第4話 朝礼前の対決
来るまでの経緯は、どうにかつじつまが合った。
あとは、この荒唐無稽を解決するだけだ。
その異世界ってやつが、この世界の誰かが管理しているツールとつながってるっていうのはどうにもしっくりこない。
「どうしてこのアプリに気づいたの?」
「前世の記憶っていうのかな、それ探して画像検索したら、あったの。そのまんまの風景が」
偶然の一致にしては出来すぎていると思って、僕はスマホの画面に食いついた。
破壊された城の廊下を、同級生のひとりが歩いている。
モザイクの施された壁が崩れ、磨かれた石の天井には穴が開いている。城壁の裂け目からは、荒廃した街並みが見えた。
「それがこれ?」
沙羅は自信なさげに頷いた。
「どういう仕組みになってるかよく分からないんだけど……」
本人も完全には納得してはいないらしい。
そこで、急に気になったことがあった。
アプリであるからには、誰かが作っているはずだ。それを偶然見つけたということは、同じ確率で誰かが使っている恐れがある。
「他のプレイヤーがぐちゃぐちゃにしたりしないのか」
「私だけだから」
その直前とは打って変わって自信たっぷりにきっぱりと答えたのには、すぐさまツッコまずにはいられなかった。
「なんでそう言い切れる?」
「入るときのパスワード要求が、『転生したときの呪文を入力してください』だったから」
そのまんまやないかい……。
ということは、このアプリは沙羅だけのために準備されて、沙羅ひとりを待っていたことになる。
それにしても、転生の呪文って……。
元の世界の言語体系がどんなんだか知らないが、そんなにたいそうなモノが、あっさり詠唱できるようなシロモノであるわけがない。
「覚えてたのか?」
パスワード何ケタあるんだよって話だが、そんなこと何でもないと言わんばかりに沙羅は平然と答えた。
「記憶力には自信があるわ」
これで、沙羅が異世界から転生してきたってのはどうにか納得できた。
俺は問題をWHYからWHATに切り替える。
「で、これはどういうゲームなんだ?」
「アバターを使って、私の国を治めればいいの」
それはゲームとしては珍しくない。だが、こればっかりは聞き流すこともできなかった。
「まさかそのアバターって……」
「彼ら」
相変わらずの即答に、俺はツッコまずにはいられなかった。
「今いるあいつら何なんだよ」
1人の人間が同時に、2つの場所どころか別次元に存在していることになる。
いや、次元が違うんだから同時じゃないのか?
そもそも、この状況自体が既に現実を超越してるんだから考えても仕方がないのだが、俺は無理に状況を整理しようとしてすっかり混乱していた。
そんなことなどお構いなく、沙羅は自分の説明に強引なオチをつけた。
「魂の抜け殻っていうか……まあいいんじゃない?」
「よくない!」
俺が叫んだのは、それがつじつまの問題に限られないからだった。
その気持ちは、沙羅にも伝わったらしい。
「彼らはここで幸せに暮らしてるんだから。死なないし」
「こっちの人生どうなるんだよ」
問題はそこだった。
スマホの向こうの異世界に行っている間、こっちでの生活はどうするのか。
振り向いてよく見ると、全員が席に着いて、背筋をまっすぐにしている様子はかなり異様だった。確かにそれが正しいのかもしれないが、生きている人間の自然には見えなかった。
僕が何を気にしているのかは分かったのだろう、何も言わなくても沙羅は疑問に答えてくれた。
「妙な我を張らない分、必要最低限のことしかしないわ」
「そんなんつまんないだろ」
俺は同級生の気持ちを代弁したつもりだったのだが、沙羅は冷ややかに切り返した。
「こっちでそれを決めるのはあなたじゃないわ」
何か言い返したかったが、とっさには言葉が出てこない。
そこへ始業チャイムが鳴り、やってきた担任が教卓の向こうに立って、朝礼が始まった。
担任の第一声は、これだ。
「綾見さん、どうです、緊張してますか?」
相手が転校生なら当然の気遣いだろうが、沙羅は沙羅で、物静かに恐縮してみせた。
「はい、実は……でも、八十島君が親切にしてくれましたので」
担任がきょとんとしたのは、僕がそういうキャラじゃないからだ。
目立たず、平凡に、平穏に生きることにしている僕としては、なるべく人との接触は避けたいところだ。何も起こっていなかったら、沙羅なんか放っておいたことだろう。代わりに構ってくれる男子は何人もいるだろうから。
束の間の沈黙の後、担任は相好を崩した。
「珍しいね、八十島君が」
「あ、そうなんですか?」
満面の笑顔が、暖房をケチった寒い教室を気持ちの上だけでも暖めた。
さっきまで静まり返っていた同級生が、一斉にどっと笑った。
「はいはい、君たちうるさい、他の教室の迷惑になるから静かに」
その一言で、教室内は水を打ったように静まり返る。
いつもはこんなんじゃない。いったん騒ぎだしたら、収まるのに5分はかかる。
それをいちばんよく分かっているはずの担任は実際、目を丸くした。だが、人間、思い通りに動いていることを不自然とは思わないものだ。
その場で朝礼は終わり、起立・礼の折り目正しい挨拶の後、担任は教室を後にした。
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