第147話 守護天使、ラブラブに悩む

 俺は先に帰ったはずのリューナがいないのが引っかかって、俯瞰画面で探してみた。だが、それらしい姿はどこにもなかった。畑で働く男をマーカーで捕まえてモブにしてみたが、拡大画面でそれを移動させながら探しても、やはり見つからなかった。

 ……何で?

 朝早くから水浴びしたり、いきなり仕事を放棄したり、女の子のすることはさっぱり分からない。

 沙羅にしても、そうだ。あのメッセージは、何なんだろうか。

 ……前の学校のことを、何で今さら?

 友達が告白されて困ってたのを見捨てて、転校してきたってことだろうか。

 確かに、心優しい美少女ではない。俺が困る罠を仕掛けて喜んでいるのを見る限りでは、どっちかというと根性は曲がっているといえる。

 だが、俺が困るのと友達が困るのとでは、その質が違う。そもそも、男子たちと談笑したり、俺を威圧する女子に啖呵切ったりする沙羅からは、人を平気で傷つけるような過去はとても想像できなかった。

 だから、とりあえず無難なメッセージで事情を聴いてみたのだが、帰って来たのは不機嫌な一言だけだった。

〔もういい〕

 それっきり、沙羅からの相談と思しきメッセージは来なかった。結局、何が言いたかったのかは分からずじまいだ。

 リューナの行方も沙羅の考えていることも見当がつかないので、俺は朝食を取ることにして台所に下りた。親父と時間がずれていても、朝から韓流ドラマを見ているオフクロのそばで適当に何か食べればいい。

 だが、俺を見るなり、何やら台所を掃除しているオフクロは言った。

「さっさと食べて手伝いなさい」

「……何を?」

 呆気にとられて尋ねた俺が見たものは、窓際にせっせとクリスマスツリーなんか立てている親父の姿だった。

「父さん、いったい、何を?」

「忘年会の貰いもんでな、もったいないから」

 リサイクルショップにでも、新古品として持って行けばいいのである。リューナや沙羅と同じくらい、今日の両親がやることはワケが分からなかった。

 ただ、イヤな予感はした。返ってくる答えは想像がついたが、一応は聞いてみる。

「だから何で掃除を?」

 オフクロはさらっと意表をついてくれた。

「年末だから」

 確かに、年越し前に突貫作業をするよりはマシだが、するとクリスマスツリーは邪魔以外の何物でもない。

 その疑問は、親父が解いてくれた。

「ついでにクリスマスも」

 俺のところにサンタクロースが来なくなった年齢から、ウチにはついぞ無くなった年中行事だ。正直、このトシになってイベントが増えても面倒臭いだけだ。

 だが、俺の怠惰を戒めるかのように、オフクロはこっ恥ずかしいことを、これまたさらりと言ってのけた。

「結婚記念日だから」

「クリスマス婚だったんかい!」

 あまりのことに鳥肌が立って、思わずツッコんでしまった。

 ……こういう夫婦だったとは。

 暗澹たる気持ちになったが、こんな事情を明らかにされてしまってはイヤとも言えない。俺は二人の聖なる日を祝うための準備に、貴重な休日を割く羽目になった。

 クタクタになった俺が自分の部屋で横になる許可を与えられたのは、夕食前のことだった。

「昼飯がサプリって、それはないだろ……」

 まさか栄養剤入りのチューブ入りゼリーをすすらされるとは思ってもみなかった。おかげで、沙羅からのメッセージがチェックできなかった。

 布団の上でぐったりしながら、スマホを手に取る。もし、半日も放置したとなると、今朝損ねた沙羅の機嫌がどうなっているか、想像もつかない。

 恐る恐る確かめた画面には、何のメッセージも入っていなかった。

 ……よかった。

 落ち着いて眺めると、映っているのは、夕暮れの中をうろうろ歩くシャント…山藤の姿だった。その背後には、どこかで見たような2階建ての家がある。ただし、村長の家ではない。

 よく見れば、それはテヒブの家だった。

 何をしに来たのかは、山藤のやることだから考えるだけムダである。こいつの場合、常識を根拠に察してやるよりも、やっていることをよく観察してから見当をつけるほうが効率的なのだ。

 シャント…山藤は、カギのかかっていない扉を開けて中に踏み込むと叫んだ。

〔リューナ!〕

 まだ、帰ってきていないらしい。

 2階へと階段を駆け上がると、そこはCG処理された画面の中でもなお薄暗かった。山藤が窓を押し開けると夕暮れの光は差し込んできたが、部屋の中にはやはり、誰の姿もなかった。

 ……しょうがないな。

 俺は窓から見える遠い畑で家路に就く男を1人、マーカーで捕らえた。視界が移動して、テヒブの家が遠く離れていく。ぐるりと回転してみたが、リューナの姿は見当たらなかった。

 ……それなら。

 俯瞰視点で探してみると、多くの村人が畑や村長の家から帰っていく中、1人だけ見当違いの方向へと歩く者がいた。

 そっちには村外れの、崩された壁がある。リズァークの軍勢に破壊されてこのかた、見向きもされなかった場所だ。

 ただ1人の例外を除いては。

 ……リューナだ!

 そう気付いたとき、明かりも付けていない部屋の中に、けたたましくメッセージの通知音が鳴り響いた。

 最悪のタイミングだったが、これも無視できない。リューナの様子に注意しながら眺めた文字は、最悪の展開を告げていた。

〔吸血鬼が動いた〕

 分からないのは、どうしてそれに気付いたのかということだ。確かにリューナは夕べ、テヒブに操られてヴォクスのもとへ向かった。だが、沙羅は全く干渉してこなかった。

 黙って見ていたのだろうか? そうだとすると、なぜ?

 俺は急いでメッセージを送って尋ねた。 

〔何でそれ知ってた?〕 

 沙羅の答えは、遠回しだった。

〔コウモリ飛ぶの見てなかったでしょ〕

 ヴォクスが変身したコウモリのことを言っているのだが、それを昨日見ていたのか、今日見て察したのか。

 だが、その疑問はリューナの一言で、どっちでもよくなった。

《……ありがとう、シャント》

 その声は、テヒブでもヴォクスのものでもなかった。

 つぶやきに過ぎなかったが、自分の言葉で話せるということは、意識があるということだ。

 リューナは、自らの判断でヴォクスのもとへと向かっているのだ。

〔思わない? 恐ろしい子だって〕

〔そんなこと言ってる場合じゃないだろ〕

 沙羅は同性としての感想を述べたに過ぎないのだろうが、俺は男として焦っていた。

 たぶん、俺と沙羅は同じことを考えている。リューナがヴォクスのもとへ向かうのは、もう操られたくないからなのだ。

 一度はヴォクス自身に操られてシャント…山藤に襲いかかっている。

 まあ、俺からすれば、眠っているリューナにキスしようとしたのだから因果応報ということになる。だが、本人にしてみれば、自分を汚した吸血鬼に身体を思うままにされたのだから、これほどの屈辱はないだろう。

 ましてや夕べは、自分を失って自らヴォクスのもとへ赴くところだったのだ。餌食になるのが同じなら、自分の意志でと思ったのだろう。

 そうすれば、村人に危害が加えられることがないのだから。

 そんなリューナの思いに胸を熱くしていると、そこに沙羅のメッセージが冷水を浴びせてきた。

〔その気になれば、ヴォクスの仲間になって復讐できるのよ〕

 前言撤回。この辺は、女だ。俺はとてもついていけない。

 リューナがそんな女の子だとは思いたくなかったが、吸血鬼になってしまったら、元の人間の思考が働くとは限らない。

 止めないわけにはいかなかった。だが、ここからではモブを動かしても間に合わない。どれだけ急いでも、歩かせる速度には限界がある。

 だが、シャント…山藤なら、どれだけ足が遅くても、全力で走ることはできる。モブの移動より、なんぼか速い。

 そのためには、まず、リューナに注意を向けさせなければならなかった。山藤のいるテヒブの家を遠目に眺めると、まだ2階の窓が開いて、その姿が見える。

 だが、こっちを見てはいないから、直に知らせてやるしかない。モブを長距離移動させるために俯瞰画面にしてみると、もう、家の前には女が1人いた。

 沙羅の仕業だということは察しがついた。偶然を装って、リューナのいる方向へ向かわせようというのだろう。

 ……そうはいくか。

 いったんはそう思ったが、リューナの危機に、山藤を現実に戻すのどうのと言ってはいられない気がした。沙羅に何か知恵があるなら、任せようという気にもなる。

 そこへ、またメッセージが入った。

〔OKしたほうがいいと思う? 告白ってさ〕

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