第101話  守護天使の誤算と美少女の裏切り

〔何で?〕

 自分では知恵を出さずに、俺のアイデアにはケチをつける。実に横着な態度に、結構ムッときた。

 沙羅は、よく分からない答えを返してくる。 

〔リューナがアクティブに〕

〔だから何で〕

 イライラしながらなおも尋ねると、肝心の一言がやっと出た。 

〔口元がテヒブって〕

 壁の向こうの騒ぎが聞こえたのだろう。テヒブが帰ってきたと勘違いしたのだ。確かに、兵隊が動くきっかけになるとやりにくい。

〔どうなった?〕

〔兵隊が捕まえた〕

 いちばん嫌な展開になってきた。俺は慌てて、ろくに説明もしないでメッセージを送った。

〔止めろ〕

〔何よ3Dフェチ〕

 この非常時に、また妙な誤解をしたらしい。

 ……俺は画面の向こうの美少女に劣情を催す趣味はないってのに!

 面倒くさいことに、俺はまた何文字か打たなければならなかった。

〔こっちも大変なんだよ〕

 なにしろ、村の反対側までこの大集団を引っ張っていかなくてはならないのだ。面倒この上ない。さらに困ったことには、騒ぎはますます大きくなっていた。お互いに取っ組み合いを始めたのだ。

 ……本当にわけわからんな、こいつら。

 ほとほとあきれ返った俺の眼の前に、村の男や女の罵り合いが文字で並んだ。

《逃げるな! 自分だけ助かろうなんて!》

《それはあんたじゃないの! ……触るなスケベ!》

 察するに、誰が脱落者なのか疑心暗鬼に陥って、ケンカを始めたのだろう。

 ……最悪だ。

 案の定、壁の上にはひとりの兵士が現れた。偉そうな態度を見ると、そこそこの人数を束ねる隊長のようだった。

《テヒブ・ユムゲマイオロを引き渡せ!》

 返事がない。あるわけがない。ここにいないのだから。

 だが、僭王の使いの知ったことではないようだった。村人たちを見下ろす兵隊は、背後からと思われる合図にちらと振り向いてから、大声を上げた。

《壁を壊せ!》

 兵士たちによる一斉の喚声と、村人たち各々の非難の声が混じり合って辺りにこだました。

 その中で、独り村長だけが抗議した。

《待て!約束が違う!》

 確かに、村長もこの点だけは間違っていない。テヒブが見つからなくても、また来なくても、日が暮れるまで猶予はあるはずだ。

 村人の中からも、反論する者がある。

《だからテヒブは死んだって!》

 僭王の使いの言葉をリレーしているらしい、壁の上の兵隊が怒声を発した。

《どうやって死んだか、娘同然の女が知らぬはずはない!》

 すかさず言い返す者があった。

《どこぞのガキが知ってらあ!》

 シャント・コウ、つまり山藤のことである。名前なんぞ聞く機会はなかっただろうし、あっても村人たちにはどうでもいいことだ。気に留めることがあったとしても、肝心なのはテヒブの遺したグェイブの脅威であって、それを手にしているシャント…山藤ではない。

《連れてまいれ!》

 この兵士にしたって、テヒブの居場所を知るための手掛かりでしかない。

 だが、村人にとっては命綱だ。動かすのにはあれだけ苦労したのに、壁の向こうの指図ひとつで、ひとり、ふたりと駆け出した。

 徒労感がどっと襲ってきたが、シャント…山藤にとって降って湧いた幸運の邪魔を敢えてする気はなかった。

 ……打つ手がないんだよなあ。

 俺の立場は、守護天使みたいなものだ。ピンチから救い出してやるんじゃなくて、自分で乗り越えるためのヒントを与えてやらなくちゃいけない。

 だが、それもモブを動かさないとできない以上、周りに誰もいない場所ではどうすることもできない。

 現実世界のほうが遥かにマシと思えるほどひどい目に遭ったことでよしとするべきだった。

 そう考えて納得したとき、村人の中からとんでもない声が飛びだした。

《……死んだ! あのガキは死んだ!》

 目を吊り上げて叫ぶ男の顔には、見覚えがあった。そいつに向かって、兵士が激昂する。 

《デタラメを申すな!》

 男は、血を吐くかのような勢いで叫び続ける。

《俺が蹴り落として殺したんだよ!》

 山の斜面で、俺が操ったモブだった。罪の意識に耐えかねての絶叫だと思うと胸が痛んだが、実はシャント…山藤は生きている。俺がやらせたことだからこいつに罪はないし、気にすることはなかった。

 壁の上の兵士は、背後を見下ろしたかと思うと、村人たちに告げた。

《娘が騒いでおるらしい。確かめよう》

 それだけで引っ込んだところを見ると、シャント…山藤の生死はどうでもいいらしい。問題は、やはりテヒブの生死だった。

 やがて再び姿を現した兵士は、リューナの言葉を告げた。 

《テヒブは生きている、お前らを捕らえれば分かる、と》

 それは、リューナの裏切りを意味していた。

 ……俺のミスか?

 さすがに、俺もぞっとした。シャント…山藤を連れ戻すために、村人たちを動かそうと小賢しい知恵を働かせたのが裏目に出てしまったのだ。

 そこで、沙羅からのメッセージが俺を呼んだ。

〔怖い娘よね~!〕

〔楽しそうだな〕

 この大変なときに、この態度はムカついた。

〔別に〕

 皮肉を込めた答えだということは分かった。沙羅の言うことは的を射ている。リューナのやることは、ある意味、沙羅よりも性質が悪いのだ。

〔寝返ったってことか〕

〔頭いいよね〕

 判断も切り替えも早い。その理由は、察しがついた。

〔嘘がバレたってことか〕

〔あれだけ騒げば〕

〔そこで連中が知ってることにしたわけだな〕

 頭の回転が早いのを通り越して、非情とさえ言える。

〔タイムリミット前倒しにしたわけね〕

 日が暮れるまでだ。

 テヒブが現れなければ、僭王の部下が壁を破壊して探しに行く。

 だが、兵士たちが壁を乗り越えて村人たちを捕えてしまえば同じことなのだ。

〔壁を壊さなければいいわけだしな〕

〔これで山藤君も解放されるわけだし〕

 シャント…山藤が村長の家からの脱け出したのをリューナは知らない。ただし、身動きが取れないという点では同じことだ。

〔崖から這い上がれればな〕

 俺のツッコミへの返事が来るまで、ちょっとかかった。

〔そこか、問題は〕

 言い換えれば、山藤がグェイブを手に戻ってくれば、リューナを救出できなくても、心の支えぐらいにはなる。いや、彼女がうまく立ち回れば、グェイブを操れるシャント…山藤に僭王の使いが危害を加えることはないだろう。

 少なくとも、日が暮れるまでは。

 俺は画面上の視界を広げて、さっきの洞穴辺りをズームインした。山藤の姿は、探すまでもなかった。

 ……何やってんだよ。

 崖から滑り落ちているところだった。

 ……サルかお前は!

 落ちたところでしこたま頭や背中を打ったようだったが、背中のグェイブのおかげで急所は守られたようだった。

 ふらふらと立ち上がるすぐ傍らには、足場になりそうな大きな岩がいくつもある。

 ……気づけよ!

 俺の心の叫びが通じたのか、山藤はその中のひとつによじ登り始める。

 ……よし!

 だが、そこで沙羅のメッセージが俺を呼んだ。

〔来た! そっちどう?〕

〔大丈夫、たぶん〕

 メッセージを返して見守っていると、シャント…山藤はどうにか崖をよじ登っている。

 それでも一瞬、足が滑った。下は谷川の急流だ。

 ……危ない!

 背負ったグェイブの柄の先が、崖に引っかかってストッパーになる。安心したところで、手が崖の端にかかった。それほど筋力があるようには見えないので心配したが、何やらもぞもぞやりながら、どうにか山の斜面まで這い上がった。

 俺は、沙羅が送ってきたのとほとんど同じ文面を返した。

〔終わった。そっちどうだ?〕

〔大丈夫、予定通り〕

 再びズームアウトしてマップをずらし、壁の辺りを拡大すると、縄梯子みたいなものがかかった壁を、兵隊がぞろぞろと越えてきていた。

 一方、村人たちも負けてはいない。兵士が降りてきたところを狙って、棒や刃物を持った数人が袋叩きにする。武装している割には、兵士たちが劣勢に見えた。

 ……もしかして、非戦闘員を殺傷できない?

 その読みは、壁の上からの命令で裏付けられた。

《壁を崩せ!》 

 抵抗する者を皆殺しにすればケリのつくことである。それなのに、敢えて遠回りで手間のかかる方法で対抗措置が取られたのだった。

《やめてくれ!》

 乱闘に加わることなく、ひとりでうずくまっていた村長が悲鳴を上げた。それは、攻め込んできた兵士たちへのものか、それを迎え撃つ村人たちへのものか。

 いずれにせよ、その声は誰にも届かなかった。村人の何人かは兵士の槍で武器を弾き飛ばされ、兵士たちは兵士たちで鎧の隙間に刃物を刺されて血を流している。

 とうとう、傷ついたひとりが咆哮した。

《死ね!》

 槍の柄で足を払われて転倒した村人に、穂先が襲いかかる。女が金切り声を上げた。

《やめてええええ!》

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