみたいだった。

 村長はちょっと固まっていたけど、フンと鼻息一つだけついて歩き出した。男たちもぞろぞろついていく。

 ……ざまあ!

 そう思ったとき、振り返った村長は悔しそうに言った。

 捨て台詞ってやつだ。

《逃げきれんぞ。せいぜいここで面倒を見るといい》

 誰もいなくなるまで、僕とテヒブさんはそこを動かなかった。

 ……まだだ! また来るかもしれない。

 ……テヒブさんと一緒に、リューナを守らなくちゃいけない。

 ……何があっても!

 遠くの空でコウモリが飛び始めたのが見えた。

 もう、夕方になっていたんだと気がついたとき、リューナも家から出てきた。心配してくれたんだろうと思うと、嬉しかった。

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