第54話 ネトゲ廃人がこんな風にガンバリました
……あれ?
何か変だと思ったが、そんなことを気にしている場合じゃない。
これで山藤がキレるとめんどくさいのは、昨日、包丁を持ち出したのを見ても分かる。良くも悪くも、追い詰められたときの爆発力は凄まじいということだ。ヤケでも何でもいいからぶつかってきてきてくれれば、俺が操っているこの男はモブではなく、自分の意思でシャント…山藤と戦うことになる。
逃げずに戦わないと、この異世界では生き抜けない。いい加減、腹をくくってほしかった。
このアプリがどういうシステムになっているのかは分からないが、沙羅とは現実世界に戻すか戻さないかという勝負をしているのだ。
異世界転生は、俺たちの選択にゆだねられた。他の連中は「Yes」を選び、俺は「No」を取った。すると、現実に戻るか戻らないかという選択の機会が同じようにあるはずだ。
その時、異世界での生活に懲りていれば、この根性なしは迷わず「Yes」を選んで帰ってくるに違いない。
……さあ、来い!
だが、こいつのヘタレっぷりは俺の想像を超えていた。
よりにもよって、逃げ場のないテーブルの上によじ登ったのである。呆れた俺は、しばしモブ操作を忘れた。
その隙を突いてテーブルから飛び降りれば、反撃のチャンスもあっただろう。だが、それにも気づかないシャント…山藤は、まだ高い所を探してきょろきょろしている。
……バカと臆病もたいがいにしろ!
イライラしながら、俺はモブ男の手を拡大してタップした。よじ登らせるために、テーブルの端に持っていく。狭い所で突き落としにかかれば、いくら何でも反撃してくるだろう。
だが、シャント…山藤はもっと信じられないことをやった。特撮ヒーローよろしく、テーブルを蹴って勢いよくジャンプしたのだ。
結果は火を見るより明らかだった。床の上に腹から落ちて、よほど痛かったのか、そこらじゅうを転げ回った。
……何やってんだお前。
そこへ駆け込んできたのは、テヒブの長い棒を持った村の男だった。シャント…山藤は台所へ走る。
……また包丁かよ。
キレたオタクに刃物というのはあまりに危険な取り合わせだが、この場合は現代でも正当防衛が成り立つんじゃないかと思うほど、シャント…山藤が不利だった。武器のリーチに加えて、身長にも腕力にも差がありすぎる。
だが、包丁はなかった。素手のシャントに棒が振り上げられる。俺のモブで助けてやれないこともないが、苦労させるという建前上、それはできなかった。
……こらえろ、山藤!
たぶん、命を取られるほどのダメージはないだろう。この場は何とかしのいで、選択のチャンスがあったら迷わず現実に戻ってくればいいのだ。お前に、自力で異世界を生き抜く甲斐性はない。
だが、それはいらぬ心配だった。棒はシャントを狙ったのではなく、叩かれたのは壁に掛けられた長柄の武器のほうだった。
意味不明の行動に一瞬だけ唖然としたが、何の脈絡もない行動だけに、その原因にはすぐ思い当たった。
シャント…山藤はこれを取ろうとしたのだ。もっとも、ちょっとやそっとじゃ取れないような高い所に掛けてある武器だ。あんなジャンプ力では無理だろう。
……それを落としてやったってことは?
杉の大木の方を見てみると、案の定だった。故郷恋しさに涙を流していたはずの沙羅が、スマホの画面を指先で撫でくりまわしている。この意味不明の行動を取る棒男は、沙羅が乱入させたのだった。
「何のつもりだよ」
ためらうことは一切なく、言いたいことが言えてすっきりした。さっきまでは、声をかけるだけでも躊躇していたのそだ。
沙羅は、僕の顔を見て笑ってみせた。余裕をアピールするためのカラ元気にしては、余りにも屈託がない。
その明るい声で、沙羅は挑発に出た。
「見てないで、助けてあげたら?」
画面の中で、デカブツが長柄の武器に手を伸ばす。だが、総身に知恵が回りかねるほどの大男でもあるまいに、動きは妙に遅かった。
まるで、シャント…山藤が拾うのを待っているかのように。
……そう都合よく!
沙羅の思う通りにさせるわけにはいかなかったが、この武器があればテヒブを守れるかもしれない。俺の使うモブで邪魔させるかどうか、少し迷った。
シャントの動きは意外に早かった。それは、山藤がチャンスを見逃さなかったということだ。必死の形相で手を伸ばし、長柄の武器を取ろうとする。
……まあ、しょうがないか。
こいつなりに努力しているのだ。このくらいのタナボタは、大目に見てやってもいいかもしれない。
だが、仕掛けたわけでもない災難がシャント…山藤を襲った。
手を触れようとした長柄の武器が光を放ったかと思うと、シャントの身体が家の壁に背中から叩きつけられたのだ。
俺と沙羅がコントロールしているはずのモブたちが、その場に崩れ落ちる。武器がものすごい衝撃を発したのだと察しがつくまで、ちょっと時間がかかった。
その隙に、シャントが棒を取りに走る。山藤にしてはいい判断だった。だが、そんなツキをやるには、今まであまりに逃げ過ぎている。もうちょっと思い知らせてやらないと俺の気が済まなかった。
村の男を立ち上がらせると、その足を操作した。シャントの手が伸びたところにあった棒を蹴飛ばしてやる。それでもシャント…山藤は、戸口の外へと滑っていった棒に食らいついた。
「もう大丈夫なんじゃない?」
いつの間にか、沙羅がすぐそばに立っていた。自分のスマホを俺のと見比べながらではあるが、どっちも家の中からのモブ視点なので、見ているものはたいして変わらない。
さっきまで杉の幹にすがりついて嗚咽していた異世界の姫君の姿はどこにもないが、よく見ると、頬に涙の跡があった。
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