第185話 ネトゲ廃人、最後の切り札を使う
雪が降って寒い寒い中を、僕はカラオケ「ひまわり」の前でつっ立っていた。
ネーミングにセンスのかけらもない。カンバンも、ガラスのドアに書かれた店の名前とヒマワリの絵だけだ。
もう、1時間もここに立っている。身体が凍えそうだ。
まるで、異世界で
やっとのことで、1人来た。
「何だ、いたのかよ」
確か、沙羅にくっついていたヤツのひとりだ。手に持ったトートバッグの中をちらっと見たら、ビールの中ビンっぽいものが見えた。
でも、ラベルを確認したわけじゃない。まだ、動くのは早かった。
次にやって来たのは、女子だった。手に提げている長い袋の中にも、ビンはちょっと長い。シャンパンかなんかが入っているんだろう。
だろう、では証拠として弱い。推理もののAVGで、犯人を追い詰める最後のイベントなら、確実な証拠をもとに選択肢を選ばなくちゃいけない。
男子と女子が次々にやってきては、ガラスのドアを開けて中へ入っていく。誰も、「入れよ」なんて言うどころか一言だって、僕なんかには声を掛けない。
そのうち、最後の1人がやって来た。
綾見だ。これで僕を無視なんかしたら絶対許さないところだけど……。
スルーされた。
呼びつけといて、これだ。さすがにムカッときたが、僕には僕の使命がある。綾見もカラオケへと入っていったところで、僕はスマホに手を伸ばした。
〔それらしいもの確認できず。確認次第、空メール再送〕
〔了解〕
返信を確認して、僕は暖房がもあっとくる店の中へ駆け込んだ。
寒さで、倒れるところだったのだ。
店のカウンターで部屋を確認して中へ入ると、僕なんか関係なく、テーブルの上にはチキンやポテトが上がって、クリスマスパーティはもう始まっていた。
「……というわけで、転校生の綾見沙羅さん、ご挨拶!」
立ち上がった綾見と、ヒューヒュー騒ぐ男子たちをかわるがわる、女子たちが睨んでいる。
本当なら、八十島がここに座っているか、綾見を連れ出すかしていたんだろう。それが、女子たちが参加することになったので必要なくなったのだ。
SLG的に読んではいたが、やっぱりその通りだった。
女子たちの目なんか気にしないで、綾見は余裕たっぷりに、呼ばれたことを感謝する。
「あらためて、はじめまして。綾見沙羅です。てんしょ……転校してきたばっかりで」
転生と転校じゃ、転移のレベルが違う。
でも、綾見はにっこり笑ってテヘペロでごまかす。男子どもが叫んだ。
「サラちゃん、噛んでも可愛い!」
「気にするな!」
綾見は片腕挙げて、ガッツポーズをする。
「よく分からないことばかりですけど、よろしくお願いします!」
男子どものテンションはますます上がり、女子どもの怒りはMAXに達した。
女子のほうだけゴキゲンをとろうとしたか、いちばん最初に来た男子がテーブルの上に、例のブツを取り出した。それを合図に、次々に似たようなものが置かれる。
沙羅が首を傾げてみせる。
「あれ……これ、何?」
やばい。ここで八十島が現れないと、かなりやばい。
最初にブツを取り出したのが、そこでひとりの男子を立たせた。
「じゃあ、沙羅ちゃんはここで、コイツにお話ししたいことがあるそうです」
綾見は口を開けたまま、その場で固まっている。
僕は、ポケットの中のスマホで合図を送った。
数分後。
「あ、サラちゃ……ん?」
沙羅のいない部屋で固まっているのは、栓が抜かれたビンを目の前にした、男子のにやけた顔だった。
低い声が聞き返す。
「綾見がどうかしたか?」
部屋に入ってきたのは、さっき出ていった綾見じゃなかった。
顔の長い、眼鏡の奥の眼が細いオッサンだった。
別の男子が、口をぱくぱくやる。
「え……先生、何で?」
ウチの担任だった。僕の空メールが、すぐ近くで待機していた現場急行の合図だったのだ。
聞かれたことに、また担任は聞き返す。
「それは、何だ?」
要領のいい女子は、担任の顔を見た瞬間、酒のビンをテーブルの下や、そこらのカバンの中に隠したのだ。
でも、担任は許さない。
「出しなさい」
栓を抜かれたビールやシャンパンのビンが、次々に机の上に置かれていく。
「何で、栓が抜いてあるんですか?」
「抜いてみただけです」
最初に持ってきた男子が言い訳すると、担任は僕のほうを見た。
「何のために抜いた?」
「中身を飲むためです」
そこで担任は、いままでとは全然反対の、大きく高い声で怒鳴った。
「飲んでないだろうな!」
その場にいる全員の名誉のために、僕はきっぱりと答えた。
「誰ひとり、飲んでません!」
部屋中が、しんとした。カラオケボックスなのに、何の音もしなくなった。みんな、そこに座ったまま、動かなかった。
しばらくして、担任が口を開いた。
「全員、解散。家庭への連絡は、後でする」
みんな一斉に立ち上がると、荷物を持ってドアから1人ずつ出ていった。
残ったのは、僕と、机の下の酒のビンだけだった。
「ご協力、ありがとうございました」
AVGには切り札がつきものだってことだ。
僕は生まれて初めて、人に深く頭を下げた。担任は、眼鏡の奥の眼細い目を光らせて、低い声で答えた。
「それは、私の台詞です」
つまり、これは僕と担任で打ち合わせたことだっていうことだ。
僕は担任に、このカラオケで飲酒を含むパーティーが開かれるかもしれないということをメールで伝えた。
返信で担任は、飲酒かどうか判断できれば、それが行われる直前に踏み込んで、カラオケから全員追い出すつもりだと伝えてきた。
そこで、僕が現場を押さえて、このカラオケの周辺で待機している担任にメールで知らせることになったのだ。
これが、僕の切り札だったというわけだ。
カラオケを出るところで、僕は担任に確認した。
「家にも電話、入りますか?」
この後、担任からは、追い返した全員の家庭に電話が入ることになっている。
担任は低い声のまま、応えた。
「本来なら学校から重い処分が下るところだが……」
その先はもう、話がついている。
「飲酒は未遂ということで、担任レベルの指導で済ませる」
僕の一言がみんなを救ったという筋書きだ。
ひとり残らず、冬休みに家庭訪問されるのはたまらないけど、仕方がない。
当然、僕もそういうことになる。
「家にも来ますか?」
「行く」
でも、それは表向きのことだ。親の前で担任が口にすることは、「よく知らせてくれた」の一言だ。
これで、この冬、家から一歩も出ない僕のネトゲ生活は、親からかなり大目に見てもらえることになる。
AVG、クリアだ。
帰り際に、担任はひとこと付け加えた。
「いろんなことがあったんだろうね、この数日」
「……ええ」
一言では言い尽くせない。
「何だか、今までの君じゃない気がするんだが」
「……よいお年を」
年末は、この一言でみんなキャンセルできるから楽だ。
「よいお年を……山藤コウ……耕哉君」
僕の不意打ちのせいか、ちょっと担任は咳き込んだ。
その場に僕ひとりになってから、周りを見てみた。
誰もいない。
綾見を連れ出した八十島は、もうとっくにどこかへ行ったことだろう。
どこでもいいけど。
僕には関係ない……そう思ったけど、やっぱりスマホを見ないではいられなかった。
ものすごい叫び声が聞こえてきて、びっくりした。雪が落ちては水滴になって解ける画面に、一昨日までいた異世界が映っている。
戦っていた。みんな、戦っていた。今まで持ったことのない、剣や槍を使って。
またリズァークが兵士たちを連れて、テヒブさんを捕まえにやってきたのだ。
もう、みんな怖がってなんかいない。武器の使い方は僕と同じくらい下手だけど、テヒブさんと一緒に戦っていれば、たぶん大丈夫だ。
リューナだって。金色の髪を振り乱して戦う姿は、きれいだった。
使っているのは
結構、強い。もう、僕なんかいなくたって大丈夫だ。
「いや……僕だって」
もっと強くならなくちゃいけないのだった。リューナに恥ずかしくないように。
だから、スマホをポケットにしまうときも、異世界転生アプリは閉じない。
でも「ネトゲ生活もほどほどにしようかな」なんてことを、この時だけはちょっと考えたりもしていた。
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